なぜかトーヤくんは気絶してしまった。

うわわっ、どうして!?
病気の発作とかだったらどうしようっ!

僕が慌てていると、
デリンは頭を抱えながら深いため息をつく。
 

デリン

バカが……。
それを言ったらこうなるに
決まっている……。

アレス

どういうこと?

デリン

平民以下の魔族たちは
人間を恐怖のモンスターとして
認識している。

デリン

自分たちを問答無用で滅する、
最低最悪の存在としてな。
それで恐ろしくなって
気絶したのだ。

シーラ

そんな……。
人間全部が悪人ではないのに……。

デリン

お前ら人間だって俺たち魔族を
畏怖の対象として見ているだろう?
それと同じだ。

ミリー

う……。

 
――確かにそうだ。

魔族っていうだけで逃げ出す人間は
たくさんいる。
僕だってトーヤくんと出会うまでは、
魔族がみんな強い力を持っていると
勘違いしてたし。

そうか、人間も魔族も大多数が
自分の物差しでしか物事を見てないんだ……。
 
 

デリン

ただし、中民以上は
教育を受けている。
そして自分たちの方が強いと
分かっているから、
むしろ人間を下に見ているがな。

アレス

デリンは今でも
人間を下に見ているの?

デリン

――っ!?

デリン

……自分でも分からん。
戸惑っているというのが
正直なところだ。

ミリー

戸惑っているとは?

デリン

つい最近、
人間の中にも
評価に値するヤツがいると
分かったからな。

クリス

なるほど、ボクのことか!

デリン

貴様のわけがなかろうが!

クリス

冗談だ。
アレス様のことだろう?

デリン

…………。
ま、まぁな……。

アレス

僕なのっ!?

デリン

か、勘違いするなよっ?
あくまでもほんの少しだ。
それにお前のこれからの行動次第で
評価は変わる可能性もあるっ!

ミリー

素直じゃないですね……。

シーラ

うふふっ。

アレス

じゃ、これからも一緒に旅をして、
僕の様子を見ていてね。
人間も捨てたもんじゃないって
もっと感じてもらえるよう、
今まで以上に努力するから。

デリン

アレス……。

デリン

……承知した!

 
デリンは僕を見やりながらフッと微笑んだ。

こんなに優しい笑顔、初めて見る気がする。
以前は冷たくて刺々しさばかりが
目立っていたのに、
どことなく温かい感じ。


ミューリエは以前、
魔族は成長しないって言っていた。

でもそれは違うんじゃないだろうか?
魔族だって成長できるんだよ、きっと。


――だってデリンは成長してるもん!
 
 

デリン

さぁ、
お喋りはこのくらいにしよう。
ここが侵さざるべき土地の外なら
さっさと転移魔法で移動するぞ。

アレス

ちょっと待ってよ。
トーヤくんをこのままには
しておけないよ。

デリン

気絶しているだけだ。
放っておいても問題はない。

アレス

そうはいかないよ。
僕のせいで
こうなっちゃったんだもん。

デリン

いいか、アレス?
それがどれだけ危険なことか
分かっているのか?

アレス

えっ?

デリン

侵さざるべき土地の
外だということは、
いつ敵が襲ってきても
おかしくないということだ。
悠長に構えてなどいられん!

アレス

ダメだよっ!
だからといって
放っておけないよっ!

 
僕はデリンを真っ直ぐに見つめながら叫んだ。

トーヤくんにもしものことがあったら、
申し訳ないもん。
だからここで退くわけにはいかない。
 
 

アレス

デリン、お願いだよっ!

デリン

…………。

デリン

やれやれ……。
ったく、俺は知らんからな?

アレス

ゴメンね、デリン。
心配してくれるのは嬉しいし、
キミにもリスクがあるから
申し訳ないって思う。
でも僕は――

デリン

分かった分かった。
お前の性格は
なんとなく理解している。
さっさと介抱してやれ。

アレス

ありがとう、デリン。

 
僕はシーラの手も借りて、
トーヤくんの介抱をした。

飲み水やタオルを濡らすための水は、
クリスくんが魔法で出してくれた。
近くの水場は
すぐに見つけられそうにないからね。
ヘタに動き回るのも危険だし。
 

それからしばらくして――
 
 

トーヤ

ん……あ……。

アレス

トーヤくん、目が覚めた?

トーヤ

わぁっ!

 
トーヤくんは目を丸くしながら
後ずさりをした。

また気を失ってしまったら大変なので、
僕は驚かせないよう
にこやかな笑顔で応対する。
 
 

アレス

大丈夫、僕は何もしないよ。
だから安心して。

アレス

それとキミの目が覚めるまで
時間があったから、
袋から零れちゃってた
野草やキノコを
拾い集めておいたよ。

 
僕が袋を渡すと、
トーヤくんはドギマギしながら
それを受け取る。
 
 

トーヤ

あ……ありがとう……。

アレス

あのね、
人間にだって色々な人がいる。
確かに悪いヤツはいるけど、
いい人だって一杯いるんだ。
だから人間ってだけで
過度に怖がらないで。

アレス

それとも僕が悪人に見える?

クリス

アレス様は
気弱な男の子にしか見えないな。
逆にデリンは
極悪人にしか見えないが。

デリン

貴様は黙ってろ!

トーヤ

…………。

シーラ

トーヤくんが
呆気にとられていますので、
デリンもクリス様も
それくらいにしては
いかがかと……。

ミリー

シーラの言う通りです。
少しは空気を読んでください。

デリン

チッ……。

デリン

もう気は済んだだろう。
行くぞ、アレス。

アレス

うんっ!

アレス

トーヤくん、またねっ♪

トーヤ

ま、待って、アレスくん!

アレス

うん?

トーヤ

これからどこへ行くの?

アレス

魔王の城だよ。

トーヤ

魔王様のお城へっ!?
でもここから凄く遠いよっ?

デリン

俺は転移魔法が使える。
だから一瞬だ。

トーヤ

……何をしに行くの?

アレス

世界を平和にしに行くんだ。
説得できれば説得したい。
でもダメなら
戦うことになるかもしれない。

トーヤ

…………。

 
トーヤくんはポカンとしながら僕を見ていた。

それも無理はないか……。

傍目には強そうに見えないってこと、
僕自身が自覚してるしね。
 
 

トーヤ

もしかしてアレスくんって
すごい人なの?

アレス

どうだろうね?
でもトーヤくんだってすごい力を
持っているかもしれないよ?

アレス

――いや、きっと持ってる。
僕だって最初は何もできない
弱い人間だったんだ。

トーヤ

そうなのっ!?

アレス

でも色々と努力して、
みんなとも力を合わせて
ここまで来られた。
だからトーヤくんも
決して諦めずに行動してみて。

トーヤ

…………。

トーヤ

うんっ! がんばってみるっ!

 
トーヤくんは満面に笑みを浮かべた。
そして僕たちは固い握手を交わす。

うん、世界を平和にしたら
またここへ戻ってこよう。
そしてもし僕に協力できることがあれば、
協力してあげたい。

みんなが僕を助けてくれたように、
今度は僕がみんなを助けてあげたいから!
 
 

――あらあら、
勇者様も残酷なことを
なさいますわね?

 
不意に森のどこからか女の人の声が響いた。
周囲を見回してみても姿は見えない。
 
 

ミリー

何者ですっ?

生半可に希望を与えると、
それが実現しなかった時に
絶望が大きくなりますわ。

デリン

ま……まさか……
この声と気配は……。

 
デリンは真っ青な顔をして唇を震わせていた。
目を見開き、額には汗が滲んでいる。

それから程なく、
森の奥からお淑やかそうな
お姉さんが歩いてくる。

――彼女は一体何者なんだろう?
 
 

 
 
 
次回へ続く!
 

第80幕 人間も魔族も同じなんだ……

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