あら? あなた一人? マスターは?

 僕は漫画雑誌から顔を上げ、声の主の方を見る。パンツスーツ姿の女帝が立っていた。

マスターなら電流を浴びに行ってます

え? 電流を? どういうこと?

ぎっくり腰らしいです

……ああ、接骨院に腰の治療に行っているのね。変な趣味でもあったのかと思ったじゃない

 女帝はそう言って笑い、一人でダーツを始める。僕は再び漫画雑誌の続きを読み始める。
 しばらく店の中は静寂に包まれたが、すぐに女帝は一人ダーツに飽きたらしく、

ねえ、ゼロワンしない?

嫌です

僕は即答したが、女帝はよほど暇だったのか諦めない。

ハンデつけてあげるわ。私は501であなたは301の先攻でいいわよ

ハンデつけてもらっても……バーストしてたら一緒だしなぁ

 女帝のしたいゲームの説明すると、持ち点が女帝は501点で、僕は301点。投げた点数分減点していって、最後にゼロになった方が勝ち。ただし、最後はゼロにならないとダメで、マイナスになったらバーストと言って、最後に投げる前の数からやり直し。
 女帝の提案したハンデは良いんだろうけど、ほとんど狙い通りに投げられない僕には……このゼロワン自体がちょっとなぁ……。
 明らかに乗り気ではない僕を無視して、女帝はゲームを始めてしまう。仕方なく、女帝の投げる様子を見る。女帝はマイダーツを持っている。フライトが銀のと赤の二種類。最初は使い分けているのかと思ったけど、あんまり関係ないらしい。

女帝……そのダーツって、色違いのセットで買ったんですか?

 構え中の女帝に声を掛ける。マナー違反だけど。女帝はボードの方を向いたまま答える。

違うわよ。赤い羽は私ので、銀の羽根は……イギリスの恋人の物だったのよ

 ああ、そういえば、女帝は留学時代に貴族の血を引くイギリス紳士にプロポーズされたっていうのが、自慢だった。ダーツもそのイギリス紳士から教えてもらったんだっけ。
 日本に帰る餞別としてもらったのかな?

想い出の品なんですね

 僕の言葉に女帝は振り向き、銀のフライトのダーツを顔の前に翳し微笑んだ。

私のありったけの青春よ

……赤と銀のダーツ。女帝のありったけの青春。

 ちなみに、ゲームの結果は……負けたよ。ハンデもらっても、上がれなければ意味がないし!  

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