廊下は緑色のよくわからないもので覆われていて、大小のぶつぶつが呼吸のように膨らんではしぼみを繰り返している。天井の照明はそれらに遮られて、廊下は薄暗い。じめっとした空気が奥の方から流れてきて、すえた臭いが体中にまとわりつく。
 ここは本当に方舟の内部なのだろうか。私は後ろを振り返った。彼らの居住地域の扉を境にして、白く無機質な廊下が続いているのが見える。やはりここは方舟で間違いないようだ。私は先ほどの決意を軽く後悔した。隣にいる小林さんも同感のようで、表情がこわばっている。

どうしたのですか? さあ先へ進みましょう


 アンディがずかずかと歩いて進んでいく。彼には恐怖心などないのだろう。こういうときには心強く感じる。

アンディ、あんたに惚れそうだわ

望ちゃん、行こう

はい


 小林さんに手を引かれて私は進んでいった。少し歩くと急に空間が広がった。

空があるよ。どうなってんのこれ


 小林さんが驚きの声を上げる。空は灰色で陰気な雲に覆われていた。私も初めて見るので

わかりません

 
 と答えるしかなかった。するとアンディが

この舟の機能です

何それ

あの空はスクリーンに投影した映像です。方舟での生活はどれだけ続くかわからないので、居住者が落ち着く風景を映し出せるように設計されているのです

へぇすごいね


 アンディはさすがに管理ロボットだけあって、舟のことを知り尽くしているようだった。舟の技術に感心しつつも、あたりを見渡すと三軒の家があった。三軒とも石造りの質素な家だったが、それぞれに特徴があった。ひとつは家の柵に動物の頭蓋骨がいくつも飾られて、謎の肉が干物としてつるされていた。もうひとつの家はいくつもの墓石に囲まれ、朽ちた木製の十字架が斜めになって墓石に寄りかかっていた。三つ目の家は大きな沼に囲まれて苔とカビに覆われていた。

くぇー!!
諸行無常!
諸行無常!


 やつらが飼っているインコが頭上を舞う。まるで凶兆を知らせる魔女の使いのようだ。その声で来客に気がついたのか、それぞれの家のドアが開き、魚人、スケルトン、オークの三人が現れた。

なんだお前か

あの……

ここへ何をしに来たぎゃ

ここはニンゲンの来るところではないべ


 オークは鼻がくっつきそうなくらい顔を近づけてきた。すさまじい口臭に嗚咽が漏れそうになる。隣の小林さんも顔をしかめる。

くさっ! あんた歯磨いてるの?

前に磨いたのは四十年前だったべかな、どぅふふ

でしたら、この舟の歯科治療装置をおすすめします。二分でぴかぴかになりますよ

そうかありがとうだべ


 オークさんはアンディさんの頭をつかみ、そのまま持ち上げる。

何をするんですか

教えてくれたお礼だべ

ありがとうございまーあああああ!!!!


 オークさんはアンディさんを軽々と放り投げる。そしてアンディさんは魚人さんの家の沼へと吸い込まれていった。

アンディー!!!


 アンディさんは沼にずぶずぶと沈んでいく。

なんてことを……


 小林さんは呆然としている。三人はその様子を見てげらげらと笑っている。彼らに歓迎されていないのは明白だった。だがここで踏ん張らなければ、船長として。

四話 突入、居住区 〈前編〉

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