バイトの飲み会で帰りが遅くなった私は、
深夜の2時近い時間に玄関の扉を開けた。
蒼山くーん。
隆司に借りてたDVD、
リビングの棚に載せておいたよ
って伝えておいて
了解。
隆司が起きたら言っておくよ
自分で言ってもいいんだけど、
今日はバイトで飲み会があるから
帰ってくる頃には隆司が
寝てるかもしれないし
飲み会って……。
未成年だから
アルコールはまずいだろ
大丈夫だよ。
私はジュースしか
飲まないから
そうか、なるほどな
それじゃ行ってくるね
ああ、車に気をつけろよ
バイトの飲み会で帰りが遅くなった私は、
深夜の2時近い時間に玄関の扉を開けた。
(さすがに二人とも
寝てるだろうなぁ……)
そう思ってリビングに行くと、
隆司がソファにもたれて一人でDVDを観ていた。
まだ起きてたんだ
あ、由衣……
それ、貸してくれたDVDだよね。
すっごく良かったよ。
お金も何も持たずに
夢だけ持って上京した青年が、
昔好きだった女の子と再会するシーンが
感動的だったなあ
でも、まさかその女の子が
記憶喪失になってたなんて……。
切ないストーリーだよね
コンビニで買ったジュースを取り出すと、
テレビに釘付けになっている隆司の隣に座った。
返事もしないで黙っている隆司を変に思って、
ふと顔を覗きこむと……。
隆司、泣いてるの?
…………
隆司の頬に一筋の涙が伝うのが見えた。
(知らなかった。
隆司ってこういうの観て
泣いたりするんだ!)
どうすればいいのかわからなくて
オロオロしていると、
隆司の手が伸びてきて……。
不意に私を抱き寄せた。
えっと、あの……。
隆司……酔ってるの?
頬が真っ赤になってるのが自分でもわかる。
だってこんな風に、
男の人に抱き締められたのは初めてだから……。
ねえ、隆司……。
どうしちゃったの?
由衣はオレの気持ちなんて、
考えたこと無いだろ?
ちょっと、何ふざけてんの?
やっぱり酔ってるんでしょ?
離してよ!
押しのけようとしてるのに、
隆司は私を離してくれない。
(男の人の力って、
こんなに強いんだ……)
チュ……
私が気を抜いたとたんに、
隆司は私の首筋に唇を落とした。
ちょっと、何やってんの?!
少し黙れよ。
悠斗が起きるだろ
隆司はさっきよりも私を強く抱きしめながら、
首筋に吸い付いてきた。
しかもそれだけじゃなく、
熱い吐息を耳にかけてきて……。
いや……。
やめてよ、隆司……
嫌がってるようには
見えないけど?
隆司の手が服の中に入ってきて、
私の胸を優しく包んだ。
(振り払わなくちゃいけないのに、
力が入らないよ……)
これ以上は駄目だってば、
本当に……
どうして?
気持ち良さそうにしてるくせに
ブラの中まで手が侵入すると、
隆司の繊細な爪の先が絶妙な力加減で
胸の赤みの輪郭をなぞる。
あっ!
(やだ、気持ち良くて
身体が反応しちゃう)
(それに……。
こんな時に気づくのっておかしいけど
私、隆司のこと嫌いじゃない。
ううん、むしろ好きなのかもしれない)
(だって、こんなことされてるのに
本当は全然嫌じゃないから……)
って、流されてる場合じゃない!
ちょっと隆司!
いきなり何だよ
一体なんなの?
酔った勢いで
こんなことするのやめてよ!
…………
(どうしてそんなに
悲しそうな顔をするの?)
オレは小さい頃から
ずっと由衣のことが好きだった。
誰と付き合っても、
いつも由衣の面影を追っていたんだ
だから、こうして
由衣に触れてるのは
酔った勢いなんかじゃなくて……
ちょ、ちょっと待って隆司。
さっきから何言ってるの?
それじゃあまるで、私が小さい頃に
隆司と会ったことがあるような……
自分で言った言葉に、ハッとした。
そうだ、飯田隆司……。
聞いたことがあると思ったら、
幼稚園で一緒だったじゃない!
そんな、まさか……。
そんな偶然って……
隆司は私から手を離して、身体を起こした。
オレだって最初は
信じられなかった。
ファストフードの店で
面接したあの日……。
席に座ってる女の子を見て、
すぐに由衣だって気づいたんだ
向かい合わせに座ってる男の
彼女じゃないかと思って、
お前にひどいこと言ったんだよ。
あの時はごめんな
ひどいこと?
私、何言われたっけ?
悠斗に『あんたとこの子じゃ
恋人って雰囲気じゃない』
って言ったろ?
あー……。
そう言えば
そんなこともあったね
あの時、由衣は怒ってただろ?
失礼なこと言ったんじゃないかと
後で気づいたんだ
うん、まあ……。
確かにあの時はムカッときたけど、
そんなのもう忘れてたよ。
だから謝らなくても大丈夫
そっか。
そう言ってくれて
気持ちが楽になったよ
ねえ、それよりも。
どうして私に気づいた時に、
すぐに言ってくれなかったの?
幼稚園が一緒だったってこと
由衣に気づいて欲しかったんだよ。
由衣ならきっとオレのこと
覚えていてくれてると
思ってさ……
怒ってる?
私が覚えてなかったこと
うん、ちょっとな。
オレたちの関係と似てる
映画のDVDを貸しても
全然思い出さないしさ
だ、だってしょうがないじゃない。
あの隆司がこんなにかっこよく
なってるなんて思わなかったもん
それなら許す
そ、そう?
良かったぁ
あとさ……。
金を貯めて店を出すっていう
話をしたのも、
由衣に思い出して
貰うためだったんだぜ
お店……?
あっ、幼稚園のときに約束した
お洋服屋さんのこと?
そう。
オレがデザインを描いて、
由衣が服を作るっていう約束。
思い出してくれたか?
私は、罪悪感で胸が締め付けられる思いだった。
(隆司はこんなにも私のことを
想っていてくれたのに、
私は忘れてたなんて……)
私が申し訳無さそうに俯くと、
隆司がそっと私の頬に触れた。
そんなに悲しそうな顔するなよ。
落ち込ませるために
言ったわけじゃないんだからさ
隆司……
もう一度言う、由衣が好きだ。
この数ヶ月間
由衣と一緒に暮らして、
昔よりも更に好きになった
駄目だよ……。
だって、蒼山くんが……
自分の気持ちが揺れ動いているのが
すごく分かる。
顔が火照っているとかそんなレベルじゃなくて、
身体の芯から熱くなってきていることも。
隆司はそんな私を荒々しく引き寄せて、
強引に唇を重ねた。
……っ!
……んっ!
りゅうっ……じっ……!
隆司は私を強く抱きしめた。
どんなに突き放そうとしても、
隆司は私を離そうとしない。
んっ……
(人の唇がこんなにも柔らかくて、
心地いい物だなんて
知らなかった……)
そのうち私の手から力が抜けていくと、
隆司が私の耳元でこう囁いた。
口、少し開けて……
耳をくすぐる低音のせいで頭がポーッとして、
私は言われるがままに唇をわずかに開いた。
すると唇の隙間から、
温かくて湿った軟らかな物が
ゆっくりと滑り込んでくる。
最初はそれが何だかわからなかったけど、
その軟らかい物がわたしの舌に絡められてからは
すぐにわかった。
クチュ……
(これ、隆司の舌なんだ。
頭の奥が蕩けちゃいそう……)
隆司は更に舌の動きを細かくして、
私の舌をなぞったり時には吸い上げたりもした。
んっ、ふうっ……
はあ……
息苦しくなってくると、
隆司は唇を離してくれた。
もう、終わり……?
終わりじゃねえよ
そして隆司は、また私と唇を重ねた。
唇を食むように優しく唇で挟んでくれるのが、
どうしようもなく気持ち良くて……。
だけど。
──本当に、これでいいの?
頭の奥で、不協和音が鳴り響く。
それが何を意味しているのか、
考える暇は無かった。
…………
抱き合ってキスしている私たちを
扉の陰から見ている蒼山くんの視線に、
気づいてしまったことの方が先だったから。