――これは、冬の日の物語。

長い『今日』の物語。

つまりは、姉と私が近くの川の岸で再会を果たす、
その日の出来事だ。

約束、守れなくてごめん

……目を疑った。


辺りを見回して、私は頷く。

ここは確かに自分の部屋だ。間違いない。

確認せずには、いられなかった。


私の勉強机、その上に置かれた手紙。

その真っ白な紙面に、消え去りそうなほど細く、

酷く見なれた筆致でそう書いてあった。


途端に頭が目の前の紙と同じように白くなる。

ああ、人は理解できないものを見るとこんな気持ちになるのか。




『約束、守れなくてごめん、さよなら』




その言葉が意味することを、私は痛いほどよく知っている。

けれど、それを認めることを身体が拒んだ。



……だって、あんなの、約束なんて大層なものじゃない。

生きている人なら、当然守るべきことだって私はその時思っていた。

今も、そう、信じている。



だから、私があの時そうやって聞いたのは、ただ確認したかっただけなのだ。

あの時。

暗い台所で一人、キッチンテーブルの横に腰かけて、両手で閉じこもるように頭を抱えていた姉さんに。

今にも闇に溶けていってしまいそうな姉さんに。私はかつて聞いたんだ。

……死なないよね、未来姉さん

……

愛するココロを残して、私が死ぬわけないだろ

涙に濡れているかと思ったその顔はただただ青白く、私に向かって不敵に微笑んだ。

今年の夏に不登校になり、孤独な部屋の中でインターネットの世界にどっぷり浸かってしまった姉さん。

その粗暴な言葉遣いは好きではなかったが、それでも物語の登場人物のような不敵なセリフは当時の私の不安を和らげてくれたのだ。

だから、この後にこんな馬鹿な話を続けたのはただの偶然だ。

決して抱いていた不安からではなく、純粋な興味で私は姉さんに聞いたのだ。

未来姉さん、もしもだよ。
もしも、明日死んでしまうとしたら、どうやって死にたい?

なんだ愛するココロ、藪から棒に

いいから。ちょっと、興味があって

……そうだなあ。
もし私が死を選ぶんだったら、身も心も凍るような水の中だな。
そうしたら、私の中で燻り続けている漆黒も、消えてくれる気がするからな

漆黒って……馬鹿じゃないの、未来姉さん

私は馬鹿だよ。愛するココロと比べればね

そう言って儚げに笑う姉さんに嫌気が差したのをよく覚えている。

あの時、聞いておいて良かった。

おかげで私はすぐに走り出すことができる。

今、立ち止まってしまったら、思考を停止させてしまっていたら、私はきっと姉の死に決定的に間に合わない。

今も間に合うかは分からない。

けれど、少なくても後から悔やむような無駄な行動だけは取らずに済む。

馬鹿な姉さんは、多分近くの川へ向かった

――私は、その後を追わければならない。

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