俺が一閃した傷が痛むのか、その火を投げる男は大きく顔を歪め、その胴に深々と刻まれた斜め一文字の傷を抑えるように手をあてがう。
僕が……負ける……?
そんなことあるわけないじゃん。
ふざけるなよ、ふざけるなよ、ふざけるなよ、ふざけるなよ……
俺が一閃した傷が痛むのか、その火を投げる男は大きく顔を歪め、その胴に深々と刻まれた斜め一文字の傷を抑えるように手をあてがう。
やべ、一撃必殺とまではいかなかったか?
俺はもう一度鎌を構え直すと、男の動向を伺った。バリッバリッという音を立てながら紫電が鎌の周りを細かく迸る。
だが、しかし、その男は動かなかった。
いや、動けなかった。
いや、動く前にそれよりも大きな事態が起こった。
5th story:ENEMY
突如空中に現れた火の柱の中から男と同じ赤い服を着た男女7人が姿を現した。
なんで君たちがいるのさ、焔(ホムラ)?
いやなに、やけに君が苦戦してるみたいだったから、様子を見に来たんだ、烙(ラク)。
だからって、祓火の上級騎士が全員出てくるほどじゃないだろー?
僕ならこんなやつらは相手じゃない。
体にそんな大きな傷作って言っても説得力ないわよ。あなたは上級騎士の中でも最も実力が低いのよ? 分をわきまえなさい。あなたはこの汚れた執行者、いえ、代行者だったかしら。その代行者にあなたは負けたのよ。
うるさいよ、燗(ラン)。僕は最弱なんかじゃない。
まぁ言い訳は後で聞くよ。とりあえずここは引くよ。燐(リン)、烙の回収をお願いしてもいいかな?
はい。了解しました。
燐と呼ばれた女は右手を前に突き出し。何か呪文めいたことばを唱えた。すると、女の周りに黒炎が渦巻き、縄の形を模した。そしてその黒炎の縄は火投げ男こと、烙の方へと、まるで生きた蛇のような動く。
ちょ、ちょっと待てよ!
僕はまだ……
拒絶の言葉を叫びながらその縄から逃れようとする烙であったが、抵抗虚しくその縄にからめとられた。黒炎の縄は烙を捕らえると同時に主人のもとに戻っていった。
くそ!
離せよ、この根暗女!
さて、本当なら今この場で上級騎士7人の力で君をひねりつぶしてもいいのだけれど……。
そう言って俺を見下ろした焔の視線に宿る明確な殺意に背筋が一瞬凍る。
……
だめです、閏さん。あの焔という敵には私では対抗しきれません。早く逃げてください。
紫が警告する。そんなことは言われなくても分かっている。こいつはどう見ても「ヤバイ」。烙とは似ても似つかない殺意だ。
だが、体が動かない。足に釘でもさされたように。
代行者か……。前の執行者も大したことはなかったけれど、君はそれ以上に脅威にはならなそうだ。
まぁ、ここは引いてあげるよ。今日は烙にお灸をすえるひつようがあるしね。
まぁ次に会った時には必ず殺すよ。それまでせいぜい生き延びるがいいよ。穢れた眷属。
そう言い残した焔は他の7人とともに火柱の奥へ消えてったのだった。
はぁ……なんか体がだりいなぁ……。
次の日、俺はいつも通り、遅刻気味に通学路を歩いていた。
こら!
閏、あんた、急がないと遅刻よ!
突然に後ろから叫ばれて俺は振り返らずにうんざりした顔つきになる。
ったくよ、るっせんだよお前は毎日毎日!
つかてめーも遅刻ペースだろうが。
な、なによ!
親切で言ってあげてるんでしょ!
朝から後ろから怒鳴りつけてくることのどこが親切なのか、100文字以内で説明してほしーね。
な、なんですって!?
だから、大きな声だすんじゃねーよ、まったく。昨日いろいろ大変でこちとらお疲れモードなんだよ。
なによ、大変なことって。まさかあんたが真面目に勉強するわけもないでしょうし。
余計なお世話だってーの。
つかまぁ、いろいろはいろいろだよ。
はぁ……。まったく、どうせあんたのことだから、いやらしいことでもしてたんでしょうけど?
なんだよ、そのイメージは。つかそんな方向に話を持っていくお前こそ欲求不満なんじゃねーの?そのおっきいお胸にいっぱい詰まってそうだし。
な、なんてこと言うのよあんたは!?
おっと、少し冗談が過ぎただろうか。
しかし、それにしても、昨日のことは結局なんだったのだろうか。焔たちが帰ったあと、再び人間の姿に戻った紫は、春様をよろしくお願いします、と言うと夜の街へ消えてしまった。そして、その春は俺に語り掛けてくることもなく、俺はそのまま家に帰ったのだった。親父に服をぼろぼろにして真夜中に帰ってきたことをさんざんどやされて寝てしまったのだ。
今や、あの出来事は公園で寝ているうちに見た夢なのではないかという気さえしてきた。
ねぇ、あんた、あの子誰か知ってる?
私学校の生徒の顔って委員会で回ってるから全員知ってるはずなんだけど、あの子見たことないのよね。
突然神崎がそう言って一人の人物を指した。学校の生徒全員の顔を知ってる、というのもツッコミどころ満載であったが、だがしかし、神崎が指さした人物のほうがツッコミどころ過載であった。
むら……さき……ちゃん?
おはようございます、閏さん。
そこに立っていたのは他でもない。
紫であったのだった。