5.難攻不落の水曜日 - 昼

霧里舞

こ、これっス……

霧里が指差した先には、校内掲示板。

普段は、壁新聞やら、学校のポスターやらで賑わう掲示板だが、今は普段とは違う賑わいを見せている。

不穏な賑わい、と言うべきか。

三崎竜太

随分と……賑やかだけど

僕の声に、掲示板を見ていた一人が振り返る。

あ!

一人の声が、次々に波及し、振り返っては小さな声をあげた。
その声は、徐々に囁き声へと変化する。

不知火みちる

……

視線は、全て、不知火みちるに注がれている。

不知火は、特に気にした様子もなく、何を考えているか分からない顔で歩を進める。

生徒達は、思わず道を譲り、彼女のための道ができる。

三崎竜太

お、おい

今度は僕が、不知火の後ろからついていった。



掲示板の中央。
そこには、引き伸ばされた写真が無造作に貼られていた。

写真には、公園で、清水と抱き合っている不知火の姿が写されていた。


そして、目の覚めるような赤い文字で、彼女を貶める言葉が書かれていた。

霧里舞

文字は口紅で書かれているみたいッス。
外したほうがいいのか、どうしようかと思って……

僕の後ろで、霧里がしおらしい声をあげている。
不知火は、何を考えているか読み取れない顔のまま、中央の文字を眺めていた。



『少女のまま、終わらせてやる』

不知火みちる

これって、殺人予告かしら?

三崎竜太

ちょっ……

彼女の台詞に、周囲がどよめく。

不知火は、相変わらず気にした風もなく、写真に手を伸ばした。


そして、迷わず毟り取った。

四隅を画鋲で留められていた写真は、端だけ掲示板に残し、不知火の手の中に納まった。

もしかして、パパラッチ部の奴らじゃないの……?

ふいに、群集の誰かが声をあげた。

こんな夜中に写真撮るくらいだし……

霧里舞

はぁ?!
な、なに言って

三崎竜太

霧里、黙って。

群集は、徐々に、不知火から僕へと視線を移す。

僕は、視線が集まるのを感じながら、霧里の口元を抑え続けた。



パパラッチ部は、赤城部長と僕と霧里の三人だけ。
霧里はまだ一年生で、それほど顔が割れていない。

だから、被害を最小限に抑えるためには、黙らせる。

不知火みちる

バカじゃないの?

三崎竜太

えっ?

不知火みちる

さ、行きましょう三崎君。
写真、途中でしょう?

三崎竜太

え、あ、ちょっと……

僕から霧里を引き剥がすように、不知火は僕の手を引いた。

あまりに軽やかな足取り。
殺人予告じみたメッセージも、パパラッチ部の存在も、まるで無かったかのような、足取りだった。

不知火みちる

屋上っていう気分じゃなくなったわ。
教室にしましょう。

三崎竜太

不知火、あの……

不知火みちる

興味ないの。

三崎竜太

……誰が、あの写真を撮ったのか、ってこと?

不知火みちる

だって、私のセカイには関係ない。

三崎竜太

セカイ……。

不知火みちる

……私のセカイは今、補習授業の写真でいっぱいなの。だから、関係ない。

不知火みちる

それ以上、話を続けないで。

三崎竜太

……。

三崎竜太

サー・イエッサー……。

半ば強行で進められた撮影は、こんなときでも特に変わらず進む。

ああいうのは、なんていうのだろう。殺人予告犯?愉快犯?

あの日、僕の後ろから聞こえたシャッター音を思い出す。
きっと、あいつだ。



学園内に写真を貼れるのは、学校の関係者しかいない。そうでないなら、入り口ではじかれるはずだから。


不知火みちる

考えてる?

三崎竜太

えっ

不知火みちる

あ、考えてたんだ。
顔に出ないから分からなかった。

三崎竜太

……写真に集中していなかったのは謝りますよ。

不知火みちる

……敬語禁止。

三崎竜太

あー、そう?
楽でいいけど……

いけない。
明日が提出日なんだ。集中しないと。


僕は改めてカメラを構える。

三崎竜太

あのさ、不知火さんって

不知火みちる

さんはいらない。

三崎竜太

……不知火は、清水のどこが好きなの?

不知火みちる

……

どうやら、予想外の質問だったらしい。

三崎竜太

そういうの思い出したら、それっぽいの撮れるかなと思って。

不知火みちる

あー……
まあ、顔がいいところとか?

三崎竜太

投げやりにもほどがある!

不知火みちる

ていうか、カメラマンがその気にさせてよ。
それも仕事でしょ?

三崎竜太

いや、僕はそういうの苦手なんで。

不知火みちる

そっか。ま、そうだよね。

三崎竜太

はあもう……不知火って、恋したことあるの?

なにを、バカなことを聞いてしまったのだろう。
今まさに、不知火は清水有楽と付き合っているのに。

不知火みちる

……あるよ。

不知火みちる

でも、私が誰かを好きになると、世界が壊れちゃうから、やめたの。

三崎竜太

それ、前も言っていたけど、どういう意味?
清水有楽と付き合ってるのもよくわかんないって言うか……

不知火みちる

……簡潔で、簡単な、ちょっとした話です。

不知火みちる

私のお父さんは、私のことが大好きでした。
私のお母さんは、私のことが大好きなお父さんが大好きでした。
私は、お父さんもお母さんも大好きでした。
だから、お父さんと私は両思い。
お母さんは片思い。ほら、お母さんだけ可愛そう。

不知火みちる

でも、別にお父さんは私のこと、スキってわけじゃないの。
私が、ただ、ちょっと見た目がいいから、お気に入りってだけなの。

不知火みちる

可愛いぬいぐるみ。
汚れれば、捨てられる。
飽きられれば、捨てられる。
それくらいの、好き。
それは、スキって言わない。

三崎竜太

……。

不知火みちる

……だから、ロストパインに恋をした。

三崎竜太

ロストパイン?

不知火みちる

そろそろ、仕事の時間だから、帰るね。

不知火は、さっと踵を返すと、あっという間にいなくなってしまった。

三崎竜太

ロストパインって、なんだ?

ユリ先生

不知火のナゾのお相手だ。
有名な話だぞ?

三崎竜太

いきなり出てこないでくださいよ……どこに隠れていたんですか?

ユリ先生

教卓のしたー

三崎竜太

でしょうね。

ユリ先生

不知火が中学二年の頃か。
ティーン雑誌の取材で、好きな異性のタイプを尋ねられたときに言ったそうだ。
『ロストパインを探しています。絶対に手に入らない、完璧な人。』

三崎竜太

完璧な?

ユリ先生

で?いい写真は撮れそうか?

三崎竜太

えーと、まあ……

昨日の写真を見せると、ユリ先生は首をかしげた。

ユリ先生

なんだ、お前らしくもない。
なんとも歯切れの悪い絵だな。

三崎竜太

いつもなら、相手がどんな人間か、すぐ分かるんですけどね。今回はちょっと……

ユリ先生

ほお!そりゃ大変だな!

三崎竜太

言葉と顔が合っていませんよ。

ユリ先生

ま、私から言わせれば似たもの同士だけどな。

ユリ先生

ギリシャの話に、人が元は二人で一人だったって話があるんだ。
手足が4本、顔2つだったんだが、見た目が悪いって言って神様が今の人間の形に分裂させたという。

三崎竜太

僕と不知火が、その分裂した一個体だって言ってます?

ユリ先生

いや、お前らなら一個体でもやっていけそうだなと思って。
さー、頑張れ少年!単位は明日にかかっているぞー

三崎竜太

はいはい、分かってますよ、おばさま。

ユリ先生

はー、先が思いやられるわ。

マロン先生

何がですか??

ユリ先生

あら、一体なんでまたそんな所に?

マロン先生

掃除ロッカーを片付けていたら、脚と箒が絡まってしまって……

ユリ先生

見た目どおりのドジッ子属性……

マロン先生

それにしても、三崎君は本当に才能人ですね!
人の本性を見抜くなんて、漫画みたい!

ユリ先生

漫画みたいなもんですけどね。

マロン先生

確か、ユリ先生の甥っ子さんなんですよね?
一体、どこでこの才能を見出したんですか??

ユリ先生

……まあ、平たく言いますと、竜太の親が原因でして。

マロン先生

親御さん?

ユリ先生

ええ。なんとも漫画のような話なんですがね。パートナー以外に、恋人を作っていたんですよ。

マロン先生

まあ!不倫なんて言語道断ですわ!
そんな男、馬の骨になってしまえばいいのです!

ユリ先生

あー、いや、両方です。

マロン先生

両方?

ユリ先生

夫婦それぞれ、同時期に浮気していたんですよ。
ね?漫画みたいでしょう?

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