瑞穂に抱きしめられ、それでも私は何か解決策が無いか考える。
 地面の亀裂はひどくなるが、不思議と音は無かった。

あっ!

私は思わず声を上げた。

なに?

 瑞穂は私の声につられて、顔を上げる。
 目の前で倒れていた屋上の扉が、空に吸い込まれる様に消えたのだ。

わぁ、綺麗に消えたね。魔法みたい

 瑞穂は無邪気に笑うが、今の状況はおとぎ話に出てくる魔法の国と変わらない。おとぎ話より絶望的なセカイだけど……。
 扉が消えた地面を見つめ、急にある考えが浮かぶ。
 ……確信は無い。でも、扉は空に吸い込まれる様に消えた。そう、空に……。

……瑞穂

うん?

どうせ最期なら……心中しよっか?

 私の軽くて重いお誘いに、瑞穂は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに笑顔になる。

うん! いいよ!

 瑞穂の返事も軽い。学校帰りにゲーセンに誘った時と同じ返事で、自然に笑ってしまう。
 
私と瑞穂は屋上の端に立った。本来は柵があるはずだが、柵はいつの間にか消えてしまった。
 瑞穂が私の手を強く握る。

怖い?

ううん。ミズと一緒なら怖くないよ

 強張った笑顔で言う瑞穂。

ミズ、これであたしたち、ずっと一緒だよね?

……そうね

 私は大きく息を吸う。

さあ! 行きましょうか? 私のお姫様!

うん!

いっせーの!

きゃあ!

 瑞穂が悲鳴を上げた。
 私は瑞穂と繋いだ右手に、突然の重みを感じる。

な、なんでっ? なんでミズは浮いてるの?

 そう。私は落ちずに浮いていた。瑞穂は私の右手を両手で握り、私にぶら下がっている状態になっている。
 私もどう説明したらと考えながら話す。

屋上の扉が空に吸い込まれて消えた時、思い付いたのよ。もしかして、現実に存在しないモノ、地上のモノでないものは空に吸い込まれるのかってね。なら、死んでる私は空に吸い込まれて、生きてる瑞穂は地上に吸い込まれる……

ミズ……いや

 瑞穂も私が何をするのか察したらしい。私の右手を掴む力が強くなり、瑞穂の爪が私の右手に食い込む。

ここは生と死のはざまのセカイ。瑞穂の私への想いがこのセカイを創って、瑞穂と私を閉じ込めているのだと思ってた。だから、瑞穂を学校から連れ出して、このセカイを終わらせようとしたの。でも……このセカイにサヨナラしなきゃいけないのは、私も一緒だったのね

ミズ……

……瑞穂が創ったセカイで、どんどん人や物は消えていってるのに、私だけこんなに意識を持って存在しているのはおかしいもの。このセカイは生きてる瑞穂と死んでいる私で創ったセカイ。二人で創ったなら、二人で一緒に……飛び降りてサヨナラしなきゃね……

 瑞穂は必死に首を横に振りながら、私の右手にしがみついている。

瑞穂……私を恨んでいいから……

 私は瑞穂の手の温もりを忘れまいと、両手でぎゅっと握りしめる。

ミズ!

生きて!

 私はありったけの力と想いを込めて、瑞穂の手を振り払った。
 あっという間に、地上に吸い込まれていく瑞穂。
 私も強い力で上へ上へと吸い上げられていく。瑞穂の姿はもう見えない。
 私は自分を吸い込む空を見上げる。視界いっぱいの雲一つない快晴。
……生きてた私が最後に見た空と同じだった。

 あたしは病院で目覚めた。
 右手を海外出張中のはずの父親が、左手をいつもの完璧なメイクがぼろぼろの母親が握っていた。二人とも涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら、喜んでくれた。

ミズは?

あたしが掠れた声で訊くと、両親は顔を見合わせ黙った……それだけで十分だった。
 あたしは声を上げて泣いた。両親はあたしをずっと抱きしめ、背をさすってくれた。

 あたしは初めて親の愛を知り、初めて大切な人を喪う痛みを知った。


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