4.難攻不落の水曜日 - 朝

不知火みちる

ふふーん♪

三崎竜太

えらくゴキゲンだな……。

不知火みちる

やっぱり、今日は外だよね♪

カロン、と不知火の口元から音がした。

どうやら、飴を舐めているらしい。
時折、頬がぷくりと膨らんだ。

三崎竜太

昨日も公園で張り込んでいたわけなんだが……

不知火みちる

なんか、写真科の奴らが喧嘩売ってきた。
で、ちょっとむかついた。

清水有楽

喧嘩?!
みちる、大丈夫だった?

不知火みちる

んー、別に。むかついただけ。

清水有楽

何かあったら、俺に言ってね。
すぐに駆けつけるから。

不知火みちる

……あー、うん。

清水有楽

俺、心配だよ。
みちるは本当に可愛いから、誰かに傷つけられるんじゃないかって……。

不知火みちる

……はあ。

三崎竜太

な……

三崎竜太

なんなんだよ、この温度差は……!!

さっきから、不知火と清水の間で、物凄い温度差なのだ。
清水は確かに不知火一筋といった感だが、不知火はされるがまま心ここにあらず。

むしろ、清水に顔が見られていない今、物凄い形相で天を睨んでいる状態だ。

三崎竜太

愛し合っているというより、憎みあっている位の温度差だぞ、これ……。

三崎竜太

と、とりあえず写真……。

三崎竜太

ん?

シャッター音が二回、聞こえた気がした。

三崎竜太

まあ、何枚あってもいいか……。

不知火みちる

あ……。

三崎竜太

げ、また目があった……。

不知火みちる

……スキよ。ダイスキ。
愛してる。

清水有楽

えっ

清水有楽

珍しいね、そんなに積極的に言うなんて。
でも、嬉しい。

不知火みちる

手に入らなくてもいいの。
心の底から、君がスキ。

三崎竜太

……

清水有楽

みちる?

不知火みちる

私のこと、見えてる?
私のこと、分かってくれる?

三崎竜太

……分からない。

三崎竜太

僕は、彼女のことが、全然分からない。

初めてのことだった。

僕は、初めて、自分の被写体が見抜けない。

不知火みちる

ね、昨日の写真、どうした?

三崎竜太

えっ?!

不知火みちる

昨日撮ったやつ!
私のアンニュイにして少女的な!

三崎竜太

あ、ああ、昼間のね……

三崎竜太

夜の写真かと思った……危ない。

昨日撮影した写真を、彼女に見せる。

彼女は一枚一枚、じっくり舐めるように写真を見て、
見て、
見て、
見てから、

不知火みちる

やっぱ、へたくそなのね。

三崎竜太

などという暴言を吐かれるのですが……!

三崎竜太

へたなのに、なんか嬉しそうですね。

不知火みちる

……

不知火みちる

う、嬉しくないもん。

三崎竜太

そらそうだろうよ!

不知火みちる

ふふー、私のこと、全然見抜けないって感じ?

三崎竜太

……あー、僕のこと、もしかして知ってます?

不知火みちる

……

不知火みちる

うん、まあ……
ピュータ君、でしょ?

三崎竜太

有名人に覚えられるとは……
光栄と言うべきか、不名誉と言うべきか。

ピュータ。
コンピュータ、略してピュータ。


『人の真実を切り撮る』写真術、などと後輩は呼んでいるが、とどのつまり、写真の中に自分を入れられないのだ。



写真の話もしておこう。
写真や映像というのは、客観的な現実を写さない。
これは、写真科で最初に習うことである。

写真や映像は、機械を使って現実を一枚の絵に切り取る作業だ。
その「切り取り方」によって、絵は様々な印象を持つようになる。

だから、写真を撮る際には、カメラマンの想いが強く反映されるのだ。


例えば、迫力のある写真だったら、ぐっと近寄って、被写体に勢いを持たせるだろう。
この撮り方自体が、カメラマンの意思であり、想いだ。

例えば、可愛らしい写真だったら、近寄ったり、全身を撮ったり、上から撮ったり、被写体が一番可愛いところを探すだろう。
これもまた、カメラマンの意思であり、想いだ。


そして、僕の場合。

僕の場合は、ただ、普通に写真を撮る。
だから、相手のありのままの姿を写真に写す。

ちょっと!あんたよね、この前の授業の私の担当!
なにこれ、なんなの、この写真!

三崎竜太

あー、それは……

あたしの顔、なんでこんなにブサイクなわけ?!
ヘタクソにも程があるでしょ?!
コンテスト用の写真撮らせたよね?!

三崎竜太

すみません、でもそれ課題用の写真だから……

はあ?こっちはギャラも貰わずに写させてあげてんのに、なにその態度?!
プロになるなら、普段からプロ意識持てっての!!

三崎竜太

あー、すみません……

霧里舞

あららー? アイドルユニット『スターライズ』のリーダーさんじゃないですかー?

え……

霧里舞

ど、どうしたんですか、アイドルがそんなに声を荒げて!
何か事件ですか?おしとやかさと明るさで売っているはずの『スターライズ』のリーダーさんが、まさかそんなに声を荒げるなんて、とんでもない大事件のはず!

あ、いや、その

霧里舞

私、先生呼んできますね!アイドルユニット『スターライズ』のリーダーさんは、走り回るなんてはしたないことできませんもんね!ちょっといってきま…

な、なんでもないのよ!
そ、それじゃ三崎くん、またね、オホホホ

霧里舞

いやー、面倒な人に当たったものですねぇ、ピュータ先輩。

三崎竜太

助かったよ。ありがとう。

霧里舞

お安い御用です!アイドルの汚いところを見るの、大好きですから!

三崎竜太

僕も大概だけど、お前も長生きしろよ……

霧里舞

で、どんな感じだったんですか?

三崎竜太

あー……これ?

霧里舞

うわー、引くほどドロドロな雰囲気!

三崎竜太

正直、自分で現像しておぞましいと感じた。

霧里舞

いやー、ピュータ先輩ってば、本当に才能人ですね!

霧里舞

なんていうか、ピュータ先輩って人のこと信用してないじゃないですか。

三崎竜太

霧里舞

だからこそ、会話の息遣いとか、目線とか、言葉の端々に人間性を垣間見るんでしょうね。そして、それがそのまま写真になる。

三崎竜太

……

三崎竜太

……確かに、そうかもしれない。
僕は、自分の感じられる範囲しか、信じていないよ。

人間は、自分の知っている範囲、感じられる範囲までしか、完璧に把握しきれない。

僕は、僕の感じる範囲しか、責任が持てない。
僕は、僕の触れる範囲しか、信じることができない。


だから、僕のセカイは、僕だけで完璧に閉じている。


額縁の向こうから、他人を見ているようなものだ。
だからこそ、不知火が分からない。

不知火みちるは、何を考えているのだろうか。
僕に触れる部分が、僕が聞ける部分が、
彼女の何もつかめない。

不知火みちる

三崎竜太

あ、あめ?

不知火みちる

飴、あげる。

三崎竜太

ありがとう?

不知火みちる

どーいたしまして!

三崎竜太

だから、なんなんだよ
この昨日との温度差は!

手のひらに乗せられたのは、黄色い五円玉のような飴。

そうだ、パイン飴だ。

不知火みちる

これ、好きなの。

三崎竜太

そうなんだ……

不知火は、花壇のほうにタッタと賭けていく。
花壇の傍らにしゃがみこむと、スカートが汚れるのなんて気にせず、ペタンとお尻をつけた。

不知火みちる

夏はひまわり、秋はコスモスが好き。

三崎竜太

『愛慕』『崇拝』『偽りの富』
……『あなただけを見つめる』で有名だけど。

不知火みちる

三崎竜太

コスモスは『調和』『謙虚』『乙女の真心』だったかな。

不知火みちる

……

三崎竜太

えっ?!

不知火みちる

あ……いや……詳しいのね。
……不良パパラッチのくせに。

三崎竜太

あ、あーいや、昔、母親に覚えさせられて。

三崎竜太

不良パパラッチって、もはや悪口じゃないか!

三崎竜太

いやいや、それより今の顔だよ。
なんだ?僕、地雷踏んだ?

不知火みちる

好きな、花言葉とか、ある?

三崎竜太

え、えーと……
なんかあったんだけど、思い出せなくて

霧里舞

ピュータ先輩!
大変ッス!!

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