紗希

んー!午前の授業、終わり!


背伸びをしながら、窓の外を見る紗希。


ふと、校門の方へと向かう那由汰の姿を見つける。


紗希

お、那由汰だ。

紗希

今日も早退かぁ…。

紗希

よし、今日は給食の献立に書いてあった
冷凍みかんを持って行ってやるか!


紗希は窓から声を張り上げた。


紗希

那由汰ぁーーー!

那由汰

……

紗希

下校くらいは制服で帰れー!

那由汰

……

こっ恥ずかしそうな顔をして


そそくさと帰る那由汰。




頬杖をつきながらその様を


嬉しそうに眺める紗希。



友美

紗希は那由汰くんと仲がいいねー


突然、背後から話しかけられ


紗希の体がピクンと跳ねる。


紗希

え、き…近所だからだよー。

紗希は表情を悟られないように


正面へと向き直る。




友美は紗希の前の席へと移動して


紗希の正面から話しかける。


友美

付き合ってるの?

ストレート且つ淀みない友美の問いかけに


紗希は動揺して言葉を濁す。


紗希

んー…

友美

もうすぐ村祭りなんだから、
那由汰くんを誘って
二人で行ってみたら?

紗希

い…忙しいから
行かないんじゃないかな…?
…農作業が。

友美

そんなの、聞いてみないと
分からないよー?

紗希

そ…そうかな〜

と言うと、紗希は視線を下へと落として固まる。


友美は下から覗き込むように

友美

じぃっ…

と、紗希の表情を観察したあと


席から立ち上がり

友美

ふふふ、頑張ってね。

と、紗希の肩を軽く叩きながら


友美は自分の席へと戻っていった。


紗希

…村祭かぁ…。

村祭

長い通学路の田舎道を


てくてくと歩く紗希。




学校をでてから40分程した頃、


畑で農作業をする那由汰の姿が


ようやく見えてきた。


紗希

お、頑張ってる頑張ってる…。

紗希は手に冷凍みかんを持ち、


それを振りながら声を上げる。

紗希

おーい、那由汰ぁーーーー!!!

那由汰

……

紗希の姿に気づいた那由汰は


手を振り返してから


鍬を置き、紗希の方へと歩いて行った。




紗希が那由汰へ冷凍みかんを

紗希

はい。


と、手渡すと


二人はいつもの様に畦へと座り


いつもの様に那由汰が

那由汰

いただきます。

と丁寧に言って、


いつもの様にモグモグと


冷凍みかんを頬張る。




紗希は那由汰の横顔を

紗希

まじまじ…

と眺めていると、


那由汰がその様子に気づく。

那由汰

どうかした?
紗希ねぇちゃん。
俺の顔に何かついてる?

紗希

え…いや、なんでも…。

…あ、ミカンの筋を
ほっぺにつけそうだなーと…

那由汰

そんぐらい、いいじゃん…。

紗希

もー…友美のせいで
変に意識しちゃうじゃない…。
そんなつもりじゃなかったのに…。


紗希の脳裏に昼間の友美の言葉がよぎる。


友美

そんなの、聞いてみないと
分からないよー?


紗希は自分の鼓動がトク、トクと


いつもより強く脈打つのを感じ始めた。


紗希

聞いて…みようかな…。

紗希

ね…ねぇ……
那由汰は村祭は行かない…よね?

那由汰

ん、行くよ。

紗希

え…行くの?


思いがけない回答に紗希の声が上ずる。


那由汰は真っ直ぐな瞳で紗希を見返し


那由汰

うん


と答える。


紗希は驚いた自分を取り繕うように


紗希

い…いやー、那由汰のことだから
『村祭なんて子供の行くもんだ』とか
言うんじゃないかと思ったよ。


と、那由汰の真似を織り交ぜながら、茶化した。


那由汰はすこしばかりムッとして


那由汰

村祭の本質は神事の寸杜《すんと》だよ?


と、軽い非難の眼差しを紗希へ向ける。


那由汰

うちは俺が寸杜をやらないといけないし、何よりうちは蔵護《くらもり》家なんだから。

紗希

もー、那由汰は頭が硬いなぁ…。


と、返した紗希は一息置いて


軽く深呼吸をする。




紗希は鼓動がドクン、ドクンと


次第に強くなるのを感じながら


次の言葉の準備をする。




そして、意を決して


しかし、それを悟られないように


那由汰に問いかける。


紗希

ね、ね…

紗希

迎えに行くから、村祭一緒に行こ!

那由汰

…え?

那由汰

んー…どうしようかなー。


考えこむ素振りを見せる那由汰。




その時間は数秒ほどだったが、


紗希には数分、数時間のようにも感じられた。




鼓動は更に早く強く


バク、バク、バク、バクと


紗希を攻め立てる。



那由汰

じゃあ、紗希ねぇちゃん、
寸杜の道具を持つの手伝ってね。


少しいたずらっぽそうな笑顔で答える那由汰。


まだ中学1年生のあどけなさを残した


回答に紗希の緊張は一気に緩む。


呼吸をするのを忘れていた紗希が


ぷはーっと息継ぎをしてから


紗希

お…おう…!
力仕事なら任せろ!

と珍妙な返しをする。


思わず

那由汰

…ぷっ…

っと吹き出す那由汰。


釣られて紗希も

紗希

…くすっ…

と口元が緩む。


そして、二人は

那由汰

あーはっはっはっ…

紗希

あははははっ


と、人気のない畑道で大声で笑った。




* * *




別れの挨拶を終えた少女は


しばらくスタスタと小走りで進んだあと


歩速を落とす。




そして、学生カバンを後ろ手に回し


ゆっくりとした歩きで、


足元の小石をコツンと蹴りながら


物思いに耽る。


紗希

あーあ…

紗希

気づいちゃったなぁ、私…。
























狗老利《ころり》川の川辺では




今日も両村の青年部が




村祭へと向けた整備を行う。













和哉のやつ、今日は来てないのか?

なんか、風邪だってさ。
熱が39℃も出ちまったって。

じゃあ、仕方ないな。
俺達だけで村祭の準備をするか…。

アイツ最近ついてないよな。

おとといもネズミの死骸踏んでたもんな…。
ウンコだったら、運が良くなったんじゃね?

あっはっは、ちげぇねぇや。








日に日に早まる日没。













夜の帳は降りる頃合いを伺う。












つづく

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