勢いよく階段を駆け下りて、私は台所に居た母に姉の行方を尋ねた。

けれど、母は姉が外に出て行ったことすら知らず、まだ姉が自室に居ると思っていた。

だが、姉が自室に居ないことは既に確認した。

これ以上話しても無駄と判断し、私は母に出かける旨を伝え、着の身着のまま玄関から飛び出した。

私の家は一級河川の近くにある。

上流と下流、およそ等距離に橋が二つ。

死に場所を橋にこだわらなければ、田のあぜ道だろうが、土手のやぶだろうがまっすぐ歩いて川へとたどり着くだろうけれど、足どころか身体自体も棒のように細く、現代の交通の利便性を貴ぶあの姉が、舗装もされていない獣道を選択するとは思えなかった。


だから、橋。

それも多分、上流側。


普段は誰よりも他人に関わりたくないと言っている姉だけど、その実は逆だ。

きっと誰よりも、誰かに本当の自分を見つけてもらいたいと思っている。

――生きていた今までは無理だったけれど、死んだ後くらいは。と、姉は思うと予想した。

それならきっと、姉は遺体が見つかる可能性が少しでも高くなる上流を選ぶ。


いつもは間違ってばかりの私だけれど、今は迷いを振り切って走る。

私は姉のことをあまり好ましく思っていないからこそ、よく知っているつもりだ。

絶対に間違えないし、間違えられない。




街灯の少ない道を全力で走る。

息が上がって立ち止まりたくなる。

ほどけた靴紐が邪魔だから結びたくなる。

あの電柱まで走ったら歩きたくなる。

身体に降り積もった雪を払いのけたくなる。



そんな些細な欲望を抑えて私は前に足を踏み出し続けた。

駄目だ、止まるな。

もし、今この瞬間に姉が死んでしまったら、私は自分のために立ち止まってしまった自分を許せない。

そんな後悔は、例え死んだってしたくない。


愛するココロ。

枕詞のように私の名前の前に『愛する』を付ける姉。

そんな変わった姉は決して良い姉ではなかったが、それを言うのなら私だって良い妹ではなかった。

いや、良い妹どころか、私は多分、姉にとって最悪の妹だったに違いない。



息が荒い。

風を切る部位はどんどん冷たくなるのに、汗をかくほどに体の中は熱くて気持ち悪い。

振動に誘われ、胃から酸っぱい空気が鼻に抜けてきて吐きそうになる。

意識が前にしか向かない中、姉のことだけを考える心が思い出を掘り出してくる。

私は走りながら、それを思い出していった。

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