タックたちが合流し、劣勢だった戦局が一転。
今やエミットを追い詰めている。
彼女にはもはや余裕などなく、
焦りと怒りが攻撃や防御を雑にさせている。
槍は力任せに振り回しているだけ――
タックたちが合流し、劣勢だった戦局が一転。
今やエミットを追い詰めている。
彼女にはもはや余裕などなく、
焦りと怒りが攻撃や防御を雑にさせている。
槍は力任せに振り回しているだけ――
くっ!
こんなことが……
こんなことがぁああぁっ!
でやぁあああぁっ!
っ!!!
デリンの一撃によって
エミットの槍の柄が切り落とされた。
刃の付いた部分は遠くに弾き飛ばされ
地面へ転がる。
間髪を入れず、
ミリーとエレノアさんの剣が繰り出され、
エミットの胴体を貫通した。
がはぁっ!
エミットは目を見開き、
口から血を吐き出した。
そして体を小さく痙攣させ、
握っていた槍の柄を地面に落とした。
カランカランという乾いた音が
虚しく響く……。
ミリーとエレノアさんが剣を引き抜くと、
エミットは地面へと
うつ伏せに倒れ込んだのだった。
はぁっ、はぁっ!
勝負あり……はぁはぁ……
ですねっ……。
息を乱しつつ、
冷たい瞳でエミットを見下ろす2人。
そこへデリンが近づき、
剣を逆手に持ちかえてエミットの心臓に
それを突き刺そうとする。
デリン、
トドメを刺しちゃダメだよっ!
もう勝負は付いたよっ!
甘いぞ、アレス。
こいつは息の根を止めねば危険だ。
でもっ、デリンはこうして
仲間になってくれてるじゃないか!
エミットとも和解できるはずだよ!
だから命は助けてあげなきゃ!
…………。
く……くくく……
心配……には……
及びま……せん……。
どうせ……もう……私は……
助か……らない……。
エミットは近くに転がっていた槍の柄に
手を伸ばし、
それを支えにしながら立ち上がった。
その足元は弱々しく、
今にも倒れてしまいそうだ。
そして僕の方を見てニヤリと頬を緩める。
私……は……勇……者様……の……
思い……通りに……は……
なりませ……ん……。
あっ!
エミットは隠し持っていたナイフで
自分の心臓を刺し、
そのまま倒れ込んで動かなくなった。
それと同時に、
辺りを包んでいた彼女の結界が消える。
――つまりそれは
エミットの命が尽きたということ。
僕は呆然として、膝から崩れ落ちてしまった。
なんで……?
回復魔法をかければ
助かったかもしれないのに……。
自分で死を選ぶことは
ないじゃないかっ!
……ヤツは誇り高き魔族。
役立たずには死を――という理念を
自分にも実践したのだ。
戦いに敗れ去った以上、
生き恥を晒さず
潔く死を選ぶのは当然だ。
死んじゃったら
なんにも
ならないじゃないかっ……くっ!
僕は地面を拳で叩き、
行き場のない悔しさをぶつけた。
自然に涙があふれ出し、
ポタポタと零れ落ちる。
アイツにとっては
あれが最善の選択肢だったんだ。
えっ?
生きるって選択は
アレスの考え方だ。
でも世の中には
色々な考え方がある。
周りがどう言おうと、
最終的に決めるのは自分自身。
強制はできないさ。
何が正しくて
何が正しくないかなんて、
誰にも分かりませんからね。
アレスは自分の想いを
エミットに伝えた。
でもエミットは
自分の信念に従った。
だったら仕方のないことさ。
オイラだって
アレスと考え方が違う部分はある。
でもそれは当たり前だ。
アレスはアレスであって
オイラじゃない。
だから話し合って
納得できる点を探るのさ。
譲れる部分は譲り、
譲れない部分は譲らず。
オイラたちはお互いにそうしながら
旅をしてきたと思うぞ?
あ……。
想いを伝えるのは構わない。
でも強硬なだけじゃダメだ。
相手の気持ちも
理解してやらないとな。
タック……。
タックの言葉が僕の心に強く響いた。
そうだ、
世界は誰か1人の想いが絶対じゃなくて、
みんなの想いがあって僕の想いもある。
そのお互いが重なったり離れたりを
繰り返している。
だから完全に一致し続けることなんてないし、
それが普通なんだ。
そして想いが少しでも重なり合うように
自分が行動することはできても、
相手がどう動くかなんて分からないし、
強制していいものでもない。
……タックの言う通りだと思う。
やっぱりタックがいないと、
僕はまだまだダメみたいだ。
ですよねぇ!
私もそう思いますっ!
アレス様とタック殿。
この組み合わせに
勝るものはありませんっ!
……な?
こいつの考え方は
理解できないだろ?
世の中、
相容れない意思はあるんだ。
でも認めて見守ってやるのも
必要だから、
オイラは適度にビセットに
付き合ってやってるわけさ。
実に分かりやすい例だな……。
さて、アレスたちはどういう経緯で
こうなったのかを聞かせてくれ。
僕はルナトピアを出てからのことを説明した。
それでようやく事態を把握したみたい。
クリスくんが審判者であることは、
会った瞬間に
気配で気付いていたようだけどね。
――そういうことだったのですか。
タック様とビセット様は、
ルナトピアで何があったのですか?
とんでもない数の
レッサーデーモンや
アンデッドが襲ってきたんだ。
だろうな。
俺とシャイン、クロイスの3人で
出せるだけ出したからな。
んだとっ?
テメーが原因かよっ!
オイラたちは死にかけたんだぞっ!
でもこうして生きているのだ。
過ぎたことは忘れろ。
く~!
オイラ、お前なんか大っ嫌いだっ!
奇遇だな。俺も同じ意見だ。
私は抱きつかせてくれたら
許しちゃいますけど。
断る!
やけに力の入った声でデリンは即答した。
敵意すら混じっているような気も……。
するとビセットさんは涙目になって
ため息をつく。
はうぅ……。
そんなに拒絶しなくても
いいじゃないですかぁ。
で、襲われたあとはどうなったの?
街の連中を守りながら戦っててな、
あまりの数に対処しきれずに
とうとう深手を負っちまったんだ。
そのまま意識が遠のいて、
オイラもダメだと
思ったんだけどな……。
私も同じような感じです。
でも気がついたら、
私たちは見知らぬ場所で
倒れていました。
あとで分かったことですが、
ゲートのワープ先の近くでした。
おそらく誰かがゲートを使って
助けてくれたのでしょうね。
翼人族のどなたかでしょうか?
でも聞き込みをしても
誰も知らないみたいなの。
それは妙ですね……。
目撃者くらいは
いてもいいはずですが。
アレス様と別れたあと、
知り合いの子から受け取った手紙で
タックさんたちの居場所が
分かったの。
それで急いで向かったのよ。
でもその子、
誰から手紙を渡されたのか
覚えてないっていうのよね……。
おそらく魔法か
催眠術のようなもので
誰かに操られていたのだろう。
相手は敵か味方か……。
いずれにしても正体不明の何者かが
動いているようだ。
警戒だけはしておいた方が
いいだろう。
ですね……。
2人とも、怪我はもう大丈夫なの?
あぁ、ルナトピアに戻ったあと、
翼人族の神官が
回復魔法をかけてくれたからな。
おかげさまで普通に戦えます。
そっか……良かった……。
ではアレス、
そろそろ魔王城へ移動しましょう。
また誰が襲ってくるか
分かりません。
でも残っている強敵って
魔王ぐらいでしょ?
デリン以外の四天王は
全員倒したんだし。
四天王まではいかずとも、
そこそこ実力があって
俺たちに敵対する魔族は
たくさんいる。
それなら同じ場所に留まるのは
避けた方がいいわね。
そういうことだ。
さっさと転移魔法で
魔王城まで移動するぞ。
ただし、
城には結界が張ってあるから
入口の前までだがな。
おいおい、
なんの作戦も立てずに行く気か~?
急いては事をし損じる、だ。
それにな、魔王城へ行く前に
アレスに伝えておかなきゃならない
ことがある。
ご先祖様の遺言のことなら、
クリスくんに聞いたって話は
したよね?
それじゃない。
……ミューリエと魔王の
関係についてだ。
えっ?
彼女は自分が
自然の摂理に反した存在だとは
言っていたけど、
魔王と何か関係があるの?
アイツ、そこまで話していたのか。
でもそれは真実の全てじゃない。
ミューリエは
勇者アレクと戦った前魔王だ。
なっ!?
タックから知らされた驚きの事実!
ミューリエがご先祖様と戦った魔王って
どういうこと!?
もしそうなら、
魔王城にいる魔王って何者なのっ?
次回へ続く!