俺は間抜けな声で聞き返した。
代行者……?
俺は間抜けな声で聞き返した。
4th story:QUICKENING
そう。代行者。僕の代わりにさっきみたいな者たちから僕たちの眷属を守ってほしいんだよ。
わりーけど、俺はそんな大層な技術なんか持ち合わせてねーんだよ。他当たった方がいいと思うぜ?
ああ、そういうことなら問題ないよ。戦いの知識とかは僕が君の精神世界にいることで、君の記憶として伝わるし、武器だってちゃんとある。
お茶をお持ちいたしました、春様。
き、君はさっきの!?
先ほどは驚かせて申し訳ありませんでした。精神世界に春様の思念体を侵入させるためにはあの方法しかなかったものですから。
彼女は紫。鎌の血統だから、変化するのはさっき見てもらったように大鎌だよ。彼女を武器として扱ってもらえばいい。
おいおい……女の子を武器にするって随分なご趣味じゃねぇの
私たち《不浄》という眷属は基本的に女性しか生まれません。男性として生まれるのは、帝様、あるいは執行者様の正妻となった女性が最初に産んだ子のみです。
帝様の正妻は《帝器》、執行者様の正妻は《陣器》、そしてそれ以外の者たちは《迎器》としてお二方に尽くすこととなります。
ですが、どの場合であっても、お二方のために武器となって尽くすのは私たちの誇りです。ですからあなたがおっしゃられたような配慮は不要です。
無表情のまま一息にそう言った紫の言葉に俺は圧倒されてしまって何も言い返せない。
まぁ、そういうことだよ。もちろん彼女のことは大切に扱ってほしいけれど、武器として扱われることは彼女やその他の《不浄》の女性にとって恥ずべきことじゃない。
それは僕たちという生命の仕組みなんだ。人間とは違う。
はぁ……
未だに釈然としないが、とりあえず俺は気のない返事を返す。そして俺はさっきから気になっていることを口にした。
それで、俺がもしその……代行者ってやつになるのを断ったらどうなるんだ?
今のところ俺になんのメリットもないように思えるんだが?
ああ……えっと……
あなたが代行者にならなかった場合、春様の思念体はあなたの精神世界に侵入することが失敗して儀式は失敗になります。そうなると、私が先ほど儀式のためにあなたにつけた傷は、《不浄》の眷属にのみ与えられる蜘蛛の糸玉による加護を受けられず、塞がることはありません。端的に申し上げれば、この儀式に失敗すれば、先ほどの傷が原因で出血多量死、あるいはあの《祓火》に焼かれて焼死するか、どちらかは分かりませんが、あなたの死亡は確定します。
君、美人でおとなしい割に随分エグイこと言うんだね……。
俺はそんなに憎まれ口を叩きながら、肩を落とす。
ようするに俺には選択肢がそもそも与えられていないという訳である。
分かったよ、分かりました、分かりました。
やるよ、代行者。
そうかい。そう言ってくれて助かったよ。
僕は春。これから君の精神世界で居候をさせてもらうよ。それで、君の名前は?
鞍馬……閏。
馬具の鞍に馬、ジュンは閏年の閏。
では、儀式を行います。閏さん、私の前に来てください。
え?
あぁ、分かったよ。
俺は椅子から立ち上がり、紫の前に立つ。俺が173cm身長であることを考えると紫は160cmないくらいだろうか。近くで見るとやはり美人である。
そんなことを考えながらぼんやりと紫のことを眺めていると、紫は瞳を閉じて、俺に体重を預けてきた。
これはまた大胆な……。
静かにしてください。私だって、こんなこと春様以外にしたくはないんですから。
おっと、これは失敬。
俺に冷ややかな目を向けた紫は、その態勢のまま、ゆっくりと口を開いた。
不浄の眷属として蜘蛛の糸玉の加護の下、代行者の牙として、我が身を代行者に捧げん。その型は御霊を刈る鎌、その名は紫、その銘は紫雷。ここに血の契約を契り結ばん。
あーれー
どうしたのかなー人間くん?
現実世界に戻るなり相変わらず人を馬鹿にするような口調で男は話す。その手には三つの小さな火の玉がくるくると回転しながら浮いていた。
いやなに、ちょっと悪い取引業者に捕まっちまってよぉ……。
俺は左手に握られた赤黒い大鎌を薙ぎ払うように振ってみせる。不思議なことであるが、この鎌は重量があるくせに、動かすには全然力が要らないのだ。
まぁ到底真っ当な代物ではないから、そんな不思議ことがあっても驚きはしないが。
閏さん、聞こえますか?
ああ、聞こえてるよ。どうしたんだよ、紫。
私の名、つまり人格としての名前は紫なのですが、銘、つまり武器としての名前は《紫雷(シライ)》と言います。ですから、私が司っているのは雷の力です。
春様はあまりお体が丈夫でらっしゃらなかったので、あまり多用ができなかったのですが、閏さんでしたら、その負荷にも耐えることができると思います。
雷の力、ねぇ。
なんつーか、何度も言うけど、君って見た目よりおっかないよね。
なかなか口が減らない人ですね……。
とにかく、あの《祓火》はあまり甘い相手とは言えません。本気を出さないと、せっかく契約をしたのに死ぬことになりますよ?
まぁ、そうならないように、僕も補助するからさ。頼むよ、閏。
分かったよ。俺も早く帰って柔らかいベットで写真集でも見ながらごろごろしたいしな。
なーに、一人でぶつぶつ言ってんのさー。
人間くん、君が不浄の味方をするってことは、僕の敵ってことでいいのかなー?
悪いな、生憎俺は可愛い女の子にしか味方しねぇんだよ。
ふーん。
じゃあさっきの汚れた鎌女と一緒に死ねばー?
ちゃんと跡形もなく焼き尽くしてあげるからさー!!
くるくると回転していた小さな三つの炎が次々飛んでくる。だが今の俺にはその高速移動しているはずの炎がやけにはっきり見えた。この身体能力の上昇はあの、春というやつが精神世界に居候しているからなのだろうか。
そして使ったこともないその大鎌を、まるで何年も使いこなしていたかのように、無意識にくるくると回すと、俺は向かってくる炎を打ち払った。
さらに続けて来た炎に対し、鎌を振るう。
鎌から紫電が迸り、次々と炎が撃ち落される。
おお、すっげぇ……。
我ながら感心した俺は思わず呟く。
呑気な事言わないでください。初めての変化でどれほど持つか分かりません……仕留めましょう。
悪かったよ……。じゃあ――
――ご要望通り、次で終わりにしよう。
そう答えた同時に力強く地面を蹴る。
そして自分でも驚く速さで一気に火投げ男の懐まで入り込んだ俺は、そのまま紫電を纏った赤黒い鎌で一閃した。