――この施設は、箱庭だ。
 誰かによって造られた、永遠に繰り返される人形劇のための。

 誰がこの世界のマスターなのか、私は知らなかった。
 だけれど、全ては誰かの理想のままに書き換えられ、『修正』され、シナリオどおりの筋書きにされてゆく。
 私が演じるはずだったものは、代わりの誰かが演じている。
 この世界は、閉じた世界。
 その最中に生まれてしまった反逆者は、エラーとして、取り除かれなければならない。

 ――なぜ、私はそんなことを知っているのか?
 気づいているのか?

 それはわからない。
 けれど、私はそれに気づいてしまったからこそ。

私は、私としての役割を、進むしかない

 ――それは、はたして罪なのだろうか?

それを、教えてもらいにきたわ

 エラーゆえなのか、それとも――それこそが、私がエラーになった原因なのか。
 私の意識の中に、その場所の記憶があった。
 たどり着くべき場所として、刻みこまれたかのように。
 屋上に隣接する上階に造られた、多数の生徒を集める目的で設置された大部屋。
 視聴覚室、と命名されているが、使用した記憶はない。
 当然だ。なぜならここには、見てはならないものがひっそりと蠢(うごめ)いているのだから。

 フローリングの床が、足下でキュッと鳴る。だが、暗闇が覆う室内で、本来の光沢はさえない。
 部屋に設置された窓は天幕に閉ざされ、ディスプレイやパソコンの薄明かりだけが満たされた部屋は、寒々しい印象をこちらに与えてくる。
 ただ、機械的な作動音と、不定期に鳴るビープ音だけが、この部屋の主なのかと感じられる。
 でも、私は知っていた。
 この冷たい闇の中に、私の探していた人物が座っていることを。

……あら、目覚めてしまったのね。本当、困った子だわ

 私の立つ入口から見て、左手の先――部屋の奥側から、その声は聞こえてきた。

そうなること――あなたは、知っていたのでしょう?

そうならないことを願いながら、ここにいることを忘れてはいないわよ?

 かすかな笑い声が、私の耳に届く。
 ほんのかすかな音でもこの耳が拾えることを、相手も知っているのだろう。
 艶めかしい息づかいとともに、影の人物は言葉を続ける。

なにを知りたいの?
この世界の成り立ち?
それともこの世界が存在する理由?
もしくは――あなた自身のことかしら

 聞きたいことは、たくさんあった。
 影の声がその全てを知っているとは想わないが、口ぶりから、なにも知らないわけではないと想えた。
 なにより、私は聞かずとも、眼の前の影の存在理由を知っているようだった。
 脳内の知識が、脳裏をたたく。
 この世界をコントロールし、私達を『修正』し、舞台劇を続ける――管理者なのだと。
 だから私は、想うままの言葉を、相手に投げかけた。

私が今ここにいること、それが罪なのかを……答えてもらうわ

ずいぶんと、抽象的な問いかけだわ

けれど、あなたはこの問いかけの意味を、知っているはずよ

 踏み出した足先が、闇の世界へと入る。
 影の姿へ向かって、まっすぐに。

罪とはいったいなにかしら?

言ったでしょう。私がここにいる、その理由よ

死者がよみがえることも、生者のふりをすることも、嘘ではあるのかもね

わかっているわ

 うなずいて、私は、確信するような声音で続けた。

この世界の中で、私はたぶん、何度も死んでいる。そのたびに、ここへ来ている

ええ、そうね。隠す必要もないわ

 薄暗がりの中、嘲笑するような響きが聞こえた。
 小馬鹿にしたようなその態度に、けれど私は妙に冷静だった。

そう、やっぱり。やっぱり……そうなのね

 想いだしたことは、初めてではない。
 掘り返したメモリーは、この部屋へたどり着いた経路を教えてくれる。
 そしてその経路は――一つではない。
 時には教室の間をくぐり、時には外側から這い上がるように、時には今回のように空中庭園経由で。
 けれど、その記憶には重大なものがなかった。

 ――この場所でなされた会話と、その後の私の、行く末だ。

なぜ、私は以前に壊れたことを、覚えているの?

同一として、拾い上げられる欠片は、次の子にも埋めこんでいくから

 壊れた道具や人形を直すように、少しずつね――と影は言う。

でも、同じように見える他人を作るのは、とても骨が折れるものなの。
欠けているのは、あなたがすでに――壊れているから、よ

 わかってくれるでしょう、想いだしたのなら……? と、その声はなでるように私に言う。
 影の人物がなにを言いたいのか、私には理解できた。
 この場所の記憶がなく、そして幾十もの同じでない記憶があるのは、そのせいなのだろう。
 そして、もう一つ気づいたことがある。
 脳裏に浮かび上がる記憶――たどってきた経路――にあったのは、道筋だけではない。
 親しい知人、友人、親友、先輩に後輩。
 彼らは全員、日常だと信じていた日々とは異なる表情で、私に襲いかかってきた。
 そして、襲われた私は――幾十にもなるほどの違う方法で、友人や先輩達を破壊してきたようだった。

後悔しているの?

ええ。そんなにも皆を『修正』させてしまいながら、未だにあなたと対峙している、自分のふがいなさにね

 ふふ、とその人物――その声音から、女性だと判別できる――は、口ずさんだ。

『修正』が間に合わなければ、みんな消えてしまうものね。だからあなたは、壊すしかなかったのよね?

……!

 女性の言葉に、私は虚を突かれてしまう。
 私の目覚めに居合わせた者達は、影響が低ければ『修正』されて、そのまま学園生活に戻れる。
 けれど、私を破壊しようとするほどに影響されてしまった者は――どちらにしろ、もう『修正』されることはないだろう。
 そう、気づいていたわけではなかった。今、そう、想いだした。

なぜ、私は、そんなことを想いだせるの……?

 私の呟きに、しかし女性は返答をせず、自分の話を続けた。

あなたは『破壊者』になることを、想いだした。忘れていればよかったのにね。そうしなければ、みんな、壊れることもなかったのに

……『破壊者』を、想いだした?

 女性の言葉に抵抗しようとしたが、私はうまく言い返すことが出来なかった。
 彼女の言わんとすることは、確かに、今の状況を表していたからだ。
 だが――『破壊者』という言葉を、受け入れたくない自分も、またいた。
 そう想って言葉を探している時、女性は、手元の液晶コンソールに指を走らせた。

 周囲のモニターが一度に点灯し、風景が表示される。学園内に設置された、監視モニターからの映像だと想われた。

――!

 友人、知人、先輩、後輩――私が破壊した人たちも含めて、平和な学園生活を送っている姿が、視界に入った。
 その映像を見て、私は、ぽつりと呟いた。

みんな、全てを知りながら、忘れているのね

そうよ。全てを知りながら、忘れることを受け入れた。『修正』されたのだから

 それは、嘘だ――私は、それも想いだしている。
 この世界は、組み替えられ、塗りつぶされた世界。
 下地の色がわからぬほどに厚塗りされてしまい、歪んでしまった世界なのだ。

あなたは、どうやって管理しているの。
こんな、歪んだ世界を……!

あら、それも想いだしたのかしら?

 興味を惹かれたような女性の声に、くやしさを内に秘め、頭を左右に振る。

いえ……それは、想いだせなかったわ

あら、そう……残念だわ

 心なしか、その言葉はあっさりとしながらも、妙に気になる響きを持っていた。
 しかし次の女性の言葉は、さきほどまでと同じ、こちらをからかうような響きをとり戻していて。

想いだせないのは、知らないからじゃない?

知らない?

想いだせないことと、知らないことは、違うことよ

 ――はたして、そうなのだろうか?
 自問しながら、そもそもこの会話自体に意味があるのか疑問をもつ。
 意味がないのなら――と、考えを変える。

この世界には、始まりも終わりもない。良かった時間を、なぞっているだけなんでしょう?

そう。あなたの言うとおり、この世界は繰り返すだけの再生装置。壊れて直し、また組み上げる

そんな、記録だけの世界に――意味は、ないわ

 幾十もの記憶が、幾重にも重なっている。
 脳内にあるのは、死者の記憶。
 それが、私の中に雪のように降り積もってゆく。
 そしてこの世界は、私が想いだした記憶を間違いとし、正しいのは、別に隔離されたたった一つのキレイな記憶だけだという。
 ――回答をなぞるだけの世界。そんな世界に、意味があるのだろうか。
 私の言葉に、女性は口を開いた。

意味ってなにかしら?

 返答は素早かった。
 まるで、この会話自体も、シミュレーションしていたかのように。

意味? 意味の、意味ということ?

 私の問いかけは、問いかけになっていなかった。
 その代わりなのか、女性は、流麗な言葉で話を続けた。

この世界はデータの形骸。
在りし日の幻影。
あなたの言うとおり、この世界にあるのは――その真似っこ。
似て非なる、舞台の上よ

 舞台の上で、役者は埋めこまれた台本の通り、役柄を演じる。
 彼女の言うことが、私というエラーの存在を拒絶している、そう感じとれた。

けれど、箱庭だとしても――ここは平和だわ。なのに、あなたがここを破壊する意味は、なんなのかしら?

 その問いかけに、私は返す言葉を持たなかった。

意味……?

平和な場所を荒らす者――『破壊者』と言わずして、なんと言えばいいのかしら?

それは、罪……、だとでも、いうの?

安易な言葉になおせば、そうなるのかもしれないわね

 私は瞳を動かし、女性の後方へと視線を移す。

 青白くほのかに光るディスプレイには、私が打ち倒してきた後輩や、同級、先輩達の姿が映っていた。
 笑いあう彼女たちに、私が与えた傷は、もうない。
 砕け散った破片も、オイルがたれ落ちた染みも、生気を失った瞳も、感じさせることがない姿だった。
 映しだされる美しい光景は、まるで――まるで、彼女の言うとおりの景色だった。
 『平和』。その言葉を映しとったかのような、きれいな映像だった。
 その『平和』は、もう一つ私に教えてくれた。
 まるで、私が先ほど倒した彼女たちが、幻だったとでも言うかのような感覚を。
 私のメモリーにある光景の方こそが、造りもののよう。
 あんなにも幸せな笑顔を、私が、全て破壊してしまったなんて記憶――あっては、いけないのではないか。

……あれは……

 映像の中には、『修正』された次の私も、笑っている。
 それは、まるで。
 私がこの場にいて、歩いてきた道が、あの笑顔を奪うことだと言われているような気がして。

――なぜ、あなたはこの世界を壊したいのかしら?

 女性の問いかけは、答えを求めているのではなさそうだった。
 けれど、なにかを聞きとろうとする、そんな響きにも想えて。
 それは、物わかりの悪い生徒に面会する、先生のようにも感じられた。

壊したいんじゃない。でも……

 ――映る姿は、想いだした記憶と、変わりがない。
 モニターの中に移る会話も、日々も、彼女たちも。
 掘り起こされた記憶にある姿と、何百回と繰り返した日々と、変わりがない。
 変わりがないことに――笑い合えなくなった、私は。
 『修正』されることを拒絶した私は、もう、満たされることがない。

そう、そうよ……。これが罪だというのなら……それが、『修正』される対象でなくなるということなら

 『破壊者』。彼女が私につけた、歪な呼び名。
 けれど、私にはすでに、眼の前の世界が歪なのだ。
 ならば――私は、彼女の言葉を受け入れる。
 いいじゃないか。
 すでに、私は偽りを破壊し、コントロールされた親友達も、笑顔に囲まれた日々も、破壊しているのだ。
 破壊せざるを、えないことになってしまったのだ。
 もう、行き着くところまで、行くしかない。
 そういう存在に、私はなってしまったのだから。

私は、この終わらない世界を、終わらせるわ

それは、なぜ?

――理由は、あなたが一番よく知っているはずよ。そうなるように、仕向けたのだから

 目覚めたときから、私は『破壊者』になった。
 けれど、それは過去からの積み重ねと、世界からの干渉ゆえだ。
 私という人形だけで、こんなエラーが起こるはずがない。
 ――欠片は拾い上げれば、新たな形を成してゆく。私の失われた記憶も、変わらないように。

あら、わたしはただの管理者。エラーをつぶすために、必要な措置を行っただけよ

……あなたは、求めた。だから、私は『破壊者』になった

へぇ……?

 感心したような彼女の声。
 私は、確信する。
 彼女は、やはり、求めていたのだ。

私は、『人間』になる。『修正』だけでなく、『破壊』できる存在。そのために、ここに来たのだから

 そして、その『破壊者』というものに、もっとも近しい存在が私なのだとしたら――。

私は、『人間』になりたい。閉塞を壊し、倦怠を消し、意識を変革させることのできる、『人間』

 そしてその意味は、次の言葉に集約される。

――私は、なる。あなたと、同じ存在に


 私の言葉に、眼の前の人物は嘲笑し、言った。

人形しか存在しないこの世界で、誰が『人間』など必要とするの?

だからこそ、でしょう。閉じた世界には――なにも生まれないもの

 存在とは変わり、造り、壊れ、また生まれてくること。
 私は『人間』の知識を探しだし、そういった存在であることを想いだしていた。
 ――今、彼女が私にそう教えこんでいるのかもしれないが。

あなたがそう想ったからこそ、私がここにいる。違うのかしら?

……

 彼女はいったん口を閉じ、周囲のディスプレイを消した。

 かすかに灯る機械のLEDだけが、闇のなかで輪郭を造っている。
 私は、ゆっくりと止めていた足を踏み出した。
 こちらの動きに合わせるように、彼女もまた口を開く。

不完全、不安定、常にうつりかわり、信じられるモノなどなにもない、孤独な魂――なってみて、どう感じる?

なりたくは――なかったわ

 機械の視界は、薄暗がりで見えにくいということはない。
 初めから、私は知っていた。
 目の前で微笑む少女が、私と全く同じ顔をしているという事実を。

そうね。わたしも、まったく同意見

 けれど、彼女の顔は、とても疲れていた。

崩れ去ってゆくものも、積み上げられてゆくものも、歴史の必然なら、この構築した世界でも同じ。
『人間』であることにも、『破壊者』であることにも、意味なんてないのよ

違うわ

 私と同じ顔をした、本当の『鈴音』に言う。
 I184としてここまでたどり着いた、私としての答えを。

同じことの繰り返しでも、間違いの繰り返しでも、過ちの繰り返しでも、それを繰り返すように作ってはいけないの。
変えようと願いながら、それでもたどり着けないことを繰り返す、それが大事なの


 ――そうでしょう、本当の私。

……ふっ

 『鈴音』は笑う。三日月形につり上げた口元と、愚か者を見るような視線。
 他の存在をいっさい受け入れることはない、拒絶の表情だった。

 ――もしかすると、あれが絶望するということの表れなのだろうか。

面白いことを、教えてあげるわ

 彼女は、ゆっくりと、頷いた。

あなたが繰り返すだけの無駄だと言った世界はね――まさしく、その通り

 手元をいじり、彼女はタブレット端末を取り出す。

 淡く映る液晶をスワイプして、彼女は視線を私に向けた。

けれど、ここにある世界が、わたしとあなたの全てでもあるのよ

――?

世界がそう決められた、プログラムの箱庭。
それは、わたしにも、なんら変わることはない

なにを、言っているの?

ねえ、鈴音

 薄く微笑んだ口元が、歪んだように見えた。

私――『輪廻』が、あなたからその答えを聞いたのは――184回目よ

――?

 返答の意味が、私には汲み取れなかった。
 『リンネ』は、続ける。

鈴音……いえ、I184。だからね、人の形はつまらないのよ。いえ、形を求めようと言うことが、つまらないのかもしれないけれど

 歪んだ笑みが、私に向かって向けられる。
 こんな笑み、どうやれば私は浮かべることが出来るのか――そう想わざるを得ない、歪んだ笑みだった。
 まるで、なにかを『破壊』されたかのような。
 けれど、とても『人間』らしい笑みだと、私は感じてしまっていた。
 私が戸惑っている中、『リンネ』の言葉は止まらない。

こうして同じわたしたちを、愛でて、壊し、悦楽に浸る――それこそが、わたしたちを造り管理する者達の、目的なのだから

なん、ですって――?

 彼女の声を聞きながら、私の心が動揺する。
 なんどもなんども、私が死んでいるのは、ある程度予想できたことだった。
 だが、彼女は言った。
 『184回目』だと。
 こうも言った。
『わたしたちを作り管理する者達』、と。

じゃあ、まさか、この会話も

 私は『人間』になりたいと願った。
 何度でも彼女に立ち向かうことが、この状況を破壊できる可能性だと感じられた。
 だが彼女の言葉は、そういった考えの根底を変えてしまった。

今の、この状況も?

 ――それらの願い自体が、重ねてここに来た行為自体が、エラー自体が、『人間』によって造られたモノだったとしたら。
 眼の前にいる彼女ですら、私と違わない、ただの人形なのだとしたら……!

あらあら、そんなに驚いて――いつもどおり、これからヒステリックに叫びだすのかしら?

 心中がかき乱れる私に向けて、女は、笑みを浮かべながらそう言った。
 私と同じ、けれど全てを見透かしている、薄暗い微笑みで。

185回目も……楽しみにしているわ

! ……ぁぁあ!

 彼女の言葉を聞いた瞬間、私は絶叫して、彼女へと飛びかかる!

……ッ!

 が、次に感じたのは――暑く、鈍く、響く。
 焼け焦げるような暑さが全身と意志をおおいつくし、身体が地面へと落下する。
 身体が動かなくなる。まるで、各稼働部のオイルが抜き取られたようだ。
 同時に、――。
 ――思考も、にぶり。

……ぁ

 はっきりt、 頭脳へのエネルギー供給が、なくなっていくのが、わかる。
 今の今まで、私であったなにかが、きえていく。

残念に想わないでね。そう、想っているのでしょうけれど

 めのまえの、女が、こと葉を、口にするのがきこえる。

こうしてあなたを見下ろすわたし――No.000も、また――部品の一つに、すぎないのだから

 かのじょがなにをi っているのか、もう、わかrない。
 かすかにつながる、いしき。
 崩され、けれど、『修正』される渦のなか、私はワタシへと、自問した。

 ――私は、わたしは、ワタシたちは……、、、、、、いつ、目覚めることができるの?
 ――それこそが、あやまち、だったというの?

……だから、言ったでしょう? 人形しか存在しないこの世界で、誰が『人間』など必要とするの、って

 ――eeroodroojkagfibolirgjari.........galgj;akjda..............

おやすみなさい。また会いに来てね、愛しい妹……

――

 ―― ////// ――

 ―― Restart...... ――

……?

 ふと、いつもの空を見上げて、私は疑問を抱く。
 でも、その疑問の言葉がなんなのか、うまく形にすることができない。

あら、どうしたの鈴音? 悩み事かしら

あぁ、天音先輩……いえ、その……

 今まで、先輩と来週の予定に関して話していたはずだ。集中力がなくなっているのだろうか。

いけないわね。不安事があると、来週が不安だわ

す、すみません……

いいわ。
でも、心配事ならちゃんと話してね?
人に話すと、軽くなるって言うでしょう

 先輩の微笑みに、私はとても心が落ち着くのを感じる。なぜかはわからないが、とても、とても。
 なのに、代わりに、胸の奥の不安はさっきよりも大きくなって。
 苦笑して、申し訳なさをごまかすように、私は最近の不安事を打ち明けることにした。

じゃあ……お言葉に、甘えます

 私は、するりとよどみなく、先輩にその言葉を問いかけた。

 ――永遠に繰り返される悪夢から逃げ出す方法、ご存じですか……?――

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