いよいよ僕は魔王の城を目指して出発する。

まずはどっちの方向へ向かえばいいのかな?
デリンが道案内をしてくれる
みたいだけど……。
 
 

アレス

デリン、
魔王の城はここから遠いの?

デリン

ここが魔界のどの辺りかが
分からんのに
距離が分かるわけがなかろう。

アレス

あ……そっか……。

デリン

まぁ、俺の転移魔法を使えば
魔王の城の前まで行けるから
距離など関係ないがな。

アレス

デリンは転移魔法が使えるんだ?

デリン

まぁな。
魔法は得意な方だからな。

クリス

ボクほどじゃないだろうけどな。

デリン

ふんっ。
いちいち突っかかるな。
だからガキと言われるんだ。

クリス

ボクはガキじゃないっ!

 
目と目の間で激しく火花を散らす
デリンとクリスくん。
まさに水と油という感じ。

ミューリエとタック以上に
そりが合わないみたいだ。

もし同じ種族同士だったとしても、
合わないんだろうなぁ……。
 
 

ブラックドラゴン

魔族よ、
残念だがこの地で
転移魔法は無効だ。

デリン

なんだと?

ブラックドラゴン

ここは魔界の西の果て。
おぬしら魔族が
『侵さざるべき土地』と
呼んでいる場所。
空間を操る魔法は打ち消される。

デリン

侵さざるべき土地だとっ!?

アレス

知ってるの?

デリン

我々より上位にある存在の領域だ。
魔界の中でも
神域に近しいとされている。
不用意にその地へ立ち入ると、
滅せられてしまうらしい。

デリン

だからこそ我々も滅多に近付かん。
周りに魔族の気配を
感じないわけだ。

アレス

じゃ、じゃあ、
僕たちも滅されちゃうのっ?

ブラックドラゴン

安心しろ、我は神使だ。
おぬしらに天罰が下らぬように
護符を授けてやる。

アレス

神使?

シーラ

神様にお仕えする方々のことです。

ブラックドラゴン

…………。

 
 

 

ブラックドラゴンが念じると、
目の前には輝く雫のような石が2つ現れた。

それらはそれぞれ浮遊しながら
ゆっくりシーラとデリンのところへ
移動していく。
 
 

ブラックドラゴン

巫女と魔族よ、受け取るがよい。

シーラ

これを持っていればいいんですね?

ブラックドラゴン

その通りだ。

アレス

あのぉ……
僕とクリスくんの分は
ないのですか?

クリス

ボクは審判者になった時に
先代から受け継いだものを
持っている。

ブラックドラゴン

勇者よ、おぬしの持つ剣や鎧には
神の力が宿っている。
だから護符を渡す必要はない。

ブラックドラゴン

それにおぬしは我の与えた
竜水晶を持っているだろう。
あれも護符の代わりになる。

アレス

あぁ、あれですかっ!

 
 

 

僕は懐から竜水晶を取り出した。

一点の濁りもなく、
吸い込まれそうな美しさがある。
見ているだけで心が静かになって、
持っている手のひらが温かく感じられる。

すっかり存在を忘れていた――なんて、
ブラックドラゴンには言えないな……。
 
 

アレス

そういえば、竜水晶って具体的に
どんな効果があるんですか?

ブラックドラゴン

竜水晶は生命力の珠。
普段は少しずつ
持ち主の体力を吸収し、
死の淵に陥った時は力を放出して
命を助ける。

アレス

つまりピンチの時に
自動回復してくれる
アイテムですか?

ブラックドラゴン

そういうことだ。
ただし、
蓄積した生命力が枯渇すれば
当然のことながら効果はなくなる。

ブラックドラゴン

あまり無謀なことはしないことだ。

アレス

そっか……。
もしかしたら、
今まで僕は知らず知らずのうちに
竜水晶に助けられていたのかも
しれないな。

シーラ

ですね。
何度も命の危機が
ありましたものね。

アレス

でもこれって困ったことがあったら
念じてみろって
言ってませんでした?

ブラックドラゴン

それこそが竜水晶の本来の力。
自動回復は副次的な効果に過ぎん。

アレス

じゃ、
本来の力ってなんなんですか?

 
僕がそう問いかけると、
ブラックドラゴンは少し口ごもった。

わずかに間が空いたあと、
おもむろに口を開く。
 
 

ブラックドラゴン

……今のおぬしであれば、
真実を話しておいた方が
良いかもしれんな。

ブラックドラゴン

それは持ち主の想いに応じて
奇跡を起こすことができる。
想いが純粋であるほど
大きな力を生む。

デリン

ほぅ、それは凄いな。

クリス

魔族である貴様には
使えないだろうがな。
純粋さの欠片もないからな。

デリン

口の悪いクソガキにも
使えんだろうな!

クリス

っっっ!
またガキって言ったな!

 
この期に及んで睨み合う2人。
まったく、もう。
どうして仲良くできないんだろう?

少し頭が痛くなってきた……。
 
 

ブラックドラゴン

我は神使ゆえ、
竜水晶によって起こせる
奇跡の範囲も広い。
だが、おぬしは人間。
できることには限りがある。

ブラックドラゴン

そして大きな奇跡ほど
反動も大きい。
人間の領域を越える願いは
控えておけ。
もしそれをすれば
命の保障はできん。
使い方には気をつけることだ。

ブラックドラゴン

ヘタをすれば魂さえも消え去り、
転生も許されず
永遠に闇を落ち続けことになる。

アレス

ゴクリ……。

デリン

――では、勇者よ。
とりあえずこの領域を出るぞ。
そうすれば転移魔法が使える。

デリン

しばらく魔族は
襲って来ないだろうが、
油断だけはするなよ?

アレス

うん、分かった。

デリン

……それと魔王の城へ着いたら
覚悟しておけ。周りは全て敵だ。
相手がザコモンスターや
低級魔族でも、
数が集まれば庇い切れん。

アレス

……っ……。

クリス

ボクがなんとしても守り抜く。
アレス様、心配には及ばない。

アレス

ありがとう、クリスくん!

 
その時、
不意にブラックドラゴンは顔を上げて
周囲を警戒した。
 
表情は人間と比べて分かりにくいけど、
なんとなく少し曇ったような気がする。
少なくとも空気は
ピリピリしているような……。
 
 

ブラックドラゴン

何者かが
平界からやってきたようだ。

アレス

えっ?

 
僕たちは咄嗟に身構え、
試練の洞窟へ繋がる方へ視線を向けた。

そこに現れたのは――
 
 

 
 
 
次回へ続く……。
 

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