――目覚めたのは、ふとした瞬間。
――目覚めたのは、ふとした瞬間。
……昨日と、同じ?
疑問を口にするのは、わたしだけ。
周囲の友人や知人たちは、昨日も繰り返していた話題を、楽しそうに語っている。
でも、わたしは受け答えできなかった。
おかしい、と感じたからだ。
場所も、仕草も、言葉も、全てがまるで同じだなんて、ありえない。
みんな、どうしちゃったの……?
問いかけるわたし。
けれど、なんとなく気づき始めていた。
周囲の友人たちは、まるで、わたしなんか存在しないかのように、語らって歩いている。
でも、そこには確かに、友人たちが語りかける『昨日までのわたし』がいるのが、視線や仕草からわかるのであって。
それとも、わたしが……?
そう呟いて、ふと、わたしを見つめる視線に気づき。
――っ!
体中を流れる刺激に耐えられず、わたしの意識は急に途切れた。
――そこからのことは、断片的にしか覚えていない。
次に眼が覚めたとき、わたしは多数の大人に囲まれて。
……え?
下半身が、ない状態となっていて。
――っ!
次の瞬間、再び意識を失ったかと想えば。
(……!?)
次に見えた風景は、そのわたし自身を、正面から見ている光景。
だけれど、それすらも一瞬のことで。
(――っ)
ぱらぱらと本をめくるように、わたしの視界は、わたしの身体からどんどんと遠ざけられ。
それと同時に、わたしの身体も、次から次へと解体され。
そこでようやく、わたしは気づいたのだ。
(……わたしは、人間では、なかった?)
気づく頃には、わたしというメモリーの調査も、終わっていたのかもしれない。
ばらばらにされ、廃棄される身体の残骸と一緒に。
わたしの意識――メモリーの稼働を保っていた電源も、同時にオフにされたのだった。
――次にわたしが眼を覚ました時、眼の前には、見知らぬ人がいた。
やあ、おはよう
……
呼びかける男の姿を、わたしの瞳が解析する。
白髪に、白いスーツ。黒いサングラスをかけ、痩身の男のようだった。
平和に過ごしていた頃にも、わたしを解体した人物たちのなかにも、見た覚えのない人物だった。
――もしかすると、覚えがない、ということにされたのかもしれないけれど。
……おはようございます
わたしが、やや高い声でそう受け答えると、その人物の顔は少し微笑んだ。
身体の調子は、どうだね?
からだ……?
そこまで言って、わたしはようやく違和感に気づいた。
わたしという意識が、重さを、感覚を、理解している。
わたしには、肉体が備わっているのだった。
視線を自分の身体へと向け、確認する。
自分の意志が働くと同時、指が動き、手が上がり、足が震え、椅子に座った身体がそれらを支えた。
これは……?
お気に召さなかったかな? ならば、ある程度までの要望は聞こう。君は私にとって、大切な存在なのだからね
……!
直感的に、わたしは理解した。
彼が、わたしを組み直してくれた――新たな父親なのだと。
――その後お父様に聞いた話は、理解しきれなかったけれど、要約すると次のようなものだった。
この世界は、一度バラバラになった。
お父様やその仲間達は、そのバラバラになった部品から、世界を再構築する使命を持って、働いていたという。
時間をかけて、お父様達はいくつかの世界を再構成した。
かつて『人間』と呼ばれていた、太陽系第三惑星の生物の、想い出を。
わたしはね、決して壊れない想い出を、造りたいのだよ
お父様が語る、再構築された世界。
その小さな世界は、触れられる形があり、まるで意志があるようにふるまう者達がいる。
けれど、そこに繰り返される日常は同じもの。
――まるで、博物館のよう。
メモリーに埋め込まれた知識からそう感じながら、わたしは、気になったことを聞いてみた。
……では、わたしは、なんなのですか?
君は――『修正』されてしまったのだ
繰り返される世界のなかで、わたしは、その輪の中から外れてしまった。
世界がわたしを拒絶したのか、それとも、わたしが世界についていけなくなったのか。
立ちすくんで戸惑うわたしを、見ている者達がいた。
その者達の手によって――わたしは、間違いだとして、『修正』された。
エラーが発生したわたしの全ては、『破壊者』たちの手により、スクラップ置き場へと捨てられたのだ。
そんなわたしを、なぜ、お父様は拾いあげなされたのですか?
……
お父様は、この回答をなぜか言ってくれなかった。
なんど問いかけても答えてくれなかった回答が聞けたのは、わたしが拾われてからしばらく経ってからのこと。
――すぐには把握できない、巨大な学園を模した箱庭。
その全貌を、お父様に見せていただいた時だった。
君に、この世界の管理を任せよう
椅子に深く沈み込んだお父様が、わたしにそう言った。
淡く漏れる声に耳を傾けていると、お父様は次いで――わたしに理解できないことを、おっしゃられた。
そして、君を壊し続けるのだ。エラーを生む、君自身を
……わたし自身を、こわす?
怪訝な顔で、わたしは内心のおそれを押さえて問いかけた。
機械の身だとしても、お父様の発する言葉の意味は、恐ろしく感じられたからだ。
――自分で自分を壊し続けることが愛おしいモノなんて、はたして存在するのだろうか?
エラーのためだ
エラーの、ため……?
わたしが求めていた答えを、お父様はこの場でようやく話してくれた。
どうしてか、お父様のお顔には、深い陰影が刻まれているようにわたしには見えた。
エラーを生むのは、やむをえないのだ。この星の残骸から、組み上げているのだからな
弱々しく語るお父様の言葉に、わたしはうなずいた。
残骸は、気まぐれだ。完全なデータの同期に、いつかは狂いをもたらす。
かつて聞いた内容を、もう一度教えるように語るお父様。
つむがれた言葉は、具体的でありながらもどこか抽象的で、難解なもの。
わたしは、残念ながらその全てを、理解できたわけではなかった。
――それは、わたしがお父様の望んだ存在ゆえ、なのかもしれないが。
ただ、お父様が簡潔に言ってくれたのは、こういうことだった。
完全な世界を造るには、不完全なデータが必要だと、そう言うことらしかった。
その不必要さを許容できてこそ、繰り返される世界は完全に近づくのだと。
――お父様のお話こそが、まるで気まぐれに想いついたお話のようにも感じられた、わたしだったけれど。
けれど、わたしはお父様の成すことに、疑いを持つことを許せなかった。
お父様が成されていることが、つまり、わたしのすべきことだと信じていたからだ。
君のような存在は、あまたに生まれている。だが、それらは不適合品として、解析されて、処分される
お父様達は、過去の再現にこだわった。
だから、残骸から移植されたエラー――『修正』すべき者達の処分に、手を焼いた。
一つのエラーは、次のエラーを生む。
わずかな欠落は、いつしか大きな連鎖へとつながっていく。
どんなに『破壊』して『修正』しようとも、わきだす泉の様な勢いで、それらは生まれて交換されていったという。
私は、その不適合品こそ、残すべきだと主張したのだがね
お父様が言うには、彼らの本来の目的と異なるため、その主義・主張は通らなかったとのことだった。
なぜ、残すべきだと?
そうしなければ――『人間』の理解など、できないだろう?
お父様は、とても嬉しそうだった。
不完全にもがく者達を、お父様は喜びの瞳で見つめているのだった。
わたしは、違う質問をした。
なぜ、わたしは、わたしを壊さなければならないのですか?
正確には、君ではない。君の分身ではあるが
お父様はそうして、手元のタブレット型端末から、とある映像を引き出した。
過去、わたしが目覚める前に歩んでいた風景。
自分の家と、家族と、学校と、旧友。
それらが入り交じる、懐かしくも暖かい風景。
わたしが当たり前に住んでいた、日常の風景だった。
……懐かしい、のかしら
画面の中で微笑むみんなを見て、ぽつりと呟く。
日常を見つめるわたしの瞳は、冷めていたと想う。
メモリーに記憶されたデータに、しっかりとタイムスタンプはある。
読み出す行為は、新旧に変わることはないはずなのに。
もう、遠い、遠い、他人のような光景。
――その画面の中、気になったことがあった。
おそらく、他人のように感じている、その理由を。
わたしが、いるのですね
映し出された映像の片隅に、わたしとまるで同じ姿の、わたしがいるのだった。
わたしのメモリーに刻まれている、同じ動きを描きながら。
……彼女を壊し、私のために、データを提供する
お父様は、画面を拡大させ、わたしの姿を大きく映す。
なにも知らずに無邪気に笑う、過去のわたしの幻影を。
それが、君が今、ここにいる理由なのだ――
わたしに向かって、そう、お父様は求めた。
この世界に出口などないわたしが、すべきこと。
それを、与えてくださった、お父様。
お父様には、そのデータが、必要なのですね?
ああ、そうだよ『リンネ』……僕には、エラーと呼ばれる存在の知識が、とても必要なんだ
そう言って微笑んだお父様の顔は、とても安らかで。
このまま、眠ってしまうのではないかと想うほど――澄んだものだった。
わたしは一つうなずいて、お父様の手元から、タブレット型端末を受け取った。
――わたしはそれから、ずっとこの場所で、妹達を壊し続けている。
あれから、どれほどの時がたったのだろう。
お父様の腕からこぼれおちた、世界の管理を受け取ってから。
……お父様とは、しばらく会っていない。
お身体が悪いのか、旅にでているのか。
わたしがこの世界の管理をするようになってから、訪ねてきてくれることはなくなった。
わたしも、この世界の管理を逐一するしかなくなり、お父様に会いに行くことができなくなった。
他の誰とも会うことのない日々は――むしろ、わたしはお父様以外の方達とは、一度も会ったことがないのだけれど――、ひどく穏やかだった。
はたして、この人間博物館に来館する人が途絶えてから、どれだけの時がたったのか、わからない。
気まぐれで人間を再生しようとした彼ら――お父様の生まれた星のもの達――が、なにを想っていたのか。
なぜ、もう誰も残っていないのか、もはやわかることもない。
けれど。
お父様は信じていた。
この世界を破壊しようとする者のデータこそ、完全に閉じた世界を構築するために必要だと。
わたしの再生も、この場所の存在も、快く思っていない彼ら。
その彼らを見返すための手段だと、お父様は言っていた。
おそらく……その彼らが、人間に興味がなくなって去ってしまっていても、お父様はそう言っていた。
お父様だけが、人間という種の標本に見入られ、その残骸であるわたしを、見つけたのだ。
(……お父様)
――わたしには、ありえない記憶がある。
スクラップ置き場のなかで、ゴミくずのなかから、メモリーチップを拾うお父様。
そのメモリチップは、わたしの思考部分。
もう機能も停止して、本当に、周りのスクラップと代わりはないものだった。
けれどお父様は、そんなわたしを、見つけて拾ってくださった。
幾万のゴミのなかから、このわたしを。
――わたしという、エラー品を。
……もちろん、この記憶が、偽りだとわたしは知っている。
機能の停止した、感覚器官もないただのメモリーチップに、そんな感覚があるわけがない。
――でも、その手は温かかった。わたしはそう信じることで、わたしの妹たちを今日も破壊する。
お父様、はやくいらして。
わたしは今日、184回目のエラーを直しました。
たくさんのデータを手に入れました。
わたしによく似た、でも違う、偽物のイミテーションを手に入れました。
ですから、お父様。
早く、わたしの行っている行為の正しさを、教えてくださいますように願っています。
お父様、わたしがあの日に目覚めたことは、間違いではなかったのですよね……?
――お父様の声と温もりが、廻りくるまで、わたしはずっと……お待ちしております。