おーい、大丈夫か?

 マサヨシの声に、俺は答えることができない。

どしたの?

 ミドリの声がする。ふすまの開く音。ヨシキが僕の肩に触れ、どうしたのと泣きそうな声で呟く。


 階段を上る音。どうした、と言う声。マサヨシが、俺を揺さぶる。声は遠い。頭がぐらぐらと揺れる。




 気持ち悪い。

マサヨシ、ヨシキ君をつれて、店番してて

え、でも

 ミドリの声が、凛と響く。

いいから

 その声は、暗闇のなかで光る鈴のようで、俺はぼんやりとミドリの方へ目をやる。


 マサヨシとヨシキが、階段をおりていく音がする。

大丈夫……じゃなさそうだね

 ミドリが俺を覗きこんでくる。うん、うん、大丈夫じゃないよ。

 首を横に振っているのか、縦に振っているのかもわからなくなる。

 ぐるぐると世界が回っている。やはり、気持ちが悪い。

タカシ君、あなた、この人見えてるの?

 光のような声が、俺にりんりん、と居場所を教えてくれる。

――この人って、セイさんのこと?

セイさんっておっしゃるんですか? ……銀髪の、学生服を着たお兄さんよ

 おいおい、と笑ったのはセイさんだった。

こちらの台詞だよ。君、僕が見えてるのか?

……見えてます

 ヒュッと口笛の音がした。セイさんが屈んで、俺のとなりに来て肩を組む。

驚きだ。君、サンザシだけでなく、僕も認識できるのか。

よほど強い力をもっていると見える。

マサヨシ君はほら、僕の力で見えるようにしてあげてるけどさ、君はイレギュラーだなあ

力だなんて……私はただの人間です。少しだけ、見えないものが見えたりしますけど

それが、強い力だっていってるんだ

 座ったままで、二人は俺をよそに、はなしつづけている。

あなたこそ、ですよね

なんのことだい?

強い力というのなら、ってことです。サンザシちゃんと会ったこともご存じのようでしたし……それに、違いぐらい分かりますよ

違い?

 ミドリは、まるでおとぎばなしのようなことを言う。

あの子に、力はない。すぐに消えてしまいそうな子だった。

あなたは、力が溢れている。

失礼をお許しください。あなたは、神様のような存在ですか?

 神様?


 その言葉と、はじけるような笑い声が、俺を現実に引き戻してくれた。


 神様、と俺は呟いていた。

セイさん……セイさんは、神様なんですか?

あっははは、ちょっとまって、こんな子に巡り会えるなんて! 

君、それで、絵本作家なんだっけ?

 俺の言葉を無視して、セイさんはミドリに問いかける。ずいぶんと楽しそうで、手を叩いて笑っている。

ええ……そうですけど

あっはっは、傑作! 最高! 首の皮が繋がるかも、早速相談することにしよう

セイさん?

 セイさんは目のはしにたまっている涙をぬぐいながら、俺の肩を強く叩いた。

タカシ君、君はとにかく、自分のことを第一に考えなくちゃいけない。

僕が神様かどうかなんて、気にしちゃいけない。

ちなみに、ここの世界とはもうすぐお別れだ

ミドリ!

 下の階から、マサヨシの叫び声がした。おい、ミドリ、と連呼しながら、すごい形相で階段をかけ上ってくる。

 ミドリが、どうする、と問いかけるようにセイさんを見つめた。セイさんがひとつ、頷く。


 俺は、ふらふらと彼らについていった。












 ぼんやりと、物語の終結を見ていた。

 ミドリの絵本にでていたこの駄菓子屋を、とある映画監督が絵本をきっかけに知り、いたく気に入って、自力で探し当てたと話していた。

 今度の映画の舞台にさせてはくれまいか。

 きっと、映画に出ることで、この駄菓子屋の知名度はあがるだろう。

助かるかもしれない

 映画監督が帰ったあと、楽観的だが、と震えるマサヨシを、ミドリが優しく抱き締めていた。


 よかった、と彼女が言った言葉を最後に、俺はその世界から、音もなく消えた。

5 駄菓子屋の未来 記憶の原点(18)

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