戦うすべを失い、
僕は呆然と立ち尽くしていた。
ブラックドラゴンは小さく笑みを浮かべ、
こちらに歩み寄ってくる。
戦うすべを失い、
僕は呆然と立ち尽くしていた。
ブラックドラゴンは小さく笑みを浮かべ、
こちらに歩み寄ってくる。
我は決して手を抜かぬ。
それがおぬしの決意に対する礼儀。
まずは巫女を
無力化させてもらおう。
ガァアアアアアァ!
きゃあああああっ!
シーラっ!
咆哮による衝撃波で
シーラは吹き飛ばされてしまった。
気を失ったのか、
うつ伏せになったまま動かない。
僕は無意識のうちに剣を抜き、
シーラとの間に立って
ブラックドラゴンと対峙する。
そうだ、
僕が戦意を失うわけにはいかない!
降参はせぬのか?
もはやおぬしに勝ち目はないぞ?
僕は最後まで諦めないッ!
……さすがは勇者。
ここまで辿り着いただけの
ことはある。
だが、降参せぬというなら
我も攻撃の手を
止めるわけにはいかぬ。
ブラックドラゴンはまた炎を吐いてきた。
全てを燃やし尽くしそうな灼熱地獄――
でも僕はそれを見て、
剣を前に突き出しながら炎へと突進していく。
避けられないなら、
カウンター攻撃を仕掛けてやる!
何っ?
やぁああああぁーっ!
僕は炎の中、
思いきりジャンプして剣を振り下ろした。
――あちこちヤケドして肌が痛い。
でもみんなだって同じような
痛みを受けているんだ。
こんな程度、乗り越えてやるっ!
食らえぇええええぇー!!!
――カキィィーン!
えっ?
僕の一撃はブラックドラゴンの硬い鱗に
弾かれてしまった。
むしろ剣を伝わってきた衝撃で、
腕が痺れてしまう。
傷1つ付けられず、
その後は空中を落下して――
ふんっ!!
がはっ!
一瞬、世界が真っ白になった。
音も感覚もなくなって、
気がついた時には
地面にたたきつけられていた。
辛うじて意識は保ったけど、
もはや指1本動かせない。
見事な一撃だった。
炎に動じず立ち向かってくるとは。
だが、もはや抵抗する力も
ないようだな。
おぬしの負けだ。
出直すがよい。
僕の……負け……。
ここまで来て負けだなんて……。
嫌だ、そんなの嫌だっ!
だって――
僕は絶対に勇者になるんだっ!
ま……まだだ……。
なんだとっ!?
僕は最後の力を振り絞り、
剣を杖の代わりにしながら立ち上がった。
どこにこんな力が残っていたのか、
僕自身にも分からない。
だって今、
指すら動かせないと思っていたんだから。
でも不思議と体の奥底から力が湧いてくる。
足が震えているぞ?
立っているのもやっとではないか。
その状態でどう戦うつもりだ?
ましておぬしの力は我に通じぬ。
勝てる見込みなどないぞ。
僕は最後まで戦う。
勝てる見込みならある。
例えあなたを倒せなくても、
ご先祖様の鎧まで辿り着ければ
僕の勝ちなんだから。
それを我が許すと思うか?
僕は何度でも立ち上がってみせる!
絶対に逃げない!
ぬぅ……。
僕はブラックドラゴンを睨み付けつつ、
一歩ずつ前へ歩き始めた。
鎧まで数十メートル。
普通の状態なら
あっという間に到達できる距離だけど、
今の僕にとっては果てしなく遠い道のりだ。
――でもこの歩みを止めるわけにはいかない。
ならば、我の攻撃を受けよ!
っ!
ブラックドラゴンは
またしても燃えさかる炎を吐いた。
眩しさと熱さがどんどんこちらに迫ってくる。
もはや僕に避ける力はない。
だからといって怯むことも決してない。
例え体が炎に包まれようとも、
この歩みを止めるわけには
いかないんだぁあああぁ!
僕がそう叫んだ瞬間、
目の前に迫っていた炎が四方八方へ霧散した。
何かが僕と炎の間に入り、
直撃を防いだようだ。
えっ?
そこにあったのはご先祖様の鎧だった。
金色に輝きながら、
僕を庇うように浮遊している。
次の瞬間、
さらに眩く輝いて辺りは光に包まれた。
そして気付けば僕はその鎧を身につけていた。
これは……?
――見事だ、勇者よ。
鎧はおぬしの強い想いに反応し、
勇者と認めた。
ゆえにおぬしのところへ馳せ参じ
守ったのだ。
この試練、おぬしの勝ちだ。
アレクの鎧に触れたのだからな。
おめでとう、アレス様。
これであなたは真の勇者だ。
今まで事態を見守っていたクリスくんが
拍手をしながら歩み寄ってきた。
――僕、試練を乗り越えられたのっ?
今、おぬしたちを
回復させてやろう。
ブラックドラゴンは僕たちに向かって
光のブレスを吐いた。
すると全身の傷は癒え、
体力と魔法力が回復する。
程なくシーラとデリンは立ち上がり、
何が起きたのか分からないといった
顔をしている。
アレス様、
最後の試練は勇者にとって
絶対に必要なものがあるかどうかを
見極めるためのものだ。
そしてそれは最強の武器ともなる。
絶対に必要なもの?
それは『勇気』だ。
どんな不利な状況下であっても、
相手に立ち向かう勇気。
それこそが勇者最大の武器であり、
絶対に欠かせないものなんだ。
勇気……。
ほかの4つの試練も
勇者に必要な力を見極めるためのもの。
でもどれも絶対条件じゃない。
一方、勇気は絶対条件。
だからこそ、
この試練は最も重要で、
最後に据えられている。
そうだったんですか……。
あの、全ての試練を乗り越えると
魔王と戦える力が
手に入るんですよね?
もしかして、
その意味というのは――
さすがはシーラ殿。
察したようだね。
全ての試練を乗り越えた時、
魔王に対抗できる力が
全て揃っているという意味だ。
じゃ、新たに何かの力が
手に入るわけでは
ないんですね?
その必要もなかろう。
すでにアレス様には
魔王と戦える力がある。
アレク様は自分の子孫が
魔王と対抗できる力を
得られるよう、
成長の手助けをするために
試練の洞窟を設置した
わけだからね。
じゃ、遺言というのは?
その想いと試練の洞窟を
受け継いでいってほしい。
それがかつての仲間に対して残した
アレク様の遺言さ。
我は仲間というわけでは
なかったが、
アレクと盟約を交わしている。
そのひとつが末裔を見守るという
役割だったのだ。
そうだったんですか……。
試練の洞窟の真実が
そういうことだったとは……。
そしてブラックドラゴンは僕を守るために、
ブレイブ峠へ来てくれていたのか。
ご先祖様は僕たち子孫のことを考えて、
色々と準備をしてくれていたんだね。
勇者よ、このまま魔界へと進め。
魔王は拠点の城にいる。
おぬしが最善と考える道を
自らの力で切り開くがよい。
分かりました!
シーラ、デリン。
一緒に来てくれる?
もちろんですっ!
乗りかかった船だ。
付き合ってやる。
道案内は俺がしてやろう。
ここから先は
ボクもお供させてもらう。
いいよね、アレス様?
うんっ!
そうしてくれると心強いよ!
足手まといにはなるなよ?
貴様こそな!
我はここに残らせてもらう。
アレクとの盟約がもうひとつ。
ゲートを守るという役割が
あるのでな。
ブラックドラゴン、
お世話になりましたっ!
こうして僕はついに真の勇者と認められた。
魔王と対決をするため、
拠点としている城へ向かう。
どんな困難が待っていても、
決して負けるもんか!
次回へ続く!