ミリーさんを旅に加え、
僕たち5人は侵さざるべき土地を進んでいた。
ブラックドラゴンのところを出発して
すでに数日が経過している。

幸いなことに、
魔族や獣などは襲ってきていない。
また、風に揺られる草木の音しか聞こえず、
とても静かだ。
 
今までずっと歩いてきたけど、
パッと見る限りは
僕たちのいた世界にある森と変わらない。
 
 

アレス

デリン、転移魔法が使える場所まで
まだかかりそう?

デリン

知られている広さから推測すれば、
そろそろのはずだがな。

クリス

目印のようなものはないのか?

デリン

森を抜ければそこは
侵さざるべき土地の外のはず。
それが目印だな。

ミリー

――っ?
皆さん、止まってください。

アレス

どうしたの?

ミリー

アレス、静かに……。

 
不意にミリーが僕たちに声をかけてきた。
そして周囲を警戒しながら、
人差し指を自分の口に当てる仕草をする。

するとみんなも沈黙し、
険しい表情をしながら辺りを見回した。

僕はワケが分からず、キョトンとしてしまう。
 
 

アレス

どうしたんだろう?

ミリー

…………。

デリン

…………。

クリス

…………。

シーラ

…………。

 
 
 
 
 
 
 
 

 
 

ミリー

――っ!
そこですねっ!

 
ミリーは腰に差していた護身用の短剣を抜き、
音のした茂みの方へ投げた。

短剣は真っ直ぐ飛び、
茂みの手前の地面に突き刺さる。
 
 

トーヤ

ヒィッ!

 
次の瞬間、
茂みの中から男の子が飛び出してきた。
そして腰砕けになったまま、
僕たちの方を見てガタガタと震えている。

表情は恐怖に歪んでいて、
まるで強力なモンスターにでも
遭遇したかのような様子だった。
 
 

ミリー

……子ども?

デリン

見た目で判断するな。
魔族は容易に姿を変えられる。

クリス

確かに魔族の気配がするな。

シーラ

でも、敵意は感じませんが……。

アレス

そうだね。
むしろ僕たちを
怖がっているような気がするけど。

デリン

アレス、お前は甘すぎる。
もう少し警戒しろ!

アレス

でも……。

 
デリンは視線を男の子へ向け、
睨みつけながら歩み寄っていった。
男の子は怯えたまま動けないでいる。

そして程なく
デリンはその子の前に辿り着くと、
冷たい瞳で見下ろしながら口を開く。
 
 

デリン

貴様、なぜこんな場所にいる?
ここは侵さざるべき土地。
足を踏み入れるのは
リスクが高すぎるだろう。

デリン

それとも俺たちの追っ手か?

トーヤ

お、お助けくださいっ!
僕はただ、野草やキノコを
摘みに来ていただけなんですっ!

 
男の子は持っていた布袋をデリンに差し出し、
泣きそうな顔で震えていた。

デリンはそれをチラリと横目で見ると、
すかさず男の子の細い首を掴んで持ち上げる。
その体は簡単に宙に浮き、
足がだらりと空中に垂れた。
 
 

トーヤ

う……ぐぅ……。

デリン

嘘をつくとためにならんぞ?
死にたいのか?

トーヤ

嘘なんか……
ついて……ません……。

デリン

正直に話せっ!

トーヤ

か……はっ……。

 
デリンは腕に力を入れて
さらに男の子を締め上げる。

男の子は首を掴むデリンの手を解き放とうと
その小さな手で抵抗を試みるけど、
それは適わない。

苦しそうな顔をしながら藻掻き、
瞳には涙が浮かんでいた。
 
――いけないっ、
このままじゃ死んじゃうよッ!
 
 

アレス

やりすぎだよ、デリン!

シーラ

そうですっ! 乱暴すぎますっ!

デリン

……ふん。

 
デリンはようやく手を離し、
男の子は地面へドサリと落ちた。
 
 

トーヤ

けほっ! けほっ!

デリン

どうやらただのガキのようだ。
大して魔力も力も感じん。
近寄っても心配なかろう。

 
僕は急いで男の子に駆け寄った。
そして心配しながら彼の様子をうかがう。
 
 

アレス

大丈夫、キミ?

トーヤ

は……はい……。

アレス

僕はアレス。キミの名前は?

トーヤ

トーヤ……。

デリン

おい、貴様!
なぜこんな場所にいたのか答えろ。

デリン

野草やキノコなら
普通の森にでもあるだろう。
なぜあえて危険なこの地へ来た?

トーヤ

それは……。

 
トーヤくんは暗い顔をして口ごもった。

何か話しづらい事情でもあるのだろうか?
例えば、家出してきたとか……。

あるいは特別な効果のある薬石類が
必要になって、
それがここでしか手に入らないとか。
神聖な土地なら
その可能性はありそうだもんね。
 
 

トーヤ

じ、実は僕、
この近くに住んでいるんです……。

デリン

なんだと?

トーヤ

僕はこの森の片隅にある隠れ里で
生まれ育ちました。
でも両親や多くの里人は
力がないばっかりに
都市を追われたそうです。

トーヤ

どこへ行っても迫害を受け、
それで最終的にこの地へ
辿り着いたらしいです……。

 
――迫害を受けた?

なんでそんな事態になったのだろう?
何か罪でも犯したのだろうか?

いや、
少なくともトーヤくんは何もしてないはずだ。
裏には深い事情がありそうだ……。
 
 

シーラ

でもここに立ち入ると
天罰が下るという話ですよね?

トーヤ

侵さざるべき土地といっても、
この辺りはすでに
その範囲の外なんです。
もともとあった森の周りに
木を植えて、
広く見せているだけで……。

クリス

なるほど、
それで安全に暮らせるわけか。

トーヤ

でも境が分かりにくいから、
たまに知らずに入り込んじゃって
神様に滅せられてしまう人も
います。

アレス

危険と隣り合わせなんだね……。

デリン

――そうか、ようやく分かったぞ。

 
デリンは納得したような顔をして、
フッと息をついた。
 
 

デリン

貴様は下民だな?

トーヤ

そ、そうです……。

アレス

デリン、下民って?

デリン

身分の1つだ。上から順に
特民、上民、中民、平民、下民と
分けられている。
さらにそれらも
細かく分けられているが、
おおまかにはそんな感じだ。

デリン

俺たち魔族社会では魔力の大きさや
持っている特殊能力によって
身分が分けられている。

デリン

当然、力を持たぬ者は
役立たずとして差別を受ける。
最下級の下民というのは、
人間の世界でいうところの奴隷――
いや、
それ以下の扱いかもしれんな。

アレス

そんな……。

クリス

デリンは下民ではないのか?

デリン

バカも休み休み言え!
俺は魔王の四天王の
1人だったのだぞ?
特民に決まっているだろうが!

トーヤ

とっ、特民っ!?
あ、ああぁ……ぁ……。

 
トーヤくんは顔色が真っ青になって、
泡でも吹くんじゃないかってくらいに
怯えていた。
奥歯はガタガタと音を立て、
目は激しく揺動している。

この怯え方は尋常じゃない。
まるで何かに取り憑かれたかのような感じだ。
 
 

アレス

トーヤくん、落ち着いて。
大丈夫、何もしないから。

トーヤ

数々のご無礼、お許しくださいっ!
どうか命だけはお助けくださいぃ!

ミリー

デリン、あなたが脅したせいで
萎縮してしまっているでは
ないですか。

デリン

脅したせいではない。
特民は中民以下に対してなら
何をしても許される。
殺そうが略奪だろうがな。

デリン

それで怯えているのだ。

アレス

えぇっ?

デリン

ま、例え抵抗したところで
無駄なあがきではあるんだがな。
それだけ力の差がある。

 
そうか、それでトーヤくんは
何かされるんじゃないかと
恐れおののいていたわけか。

それにしても、
魔族って全員がデリンみたいに強い力を
持っているのかと思っていたんだけど、
そうじゃなかったんだね。

トーヤくんのように差別を受けて、
怯えながら細々と暮らしている
魔族もいたんだ……。
まるで僕たち人間の社会と変わらない。

そう思うと、
なんか他人事とは思えないよ……。
 
 

アレス

トーヤくん、
僕たちは危害を加えないよ。
だから怯えないで。

トーヤ

でっ、でもっ……。

アレス

確かにデリンは魔族だけど、
僕たちは魔族じゃないから
身分は関係ないよ。

トーヤ

えっ? 魔族じゃない?

アレス

僕たちは人間なんだ。

トーヤ

……っ?
にん……げん……っ!?

トーヤ

わぁああああああああぁーっ!
……あ……ぁ……っ……。

 
トーヤくんは今までで一番怯えた声を
上げたあと、
そのまま気絶してしまった。

えっ? ええっ!?
これはどういうことなのっ?
 
 

 
 
 
次回へ続く!
 

第79幕 魔界で出会った男の子

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