あの、今日はお願いがあって来ました

お願いだべか?


 オークさんは予想外のことだったのかきょとんとした目をする。だがすぐに三人で顔を見合わせて

小娘がおいらたちにお願いだと

笑えるぎゃ


 腹を抱えて笑う彼らの顔を見て、小林さんが明らかに苛立っている。

何がそんなにおかしいのよ!

いや、あまりに予想外のことだったからな


 オークさんがにやついたまま答えた。

いったい何をお願いするんだべ

あ、あの舟を汚したときは……

聞こえないぎゃ。もっと大きな声で言え

は、はい


 伝えなくてはという思いとは逆に、彼らの威圧的な口調に押されて声が小さくなる。

望ちゃん


 小林さんが心配して、肩に手をかける。

大丈夫です


 私はふっと軽く息を吐いて呼吸を整える。

あの、舟を汚したときは自分で掃除をしてもらえませんか

何で汚したときだぎゃ

そ、その……

具体的に言ってもらわないとな、どぅふ

う……

聞こえないぎゃ

何をどうして欲しいか、わからねぇな

その……う……

う……何だぎゃ?

う……ん……

ちょっとあんたたちやめなさいよ! 望ちゃん困ってるじゃない!


 次の言葉がどうしても出ない私を小林さんがかばってくれる。

何を掃除して欲しいかなんて、言わなくてもわかるでしょ!

言えば聞くと言っているんだぎゃ

乙女の恥じらいっ! わかって!

願い事をするには、それ相応の対価を払ってもらわないといけないべ。どぅふ


 オークがにじり寄り、小林さんが一歩下がる。

くっ


 いつも強気の小林さんがたじろぐ。

大丈夫です。私、言います

ほほう

見ていてください。小林さん。私がんばります

望ちゃん……

う……!


 そのときけたたましい警報が鳴り響く。

鳥人が現れました

アンディ生きてたの!


 アンディが背後から突然現れる。

私の代わりはいくらでもいますから。それより望さん


 この警報は鳥人の残党を発見したとき、鳴るようになっている。舟は生活の場としてだけではなく、鳥人を殲滅するために上空を巡回しているのだ。

はい……!


 次の瞬間、轟音とともに天井を突き破り、黒い塊が侵入してくる。そしてそれは着地とともに大きな翼をひらく。

ぎえええええええ!


 警報に耳をつんざくような叫び声が重なりめまいを感じる。警報が鳴ってから、数秒も経っていないのに侵入されるとは……舟のセンサーに異常でもあるのだろうか。しかし考えている暇などない、このままではみんなが危険にさらされる。

逃げて!


 私はとっさに声を張り上げた。その直後、鳥人が小林さんに飛びかかる。数メートルの距離を一瞬で詰めよる。常人なら反応できない速度だ。だが私にはそんな速度など関係ない。私は瞬時に反応して間に割って入る。そして鳥人の頭を拳で殴りつける。一撃で鳥人の頭はもげ、弾丸のように勢いよく飛んでいき、家屋の壁に叩きつけられてはじける。残った首から下はその場にどさりと崩れ落ちる。

た、たいしたことねぇだぎゃ

ちょ、ちょっと出遅れただが、楽勝だっただべな

カタカタカタ


 そう言って三人はそのまま失神した。小林さんは三人を見下ろして

だらしないやつらね


 と言い、ふんと鼻を鳴らした。

ありがとう。さすが望ちゃんね

いえ、私にはこれくらいのことしかできないので

こいつら望ちゃんの強さ知らなかったのね。だから強気だったんだ

まあ私の姿は基本的には極秘だったので……

でも話し合いどころじゃなくなっちゃったね

はい……

死体はワタシが始末しておきます


 アンディがどこからか持ってきた台車で鳥人を運んでいく。警報はいつの間にかやんでいた。

ありがとうございます。じゃあ私は屋根を見てきます

ずいぶん大きな穴が空いたもんね

はい

ま、このままでいい気もするけどね


 私と小林さんは天井を見上げた。灰色の空の中心に穴が空いて、清々しい青空が覗いている。二人でしばらく眺めた後

じゃあ、行ってきます

行ってらっしゃい


 私は青空へと向かって飛び立った。

五話 突入、居住区 〈後編〉

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