イーリス様の館を出てから五日。あたし達はヴァルターと合流すべく、北東方向へ進んでいた。
ヴァルター達は一旦ノイエスブルクへ戻った後、補充の人員を募集して、メンバーが揃い次第魔都オズィアを目指し北進を開始しているはずだった。
イーリス様の館を出てから五日。あたし達はヴァルターと合流すべく、北東方向へ進んでいた。
ヴァルター達は一旦ノイエスブルクへ戻った後、補充の人員を募集して、メンバーが揃い次第魔都オズィアを目指し北進を開始しているはずだった。
いっそのこと、直接オズィアに向かっちゃう訳にはいかないの?
ヴァルター達は旅の途中で、要所要所にしばらく滞在しては付近の首領討伐などをしながらゆっくり進むはずだ。そうやって実戦を積み、レベルアップしていかないと魔王には勝てないからだ。奴らがのんびり北進しているうちに、あたし達が先回りして魔王と停戦交渉を行うことはできないだろうか。
無理ですね。グラマーニャ領を出て魔王の支配地域に入るまでに、魔物の中に我々の味方をしてくれる人を探さなければいけません。
それはとても時間がかかるでしょう。ヴァルター達より先行できるかどうかわかりません。
エリザの考えはこうだった。魔王の支配地域に入れば魔物がうじゃうじゃいるわけで、そこを戦闘なしで進んでいくためには、魔物の協力者が不可欠である。我々の考えを理解し賛同してくれる魔物を見つけるのは困難を極めるだろうから、どれだけ時間がかかるかわからない。
それに仮に魔王の元にたどり着けたとしても、いざ魔王と交渉する際に、交渉材料として「こちらは魔王討伐隊を既に止めている」という事実が必要になる。やはりまずは勇者に会って、彼らを説得し討伐を中止してもらわなければならない。
でもな~。あいつ止まるかな~。
あいつって「力こそ正義」みたいなところがあるからな~
あたしがヴァルターをそういうヤツだと思ったきっかけは、あたし達が魔王討伐隊として出発してまもないころ、リヒトフォーゲンという街で起こった出来事だった。
うわーさすがリヒトフォーゲン!
お洒落な服屋さんとか美味しそうなレストランとか、テンションあがりまくり~
観光気分も結構だが、この街には初代勇者ギーゼルヘル様の霊廟がある。
ちゃんとお参りするのだぞ
勇者というシステムはグラマーニャ王国建国前、グラマーニャ人がまだ無数の部族の集合に過ぎなかった頃に始まったが、ここリヒトフォーゲンは史上最初の勇者であるギーゼルヘルの出身部族、フォーゲン族の都があったのだ。そのためここには、ギーゼルヘルを祀る霊廟がある。
あれがその霊廟ですね
うわ大きな建物!
死してなおあたしの実家より大きな家に住むとか贅沢すぎだろギーゼルヘルってヤツ!
こら! 偉大なる先人に対して無礼にもほどがあるぞ。
史上最初の勇者という功績を考えれば、むしろもっと大きな、城くらい大きな大墳墓が作られてもいいくらいだ
シスターマルガレーテのお小言を聞き流しながら周囲を見回していて、ふと霊廟の隣にある小さな石碑が目に留まった。
ねえ、あれは何?
あたしが石碑を指差すと、みんなは一斉にそっちを見たが、グレーテルも、博識なエリザでさえ、それが何なのか知らないようだった、
ギーゼルヘルの兄、ゲールノートの慰霊碑だな。
唯一ヴァルターだけが、その正体を知っていた。後で知ったのだが、この慰霊碑は地元民でもなんだかわからない人も多いという、
ゲールノートねぇ……
ギーゼルヘルの魔王討伐を描いた英雄譚に出てきてた気がするけど、どんなヤツだっけ?
ただの乱暴者だ。狂戦士とさえ言えるかもしれない。
魔王を倒すために己の強さのみをひたすら追い求めつづけ、他を省みない姿勢に仲間からも愛想をつかされ、孤立した故に目的を果たせなかった
対照的に、魔王を倒すためには仲間が必要不可欠と考えた弟ギーゼルヘルは、仲間たちと四人で協力し合い、見事魔王を討ち果たしたのです
だからそれ以降の魔王討伐隊は必ず四人なんだよね。メンバーもその頃から変わらず勇者・僧侶・魔法使い。残りの一人は代によってかわるけど
ちなみに、初代勇者の時は狩人の代わりに重装兵がメンバーだったそうだ。
ギーゼルヘルの霊廟の前には勇者の像だけでなく、仲間達の像も飾られている。
でも俺は、ゲールノートの気持ちもわかるんだ。
俺は子供の頃から、とにかく強くなって勇者になるしか生きる道がなかったからな
ヴァルターの境遇を説明しておくと、彼、ヴァルター・フォン・ランベルトはランベルト男爵家の次男として生まれた。ランベルト男爵家はグラマーニャ建国当初から続く譜代貴族の血を引いているが、傍流なので貴族内での地位は決して高くない。
下級貴族にもいろいろあって、豊かな荘園をもっていたり、商業で成功している家であればまだいいのだが、ランベルト家は決して裕福ではなかった。そうなると嫡男はともかく、次男で家督を継げないヴァルターは将来どうやって生活していけばいいか困ることになる。
そんなヴァルターの少年時代から、少しずつ台頭し始めたのが「魔王」だ。
三〇〇年前の魔王討伐以来、魔物の勢力圏は狭まっていたが、その頃になって新たに強力な魔王が即位したと見えて、グラマーニャ領内に侵入してくる魔物の数が増え始めていたのだ。
この傾向がさらに強まっていくなら、勇者を中心とする魔王討伐隊が結成されることになる。
幸いにして、ヴァルターの生まれたランベルト家はフォーゲン族の末裔とされていた。初代勇者以降、勇者はフォーゲン族の末裔でなければならないとされているが、ヴァルターはその条件を満たしているわけだ。
勇者になることができれば、とりあえずの職には困らない。見事魔王を討伐できれば、上級貴族と同格の地位を得られ、その恩恵は子々孫々まで続く。
そんなわけでヴァルターは、いつからか勇者になることを志し、そのためにひたすら強さを求め、武芸に励むようになったらしい。
前世紀の職匠歌人クリングゾルの勇者物語で、狂気に魅入られたように強さを求めるゲールノートの描写がすごく印象に残ってて、剣の稽古をしながらいつもゲールノートのことを考えていたんだ
そう言って彼は、ゲールノートの慰霊碑に深々と一礼し、誰からも顧みられることのないその男の冥福を静かに祈った。
それで、ヴァルターたちは今はどの辺にいるんだろ
回想を終了し、あたしはエリザに話しかけた。
ノイエスブルクあたりで欠員を補充して、それからオズィアに向かったのなら、このあたりかもう少し北ですね。
次の町で情報収集をして見ましょう
ヴァルターと分かれてから、暗闇の森への往復で、既に十二日間を費やしている。
向こうは既に新メンバーの選考を終えて北へ進んでいるだろうから、急がなければ追いつけない。
心もち歩調を速めたところで、なにやら後ろの方から呼びかける声が聞こえてきた。
ま、待ってくださいっす~
何者かわからないので、念のためあたしは弓に手をかけた。警戒しつつそちらを見てみると、人の背丈よりやや上あたりを飛翔する、小さな影が目にとまった。
相手が小さいのでやや安心しつつ、でも万一のときには短刀で応戦する準備は整えてそちらを見守っていると、影はこちらへ向かって一直線に飛んできた。
影が近づいてきたことで、そいつが蝶のような羽をもつ、スズメくらいの大きさの少女だということが分かった。妖精族かそれに類する種族だろう。
その少女は小さな羽を一生懸命に羽ばたかせて、「待ってっす~」と必死の形相でこちらへ飛んできて、――エリザの杖のてっぺんにちょこんと止まって羽を休めた。
ぜはー……
ぜはー……
全速力で飛んできたらしい彼女が息を整えるまでに、かなりの時間を要した。
とりあえず敵意はなさそうだったので、あたしは水筒に入れていた疲労回復の効果のあるお茶を彼女に勧めた。
彼女はそれを飲んでもしばらくは「ぜはーぜはー」言っていたが、ようやく落ち着くとぺこりとお辞儀をして、自己紹介をした。
ちょりっす。うちはヘカテーって言います。
種族はドリアード。暗闇の森のオークの樹の精っす。花も盛りの二三八歳っす
ドリアードというのはオークの樹に限らず、いろいろな樹木の精である。新しい樹が一本生えると、同時にドリアードが一人生まれる。樹が病気などでしおれてくればドリアードも病気になり、樹が死ぬとドリアードも死ぬ。
このヘカテーと名乗るこのドリアードは暗闇の森のオークの樹の精とのことだが、ハーピーの女王オキュペテーが住んでいた、あのオークの大樹の精ではないだろう。あれは樹齢千年を超えていた。ヘカテーが二三八歳だというなら、暗闇の森にある別のオークの樹の精なのだろう。
んで、そのドリアードが何の用なの?
イーリス様に頼まれたっす。
あの子達だけじゃ頼りないから、手伝ってやんなさいって
たよりない、か。
まあ、確かに自分の手に余ることをしようとしてるわけだから、そう言われるのはしょうがないんだけど。
それにしたって、なんで今になって?
あたしたちが出発するときに、一緒について来ればよかったのに
それが、イーリス様はお二人が出発した後すぐに、うちにお二人の手伝いをさせることを思いついたそうっすが……
「ドリアードの飛翔能力なら二・三日遅れてもすぐに追いつくから今日じゃなくていいや」と思ったそうでして
でた。イーリス様の「今日じゃなくていいや」
下手すると年単位で遅れる「今日じゃなくていいや」が発動したのなら、むしろ奇跡的なまでに短い遅れで済んだ。と思うべきなのかもしれない。
確かにすぐに追いつくんですが、飛ぶのは物凄く疲れるんす……。
しかもイーリス様、「二・三日遅れても」と言いながら四日も放置しておられたっすから……
それは……、お疲れ様。
ところでヘカテーちゃん、あたし達を手伝うっていうけど、具体的には何をしてくれるのかな?
エリザの杖の上に座って足をぶらぶらさせているヘカテーの顔をのぞき込むようにして、あたしは尋ねた。
このちっちゃなドリアードが、どんな役に立つんだろう。実は見かけによらず魔王とマブダチで、あっという間に停戦交渉してきてくれるとかだったら話が早いんだけれど。
よくぞ聞いてくれたっす。
うちは大陸中のオークの精と精神感応で繋がっているいるっす
大陸中のオークの樹が見ている風景のうち、お二人の運命と最も関係の深い風景を、この場に映し出すことができるっす
そう言ってヘカテーは、えへんと胸を張った。
張ったのだが、そうしたことによって彼女の胸の慎ましさが強調されてしまっている。
風景を……映し出す?
あたし達の運命とかかわりの深い風景を?
……いまいちピンと来ない
百聞は一見にしかずっす。
とりあえずやってみるっす
そう言うとヘカテーは、何やら呪文を唱えながら空中を飛び回り始めた。
ヘカテーの飛んだ軌跡は燐光を放ち、宙に魔法陣が描かれる。
魔法陣が完成すると、その光はますます強くなり、やがて魔法陣の中に、映像が浮かび上がってきた。
(続く)