神崎は不思議そうな、かつ、疑いの表情で俺に聞いてきた。おおかた、俺がナンパした女の子だとでも思っているのだろう。
あんた知り合いなの? その、ムラサキちゃんと?
神崎は不思議そうな、かつ、疑いの表情で俺に聞いてきた。おおかた、俺がナンパした女の子だとでも思っているのだろう。
あー、えっとだな、その、そう、俺の遠い親戚なんだよ! 今ちょっとこっちに観光に来ているだけで……。
へぇ……あんたの遠い親戚ねぇ……? でもここに観光するような名所なんてあったかしら?
どうも、紫と言います。閏さんとはいろいろと縁がございまして。
紫、っていうのは、苗字なのかしら? それとも下の名前?
ミョウジ? それはいったい何でしょう?
私の銘のことでしょうか? それは執行者様や帝様にしか言えない定めとなって……
まずい。不浄と人間の文化はおそらく大分違う。昨日の奇妙な話を一から丁寧に説明するなど、それこそ俺のモットーである”何事も適当に、曖昧に”精神に反する。それに不浄たちも自分たちの存在が表に出ないほうがいいのではないだろうか。
つまり俺のとるべき行動は……。
あーやっべー、急用思い出したぜー。
紫もお前もだろ?
ほら急いで行くぞ?
俺はグイと紫の手を取って今来た道を引き返すようにに歩き始める。
ちょ、ちょっと閏! あんた学校はどうするのよ!?
あー先生に風邪ひいたって伝えといてくれ!
こ、こら閏!!!
神崎の怒声を背後に聞きながら俺は紫の手を握ったままずんずん歩き進めた。
6th story:EMPEROR
数十分後、俺と紫は鞍馬家のリビングにいた。
それで? 君は何をしているんだい?
代行者であるあなたの監察保護です。
いや、誰が俺を見張って、守ってなんてお願いしたよ?
不浄の眷属における執行者様および帝様はいつでも戦に挑めるように、常に武器となる女性《迎器(ゲイキ)》を傍に置いておくものなのです。
そして執行者様や帝様に寵愛を受け、正妻となった者はそれぞれ《陣器》、《帝器》と呼ばれ、不浄の眷属としては最たる誉を受けることになります。
その話は昨日も聞いたよ。
でも、俺は執行者様とやらでも、帝様とやらでもないだろ?
強いていうなら、代行者、なんだろうけどさ。
はい。その通りです。あなたは代行者であって、そして人間であって、執行者様でも帝様でもなければ、本来不浄の眷属ですらありません。まぁ精神世界に春様がいらっしゃいますから、半分は不浄の眷属といえるかもしれませんが。
結局、俺の精神世界に棲みついているという春は、昨夜から今にかけて、一度も俺に話しかけることもなかったので、本当にいるのかどうか怪しいところだが。
私としても、春様の警護なら喜んでお受けしようというものですが、あなたのような軽率な人の警護にあたるのは非常に不本意でなりません。あなたを守ることが春様の魂を守ることにつながるのですから、やむを得ませんが。
このおとなしそうな美少女はやけに俺のことを嫌っているらしい。
それに、帝様からも勅令が出てしまいましたし。あなたを代行者とするための精神移植の儀式を行ったのは他でもない私なのですから、仕方のないことですが。
はー。そういうことなら、仕方ない……のか?
まぁ、監察保護するって聞かないならそれ以上俺は何も言わないけどよ。
ところで、お前日中はどうするんだ?
その恰好からすると学校にでも通うのか?
いえ、そんなことはしませんよ。
閏さんが学校に行っている間は周りの人間に見つからないようにあなたを警護していますよ。
先ほどはあなたとコンタクトを取らなければいけなかったので、他人に見えてしまいましたが、今後は問題ありません。
あくまでこの格好は人間世界になじむためのものですよ。
へー、そうなのか。
さっきみたいに銘がどーのとか、執行者がどーのとか言っていたらあまりなじめない気がするが。
じゃあ、夜はどっかに泊まってるのか?
まさか、あなたの家にいますよ。あなたを警護するのが、私の役目なのですから。
は……はぁ!?
この少女は何を言っているんだろうか?
男二人暮らしの家に女の子一人が泊まるなんて、俺としては願ったりかなったりではあるが、しかしどう考えても尋常ではあるまい。
私は何かおかしなことを言いましたか?
そんなことできるわけないだろう?
うちは俺と親父の男二人暮らしなんだよ。女の子を家に泊めるなんざ……。
問題ありませんよ。さっきも言った通り姿を隠すこともできますし。
この子は見た目に反して頑固なのかもしれない。
あーもう、わかった、わかったよ。
納得していただけたようで何よりです。では帝様のところへ行きましょう。同意したことを報告しなければなりませんから。
え、なに、どこに行くっていうん――
俺の返答を聞く前に紫は俺に一歩近寄ると俺の胸に手をあてがった。
不浄の眷属として蜘蛛の糸玉の加護の下、空間を歪め、我が欲する地へ我を導かん。
紫の唄が終わるとともに体が浮遊感に襲われる。
そして気が付くと、俺は見覚えのある場所にいた。
こ、ここは……
よォ、よく来たなァ。
よォこそ、我が不浄城へ。