お姉さんはゆっくりと僕たちに近付いてくる。
ほかには誰もいないようだ。
――彼女は何者なんだろう?
もし都市を追われた人たちなら、
森を歩いてこなければならないはず。
でもそれにしては服や靴に汚れが見られない。
つまり転移魔法か何かで近くまで
移動してきたと考えた方が自然だろうな。
そして単独でいるということは、
それなりの実力を持っているということ――
お姉さんはゆっくりと僕たちに近付いてくる。
ほかには誰もいないようだ。
――彼女は何者なんだろう?
もし都市を追われた人たちなら、
森を歩いてこなければならないはず。
でもそれにしては服や靴に汚れが見られない。
つまり転移魔法か何かで近くまで
移動してきたと考えた方が自然だろうな。
そして単独でいるということは、
それなりの実力を持っているということ――
勇者様、お初にお目にかかります。
私はエミットと申します。
魔王様の四天王を
務めさせていただいております。
エミットは服の裾を掴み、
優雅な素振りで会釈した。
傍目には優しそうなお姉さんにしか見えない。
でも魔王の四天王というからには、
僕を倒そうとして
ここへやってきたんだよね……。
四天王のうち、
シャインとクロイスはすでに倒した。
デリンは僕の仲間になってくれた。
――つまり最後の1人ということか。
デリン、
まさかあなたが寝返るとはね。
空席となった四天王に
あなたを推薦した、
私の面目は丸つぶれですわよ。
でも勇者様と
力を合わせたとはいえ、
シャインを倒したのですから、
私の見る目は
確かだったということですけど。
アレス、逃げろっ!
えっ?
ふふ、そうはいきませんっ♪
デリンが叫んだ直後、
エミットは何かを呟いた。
すると地面に大きな魔方陣が浮かび上がり、
僕らの周囲十数メートルの範囲内が
血の色の光に包まれる。
うっぷ!
急に体が重くなって、
吐きそうになるくらい気分が悪くなる。
頭も痛い。
病気にでもなっちゃったみたいだ。
横を見るとシーラとクリスくん、
それにミリーも
同じように苦しそうな顔をしている。
デリンとトーヤくんは
特に変化がないみたいだから、
これは人間にだけ
影響が出る何かなんだろうな……。
なん……ですか……これ……?
結界を張らせていただきました。
これで外へは逃げられませんっ♪
クッ……。
あ、そうそう。
人間の方は
この結界の中にいるだけで
体力を消耗いたしますの。
でもご安心くださいませ。
勇者様はわたくし自らの手で
あの世へ
ご招待させていただきますので。
うぐ……。
おい、シーラ。クリスでも構わん。
さっさと防御魔法でも使って
結界の影響を最小限に食い止めろ!
お前らを失っては戦いにならん!
は、はい……。
…………。
…………。
シーラとクリスくんは
僕たち全員に防御魔法をかけた。
おかげでかなり楽になったけど、
全身の脱力感は抜けない。
何もしていないのに、
筋肉が疲労していくようだ。
これなら今はなんとか戦えるけど、
長期戦になったら
不利になるのは目に見えている。
後先のことは考えるな。
最初から全力で
攻撃を仕掛けていくぞ。
デリン、なぜそこまで焦ってるの?
ヤツが四天王最強だからだ。
シャインなど
比べものにならんほど強い。
その実力は魔王に匹敵する。
えぇっ?
それは買いかぶりすぎですわ。
かつてはそんな時代も
ありましたが、
今や魔王様は新たな力を手に入れ、
埋めようのない差がついています。
新たな力だとっ?
……あら、
つい口が滑ってしまいましたわ。
いずれにしても
デリンと私の実力差が大きいのは
変わらぬ事実ですけれどもね。
うふふふふっ♪
エミットは身長以上の長さのある槍を
空間の切れ間から取り出した。
刀身部分の先端はゆるやかにわん曲していて、
初めて見る形だ。
それを軽々と振り回し、
切っ先を僕たちの方へ向ける。
するとデリンとミリーは剣を抜き、
クリスくんは先端に宝石のついたロッドを
ポケットから取り出す。
ミリー、
剣による波状攻撃を仕掛けるぞ。
最初の攻撃は俺が単独でやる。
その動きを見て、
次の攻撃からは
俺に合わせて行動しろ。
しょ、承知しました……。
アレスとシーラはいつもの攻撃だ。
少しでも動きを鈍らせられれば
御の字だ。
うん、分かった!
はいっ!
クリスは魔法で援護してくれ。
攻撃魔法でも補助魔法でも、
それはお前の判断に任せる。
ほぉ? やけに素直だな。
デリンらしくもない。
全員の力を結集しなければ
エミットには勝てん。
それだけの相手だということだ。
…………。
任せておけ!
あ、あの……僕は……。
貴様は木の陰にでも隠れていろ。
巻き込まれたくなかったらな。
構ってやれる余裕などない。
トーヤくん、
もし一瞬でも結界が破れたら
遠慮せずに逃げて。
…………。
よし、攻撃開始だ!
デリンはエミットに斬りかかっていった。
でも彼女はそれを軽く受け流し、
逆にカウンター攻撃を繰り出す。
それを紙一重でかわしたデリンは
再度攻撃を仕掛けた。
今度はそこにミリーさんも加わる。
クリスくんは
何かの魔法を唱えようとしているみたい。
うふふふっ♪
いい太刀筋と反応ですわ、デリン。
うるさいっ!
はぁっ!
即席にしては息の合った
デリンとミリーの連係攻撃。
でもエミットは
それ以上の素速い動きと的確な受けで
攻撃を当てさせてくれない。
しかも楽しんでいるかのように笑っている。
くっ!
はぁっ、はぁっ!
このままじゃまずい。
なんとか2人を援護しないと。
僕はシーラと手を繋ぎ、
エミットに対して力を使うことにする。
…………。
エミット、
どうか戦うのをやめてください。
戦わずに解決できることも
あります。
だから……お願いですっ!
僕とシーラの体が光に包まれ始めた。
それはどんどん強くなっていく。
どうやら全く効いていないわけじゃ
ないらしい。
だって手応えが感じられるから。
でも相手の存在というか、
生命力や魔法力、様々な力が大きすぎて
戦意を抑えるまでには至らない。
……あら?
魔法力と力が
小さくなっていますわね。
これが使い魔たちの報告にあった、
勇者様のお力ですか……。
食らえぇえええぇーっ!
っ!?
たぁっ!
エミットの意識が僕の方へ向いた隙を、
デリンとミリーは見逃さなかった。
2人の攻撃がヒットし、
エミットの体に傷を付ける。
そこへ間髪を入れず――
破魔爆裂弾ッ!!!
満を持して、
クリスくんが炎の魔法を
エミットに炸裂させた。
発動できる状態にしたまま、
攻撃する機会をうかがっていたようだ。
避ける余裕もなくエミットは炎の中に消える。
よしっ!
見たかっ、ボクの魔法!
対魔族用に特化した攻撃魔法か。
ふふふ、
これであいつもタダでは済むまい!
喜ぶのは早すぎる。
この程度で
エミットが倒せるものか。
ですね。
もし倒せたのなら、
結界が消えるはずです。
確かにそうですね……。
シーラの言う通りだ。
結界が依然として残っているということは、
エミットを倒せていない証拠。
でもあんなにすごい魔法を食らっても
倒せないなんて、
エミットはどれだけ強いんだろう?
大ダメージを与えたには
違いないんだろうけど……。
彼女が立っていた場所は
依然として煙に包まれていて
まだ姿が確認できない。
クリス、次の魔法を準備しておけ。
あぁ、承知し――
……っ?
……ぁ……かはっ……っ!
クリスくんッ!
気がついた時には、
クリスくんの腹に
エミットの槍が突き刺さっていた。
刃は体を貫通し、
先端が背中から飛び出している。
クリスくんは目を見開き、
口から吐血している。
その場に立っていたのはエミット。
服はボロボロになっていて、
体にもヤケドのような傷が無数に付いている。
そんな状態なのに、
彼女はなぜか楽しげに笑っている。
今の攻撃の動きも全然見えなかったし、
まだ余裕があるってことか……?
ごめんなさい。
つい本気で
攻撃をしてしまいましたわ。
だって今の魔法、
ちょっと痛かったんですものっ♪
エミットはクリスくんの体に突き刺していた
槍を引き抜いた。
クリスくんはそのまま地面へと倒れ込み、
赤い水たまりができていく。
体は微かに痙攣しているから
生きているはずだけど、
急いで回復魔法をかけないと危険な状態だ。
でもクリスくんが倒れているのは、
エミットの足下。
エミットが僕たちの方へ
視線を向けたままだから、
近寄ろうとしても隙ができない。
次回へ続く!