ミセス・レベッカ・アレンはニューヨークにある、とある通りの一角に住んでいた。手先は器用で包容力のある、今時よくあるお母さんだ。


レベッカの好きなことは、日記をつけること、ご飯を作ること、それから財布に沢山溜まった買い物のレシートを一枚ずつ確認して、まとめて半分にちぎってから捨てることだ。


レベッカの嫌いなことは、家族が全員揃わないままで外に食べにいくこと、夫の帰りが遅いこと、そして真昼間の平和な昼寝の時間に新聞の勧誘が来ることである。


その日、レベッカは悩んでいた。朝食はいつものように、トーストにベーコン、スクランブルエッグ。何一つ変わりない、平和な食卓になる予定だった。





だが、気が付いてしまったのだ。最も重要であり、解決しなければならない最優先事項に。






レベッカ

オニオンスープって、どうしてチーズを入れるのかしら


その言葉を聞いて、食卓に座っていた娘のジェニファー・アレンは、溜息をついた。


レベッカの最優先事項はいつも、決まって朝の忙しい時間に展開されることに気が付いていたからだ。


ジェニファー

どうしてそんな事聞くの? 別にそっちの方が美味しいんだからいいじゃない


レベッカはジェニファーがあまり良い反応を示さなかった事が悔しかったので、会話を続けることにした。


もちろん、オニオンスープを飲みながら、である。


レベッカ

だって、チーズって入れすぎるとこう、溶けるのよ? 味がスープに染み出してスープは美味しくなるんだけど、後に残ったのは……こう、なんかゴムみたいな、味のしない驚異的に不味い何かなのよ

ジェニファー

お母さん、パン焦げる


ジェニファーに指摘されて、レベッカは自分が今までトーストを焼いていた事を思い出した。そしてそれはジェニファーが学校へ行く十五分前の出来事で、あまり時間はないようだった。


しかし、レベッカは悩んでいた。その様子を見て、食卓に座っていた娘のジェニファー・アレンは、溜息をついた。


レベッカの最優先事項はいつも、決まって朝の忙しい時間に展開されることに気が付いていたからだ。


ジェニファー

チーズの味が抜けるのが嫌なら、チーズを入れなければいいじゃない


面倒臭そうなジェニファーの言葉に、レベッカはやや憤慨な様子で言った。既にジェニファーは立ち上がり、身支度を始めている様子だった。


レベッカ

それはダメよ。オニオンスープが味気なくなるじゃない

ジェニファー

そう。じゃあ、この話はこれで終わりね。私、学校行くから早くそれちょうだい


レベッカの煮込んでいる鍋を見て、ジェニファーはそう言った。しかし、レベッカは納得が行かない様子だった。オニオンスープではなく、ジェニファーにだ。


レベッカ

どうして学校に行くのに、チョコレートを鞄に詰めてるの?


どさくさに紛れて家の菓子を奪おうとしていたジェニファーは、慌ててそれをテーブルに戻した。


レベッカ

そういえば、クリスはどうしたの。まだ寝てるの?


クリスとは、クリストファー・アレンのことだ。レベッカの息子で、ジェニファーの弟に当たる。ジェニファーは少し不機嫌な様子で、レベッカの問いに目も合わせず、答えた。


ジェニファー

寝てるんじゃない? 私は今、クリスと話したくないの

レベッカ

どうして? お姉さんなんだから仲良くしないとダメじゃない

ジェニファー

今日はクリスと話したら不幸になる日なのよ

レベッカ

そう。それは仕方無いわね


ジェニファーは、いつも自分の機嫌が悪くなると、クリスと話さなくなる癖があった。しかし、誰もそれを気に留める者は居なかった。


それはまるで、宇宙の神秘だったのだ。


丁度その頃、噂のクリストファーが起きて来た。ジェニファーは急いで支度をして、食卓を離れる。クリストファーはそれを一瞥して、特に何事も無かったかのように食卓に付いた。


クリストファーにとっては、本当に何事でも無かったからである。


レベッカ

おはよう、クリス

クリストファー

おはよう


朝の弱いクリストファーは、目をこすりながら返事をした。


レベッカ

ジェニーと何かあったの?

クリストファー

…………知らない。なんか、そういう日なんじゃないの

レベッカ

なるほど、今日は別々の日なのね……


その時、レベッカはある事に気が付いた。そしてそれは会心の閃きだと言わんばかりに、たった今焼いていたトーストをオニオンスープの上に乗せた。そして上に乗せたトーストの上に、チーズを乗せた。


オニオンスープの上に浮かんだトーストはまるで小舟のようで、その上に陣取ったチーズは、スープ上をゆらゆらと浮遊していた。


レベッカ

そうよ! これならスープと一緒にチーズも食べられるし。パンも食べられる。完璧じゃない!


クリストファーには、それは何かのジョークのように思えた。だが、敢えてクリストファーは何も言わなかった。


単に眠かっただけである。


学校に行く準備を終えたジェニファーは鞄を持って、リビングを通り抜ける際にレベッカの閃きを見て――溜め息をついて、言った。


ジェニファー

お母さん

レベッカ

ねえ私、サンドウィッチ伯爵みたいになれるんじゃないかしら


レベッカの最優先事項はいつも、決まって朝の忙しい時間に展開されることに気が付いていたからだ。


ジェニファー

……それじゃあもう、別々に食べても同じじゃない?


そして、決まってその手の話題はどうでもいい。


レベッカはサンドウィッチ伯爵になるには知恵が足りなかったようだが、特に気にすることなく、黙々とクリストファーは朝食を食べ続けていた。ジェニファーは結局、スープを飲まないで家を出た。一人分無駄になってしまったスープは、クリストファーが処理した。




つまるところミセス・レベッカ・アレンの食卓は、今日も平和だったということである。

オニオンスープの中のチーズ

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