4.難攻不落の水曜日 - 朝
4.難攻不落の水曜日 - 朝
ふふーん♪
えらくゴキゲンだな……。
やっぱり、今日は外だよね♪
カロン、と不知火の口元から音がした。
どうやら、飴を舐めているらしい。
時折、頬がぷくりと膨らんだ。
昨日も公園で張り込んでいたわけなんだが……
なんか、写真科の奴らが喧嘩売ってきた。
で、ちょっとむかついた。
喧嘩?!
みちる、大丈夫だった?
んー、別に。むかついただけ。
何かあったら、俺に言ってね。
すぐに駆けつけるから。
……あー、うん。
俺、心配だよ。
みちるは本当に可愛いから、誰かに傷つけられるんじゃないかって……。
……はあ。
な……
なんなんだよ、この温度差は……!!
さっきから、不知火と清水の間で、物凄い温度差なのだ。
清水は確かに不知火一筋といった感だが、不知火はされるがまま心ここにあらず。
むしろ、清水に顔が見られていない今、物凄い形相で天を睨んでいる状態だ。
愛し合っているというより、憎みあっている位の温度差だぞ、これ……。
と、とりあえず写真……。
ん?
シャッター音が二回、聞こえた気がした。
まあ、何枚あってもいいか……。
あ……。
げ、また目があった……。
……スキよ。ダイスキ。
愛してる。
えっ
珍しいね、そんなに積極的に言うなんて。
でも、嬉しい。
手に入らなくてもいいの。
心の底から、君がスキ。
……
みちる?
私のこと、見えてる?
私のこと、分かってくれる?
……分からない。
僕は、彼女のことが、全然分からない。
初めてのことだった。
僕は、初めて、自分の被写体が見抜けない。
ね、昨日の写真、どうした?
えっ?!
昨日撮ったやつ!
私のアンニュイにして少女的な!
あ、ああ、昼間のね……
夜の写真かと思った……危ない。
昨日撮影した写真を、彼女に見せる。
彼女は一枚一枚、じっくり舐めるように写真を見て、
見て、
見て、
見てから、
やっぱ、へたくそなのね。
などという暴言を吐かれるのですが……!
へたなのに、なんか嬉しそうですね。
……
う、嬉しくないもん。
そらそうだろうよ!
ふふー、私のこと、全然見抜けないって感じ?
……あー、僕のこと、もしかして知ってます?
……
うん、まあ……
ピュータ君、でしょ?
有名人に覚えられるとは……
光栄と言うべきか、不名誉と言うべきか。
ピュータ。
コンピュータ、略してピュータ。
『人の真実を切り撮る』写真術、などと後輩は呼んでいるが、とどのつまり、写真の中に自分を入れられないのだ。
写真の話もしておこう。
写真や映像というのは、客観的な現実を写さない。
これは、写真科で最初に習うことである。
写真や映像は、機械を使って現実を一枚の絵に切り取る作業だ。
その「切り取り方」によって、絵は様々な印象を持つようになる。
だから、写真を撮る際には、カメラマンの想いが強く反映されるのだ。
例えば、迫力のある写真だったら、ぐっと近寄って、被写体に勢いを持たせるだろう。
この撮り方自体が、カメラマンの意思であり、想いだ。
例えば、可愛らしい写真だったら、近寄ったり、全身を撮ったり、上から撮ったり、被写体が一番可愛いところを探すだろう。
これもまた、カメラマンの意思であり、想いだ。
そして、僕の場合。
僕の場合は、ただ、普通に写真を撮る。
だから、相手のありのままの姿を写真に写す。
ちょっと!あんたよね、この前の授業の私の担当!
なにこれ、なんなの、この写真!
あー、それは……
あたしの顔、なんでこんなにブサイクなわけ?!
ヘタクソにも程があるでしょ?!
コンテスト用の写真撮らせたよね?!
すみません、でもそれ課題用の写真だから……
はあ?こっちはギャラも貰わずに写させてあげてんのに、なにその態度?!
プロになるなら、普段からプロ意識持てっての!!
あー、すみません……
あららー? アイドルユニット『スターライズ』のリーダーさんじゃないですかー?
え……
ど、どうしたんですか、アイドルがそんなに声を荒げて!
何か事件ですか?おしとやかさと明るさで売っているはずの『スターライズ』のリーダーさんが、まさかそんなに声を荒げるなんて、とんでもない大事件のはず!
あ、いや、その
私、先生呼んできますね!アイドルユニット『スターライズ』のリーダーさんは、走り回るなんてはしたないことできませんもんね!ちょっといってきま…
な、なんでもないのよ!
そ、それじゃ三崎くん、またね、オホホホ
いやー、面倒な人に当たったものですねぇ、ピュータ先輩。
助かったよ。ありがとう。
お安い御用です!アイドルの汚いところを見るの、大好きですから!
僕も大概だけど、お前も長生きしろよ……
で、どんな感じだったんですか?
あー……これ?
うわー、引くほどドロドロな雰囲気!
正直、自分で現像しておぞましいと感じた。
いやー、ピュータ先輩ってば、本当に才能人ですね!
なんていうか、ピュータ先輩って人のこと信用してないじゃないですか。
え
だからこそ、会話の息遣いとか、目線とか、言葉の端々に人間性を垣間見るんでしょうね。そして、それがそのまま写真になる。
……
……確かに、そうかもしれない。
僕は、自分の感じられる範囲しか、信じていないよ。
人間は、自分の知っている範囲、感じられる範囲までしか、完璧に把握しきれない。
僕は、僕の感じる範囲しか、責任が持てない。
僕は、僕の触れる範囲しか、信じることができない。
だから、僕のセカイは、僕だけで完璧に閉じている。
額縁の向こうから、他人を見ているようなものだ。
だからこそ、不知火が分からない。
不知火みちるは、何を考えているのだろうか。
僕に触れる部分が、僕が聞ける部分が、
彼女の何もつかめない。
飴
あ、あめ?
飴、あげる。
ありがとう?
どーいたしまして!
だから、なんなんだよ
この昨日との温度差は!
手のひらに乗せられたのは、黄色い五円玉のような飴。
そうだ、パイン飴だ。
これ、好きなの。
そうなんだ……
不知火は、花壇のほうにタッタと賭けていく。
花壇の傍らにしゃがみこむと、スカートが汚れるのなんて気にせず、ペタンとお尻をつけた。
夏はひまわり、秋はコスモスが好き。
『愛慕』『崇拝』『偽りの富』
……『あなただけを見つめる』で有名だけど。
え
コスモスは『調和』『謙虚』『乙女の真心』だったかな。
……
えっ?!
あ……いや……詳しいのね。
……不良パパラッチのくせに。
あ、あーいや、昔、母親に覚えさせられて。
不良パパラッチって、もはや悪口じゃないか!
いやいや、それより今の顔だよ。
なんだ?僕、地雷踏んだ?
好きな、花言葉とか、ある?
え、えーと……
なんかあったんだけど、思い出せなくて
ピュータ先輩!
大変ッス!!