サァーという雨音で気づいた。店の外は天気予報になかった雨で、
サァーという雨音で気づいた。店の外は天気予報になかった雨で、
傘なんて持ってきてないよ
僕は溜息を吐く。
あのぁ~……私の傘でよろしければ貸しましょうか?
えっ?
僕の目の前に黒い折りたたみ傘が差し出される。
差し出したのは、ムンクの叫びのようなサラリーマン。眉を八の字にして、気弱な笑みを浮かべている。ムコ殿だ。歳は知らないけど、たぶん三十代半ば。草食系というより枯葉系で、散る日も近そうだ。
いえいえ、まだ先輩も戻ってきてないんで、どうせ帰れないからいいですよ。もしかしたら、帰る頃には止むかもしれませんし
僕は親切な申し出を丁重にお断りし、
そうですか。スナフキンさんもなかなか帰ってきませんねぇ。もしかして……盗まれてしまったんですかねぇ?
ムコ殿は心配そうに言う。スナフキンは僕の大学の先輩のあだ名で、スナフキンみたい帽子とマント?を着け、フォークギターを背中に括りつけていたらしい。今は普通の格好をしている。っていうか、そんな格好の奴を先輩と呼びたくないし、近づきたくもない。
それはないんじゃないですかね
僕はきっぱり否定する。あんなの盗んだってどうしようもない。むしろゴミと間違われて、捨てられている可能性の方が高い。
先輩はさっきまでいたのだが、レストランに愛読書を忘れてきた事を思い出し、慌てて取りに走っている最中だ。
その愛読書というのは、この遊技場に積まれている去年の漫画雑誌で、僕も暇な時はよく読んでいる。実は先輩が買い揃えたものだった。
まっ、先輩の事は気にせず、ムコ殿さんはダーツでもやってて下さい
それでは、せっかくですから、お言葉に甘えて……
ムコ殿は僕と違って自分でお金を払っているんだから、遠慮することないのに。
ムコ殿はダーツを投げ始めるが……いつ見ても独特のフォームだ。
投げる時に利き手の右手と右足を出すのいいんだけど、何故か前後にゆらゆら揺れる。
それで狙いが定まるのかと不思議だけど、結構いい成績らしいから……あれがベストなフォームらしい。
まあ、女帝も
初心者は基本のフォームが大切だけど、慣れてくれば自分に合ったフォームを見つけてるといいわ
と言ってたし、ムコ殿曰く、
ゆらゆら揺れていると、肩の力が抜けて投げやすいんですよ
……最初に見た時は、めまいを起こしてて倒れるんじゃないかと思った。
しばらくムコ殿のゆらゆらフォームを見ていたら、
いやあ、雨が降るなんてバッドタイミングだった
入口から先輩の声が聞こえ振り返ると、
……だれ?
そこにいたのは、大きな透明なゴミ袋を頭から被った変態……ではなく、先輩。
何て格好してるんですか?
僕は呆れて訊くと、
雑誌は無事に見つかったんだけど、雨が降り出してさ。雑誌も自分も濡れたくないから、レストランの人からゴミ袋をもらったんだよ
あ、ああ、良いアイディアですね
我ながらグッドインスピレーション!
優しいムコ殿がかなり無理に褒めると、先輩は自慢げに胸を張る。
……僕はふと気づいてしまった。確かあのレストランからここまで二駅ある。
せ、先輩。レストランからここまでどうやって来たんですか?
先輩はしれっとした顔で応える。
もちろん、電車だ
ええっ?
うっわ
ムコ殿は驚き、僕はドン引きする。
電車って、その頭からゴミ袋を被った状態で乗ったんですか?
当り前じゃないか
何がどう当たり前なのかわからないが……仕事しろ、駅員。乗車拒否しろ。こんな怪しい物体。