それはまるで
すべてを飲み込む闇のよう。
ポッカリと口を開け
獲物を待ち受ける捕食者の如く。
虚空に響く無音の声は
近づくものを皆誘い込む。
洞より吹き出す冷気は
まるで命を持つかのように
近寄る者の顔を、
手を、
足を、
撫でるように絡みつき
そして時折、深淵へと引きずり込む。
何人よ。
近寄るなかれ。
世界の終わりを垣間見たくなければ。
それはまるで
すべてを飲み込む闇のよう。
ポッカリと口を開け
獲物を待ち受ける捕食者の如く。
虚空に響く無音の声は
近づくものを皆誘い込む。
洞より吹き出す冷気は
まるで命を持つかのように
近寄る者の顔を、
手を、
足を、
撫でるように絡みつき
そして時折、深淵へと引きずり込む。
何人よ。
近寄るなかれ。
世界の終わりを垣間見たくなければ。
序章
本島より太平洋側に位置する
有人島の御握島《おなくじま》。
人口1万人足らずのこの島は
観光業に頼らず自給自足による
自治が行われている。
気候は一年を通して温暖で
山間の段々畑では稲作を中心とした農業を
浜辺では豊富な水産資源を利用した
漁業が行われている。
また、毎年のように自然の中での生活に憧れて
本島から移住してくる者も少なくはない。
その一方で、利便性を求めて都会に出るものも多く
人口は大きく変動することもない。
御握島の内陸部にある
曽根《そね》村の畑にて。
日が傾く中農作業に勤しむ
一人の少年の姿。
鍬で地面を掘り起こし、さつまいもを収穫する。
筋肉質だが、その顔にはまだあどけなさが残る。
しかしながら、鍬を振るうその出で立ちは
村の青年と言っても過言ではない。
ふぅ……。
おーーーーい!
那由汰ァーーーー!
…ん?
田んぼ脇の道の方から
声を張り上げて少年を呼ぶ少女。
那由汰と呼ばれた少年は
作業の手を止め少女の方を振り返る。
あ、紗季ねぇちゃん。
今日も頑張るねー!
えらいえらい。
こんなの偉くもなんともない。
当たり前のことをやってるだけだ。
さっすがだねぇ。
ね、ちょっとこっち来て休憩したら?
給食のこれ持ってきたよ!
紗季と呼ばれた少女は
学生鞄の中から
プリンを取り出してみせた。
少年は作業の手をとめて鍬を置き
少女の方へと駆け寄っていった。
よいしょっと。
ほらー、ここ、ここー。
少女は畦に座り自分の脇の地面をポンポンと叩いた。
少年は少しばかり遠慮がちに
少女の隣へ腰掛けた。
少女は少年に、はい、とプリンを渡す。
いただきます!
両手を合わせて丁寧に合掌する少年。
そして、もぐもぐと一心不乱に
プリンを口へと運ぶ。
少年のその様を横で見ながら微笑む少女。
那由汰は部活やんないの?
陸上部の最後の大会、
メンバーがギリギリなんだよね…。
もぐ…
悪いけど、興味ないよ。
それに、うちはばあちゃんしかいないから
俺が農作業しないと生きていけないし。
だから、そんな暇はないんだ。
那由汰は大人だなぁ…。
紗季ねぇちゃんだって
今年高校受験だろ?
いつまで部活やるのさ?
中学1年の若造に心配されるほど
やわな勉強はしてませーんだ。
あはは…。
さすがお父さんが教授なだけあるね。
さぁ、残りの作業しなきゃ…。
紗季ねぇちゃん、プリンありがと。
うむ。
良きに計らえ。
少女は農作業へと戻る少年の背中を
しばらく見つめたあと
自分もその場を後にしようと立ち上がった。
スカートをパンパンと叩いてから
かばんを持ち、そして少年の方を見る。
少年は一心不乱に鍬を振るっている。
少女は少しばかり淋しげな顔をした後
踵を返して歩き出した。
あ、そうだ。
少女は思い出した様に立ち止まって
少年の方を振り返り、声を上げた。
那由汰ァーーーー!
お父さんがまた遊びにきなよ、って
言ってたよーー!
……
顔を上げた少年は、
にっこり
として、遠巻きに手を振って応えた。
少女も手を振って返して、
スキップしながらその場を後にした。
曽根村と隣接する村、御二角《おにずみ》村との
村境を流れる狗老利《ころり》川。
秋になると収穫を祝い、両村はこの川で神事を行う。
両村の青年達は二週間後に行われる
その神事へと向けて
川辺のゴミ拾い等整備を行っていた。
毎年毎年、この行事は
なんの意味があるんだかねぇ…。
準備の手間も馬鹿にならないしなぁ…。
に り
ぐ ゃ
うわっ、なんか踏んだぞ…!
なんだこれ、ネズミの死骸か…?
イタチにでもやられたんかな…。
あーあ、
ったく、ついてないわー。
青年は悪態をつきながら
小動物の亡骸を茂みへと放る。
間もなく空は赤く染まる。
つづく