【第十七話 】
『悪者』


変身した鳴海の姿を見ると、大宮は歓喜の声を上げた。

なんとも美しい

これ以上、口を開くなっ!臭い息がここまで届くだろがぁぁ



オメガとなった鳴海の動きは風のようだった。

一瞬にしてトップスピードに乗り、跳躍して蹴りの態勢に入る。
躊躇いのない動きにトキオは呆然と立ち尽くすしかない。

当然、その動きに大宮は反応すらできていない―――いや、する必要が無かった。

鳴海と大宮の間に男・・・いや、獣が入り、剥き出しになった右手を前へと突き出し大宮への攻撃の道を遮る。

鳴海の蹴りが獣の腕へ直撃すると、激しい衝撃波が通路へ広がり、壁や地面そして照明が破壊された。

それはオメガとなった鳴海の攻撃力を如実に表現するには申し分の無い事であったが、この場合はそれが逆になってしまう。

獣の腕からは煙りこそ出ていたが、傷は余り見受けられず決定的なダメージというには遠い。



鳴海VS獣のファーストコンタクトは獣の防御力が勝っている事から幕を開けた。


蹴りの反動で身体を反転して、着地と同時に前へと重心を移動し突撃する鳴海。そのスピードに獣は当然の様に反応し、また衝撃波が通路に伝わる。

2度目にして鳴海は速度では勝てないと判断し接近戦へと考えを移行した。
それは獣の異様に大きな右腕と人間と同じ長さの腕が相手のハンデになると判断したからだった。

しかし、その狙いは簡単に覆る。

獣はスタンディングで攻撃を打ち合う事はせず、器用に右手をコンパスの様に地面や壁を軸にして動き回り、鳴海の攻撃を避け、反撃の拳や蹴りを放つ。

それはカウンターを狙っているわけではなく、乱暴に振り回しているだけであったが、風を切る音がその破壊力を感じさせていた。

次第に自分が攻撃するよりも避ける事が増えてきた事を悟った鳴海は一旦後ろにステップして距離を置いた。

その鳴海を見て、トキオは呟いた。

さすがに昔のジャッキーの映画みたいに一撃必殺で、はい終了エンドロールってわけにはいかねぇか



そんなトキオの独り言はその場にいる誰の耳にも届かなかった。対峙する鳴海と獣。そしてその光景を楽しんでいる大宮。―――が、それは同時に誰もがトキオを見ていないという事でもあった。

この時、トキオは自分の左腕とアタッシュケースを繋ぐ鎖の鍵をを解錠していた。何とも無いような行動であったが、トキオの『役割』は誰の目に映る事も無く、静かに幕を開けた。

大宮は瞳をヒーローショーを見る少年の様に輝かせ、オメガと獣の戦いを見ていた。

そうだろう。そうだろう。私の最高傑作はオメガにも負けないんだ。やはり私の考えは正解だったのだ。コレこそ最強!私は神を越える神を作ったんだ



口の中に溜まりに溜まった唾液を惜し気もなく飛ばしながら、悦に浸っている。

神を作ったとおっしゃったあの方は何者にカテゴリーされるのですかね?



透き通った声が通路に響き渡り、大宮は鳴海と獣から視線を外し、トキオの更に後ろに視線を移した。

視線の先にはシルクハットを被った坂本と、顔だけさらけ出してUC-SFのA-シリーズスーツを着た左右田がいた。

さぁ?俺には分からないっすけど、そんな意味不明な事を自信満々に言えるヤツは悪いヤツって決まってるっす。『何者』かで言うなら確実に『悪者』っすね



二人を確認した大宮は更に歓喜の声を上げた。

ペテン師にUC-SF・・・コレは素晴らしいショーになりそうだよ!私は特等席でコレを見物しようではないかっ!



大宮の言葉に左右田が言う。

坂本さんはペテン師なんかじゃない!見た目こそちょっぴりアレな感じありますが、ペテン師でも詐欺師でもなく、神出鬼没のマジシャンであり、今ではどんなにやられても不死鳥の様に起き上がる・・・そう!ゾンビ坂本なんだ

左右田さん。確実に失礼な事を言ってますから。それにどうせならフェニックス坂本でお願い致しますよ

あっ。そっちの方がしっくり来ますね



二人のやり取りに大宮は地面を何回も踏ん付け声を荒げた。

お前ら―――お前ら―――お前らぁぁぁ。全員ここで終わりなんだぁぁぁぞぉぉ

・・・だ。そうですが、左右田さんどう思います?

逮捕っす



その言葉を聞き大宮は真後ろにある扉を強く何度も叩いた。

聞け!聞けぇぇ!お前らさっきから余裕そうにしてるが、チェックメイトしてるのは私なんだぞ。この扉の先に何があるか知ってるか?私が中に入って、スイッチを押すだけで日本・・・いや世界にコンバイドの種が無差別にばら蒔かれるんだぞ。種は人間や動物の体内に入り成長して身体を支配する、そして世界にコンバイドが溢れるんだ



まくし立てる様に一息で言い終えると、一つ咳払いをしてから大宮は言った。

どうだ。凄いだろう



その姿は大人のカケラもなく、まるで夏休み明けに休み中の自由研究を自慢げに話す小学生のようでもあった。

左右田さん。今のは『扉の奥に証拠がある』って自白したんじゃないですかね?

100%逮捕っすね



大宮は小さく息を吸い込み、肩を竦め扉に手をかけた。

な~にが逮捕だ!おおお、お前ら全員ここで全滅なんだぞ。特等席で戦いを見るのは止めだ!止め!誰も私を止められな~い

全ては、扉がほんの少し開いた瞬間だった。


獣と睨み合っていた鳴海が動く。

左右田は銃を構え大宮に照準を取る。

坂本は踵から延ばした触手を地面の下から出し大宮を捉える。


獣は鳴海の動きに素早く反応し進路を遮断し、大きな右手を広げ照準も遮断する。そして左手には坂本の触手が握られていた。
全てが獣の一連の動きで止められたかに見えた。しかし、一人だけ決定的な行動を誰にも邪魔されずに行った者がいた。


七星時生だった。

逃げる時も戦う時も肌身離さず持っていたアタッシュケース。それが今、蓋が開いた状態で地面に無造作に置かれていた。中には―――何も無い。

何か変化があるとするなら、トキオの周囲に七体の機械でできた虫が存在してる事だけだった。カブト、蜂、蜻蛉、蠍、クワガタ、飛蝗が2体。トキオが首を軽く動かすと、それに呼応するかの様に虫達は光速で動き、少し開いた扉の中へとあっと言う間に侵入を果たし、大宮の意志に反し扉は突然力強く閉じられた。

ななな、何をした



大宮の言葉にトキオは答えた。

何をしたって―――知ってんじゃねーの?

―――そんな、まさか、ウソだ、ありえない、完成していたと言うのか



突然の奇妙な出来事に坂本、左右田、鳴海が動きを止め、そして獣までもが握った触手を手放し動きを止めていた。

親父だけの力じゃねぇよ。世界中から親父と同じような世間から弾かれた博士が集まって作った力。通称『オルゴール』。今その部屋の中じゃ七体のオルゴールが超速で回転し一種のブラックホールを作り出し、全てを時空の狭間へと送り込む。ノアの方舟なんて大層な名前つけやがって、そんなモノは跡形もなく消えるんだよ



大宮は再度扉に手をかける―――が、トキオの声が続けて響いた。

入りたきゃ入りな!オルゴールの効果はアンタも知ってるだろ―――今、中に入ればアンタも一緒にブラックホールに飲み込まれるぜ。って言わなくても知ってるよな。だってアンタは親父の研究に資金提供してたんだからな



大宮は力無くその場に崩れた。
その姿を見たからか、それとも膠着した空気に耐え切れなくなったのか、獣は大きく雄叫びを上げる。深く響き渡る雄叫びはトキオ達の身体を鋭く突き抜け、地面や壁も揺れる。

来いッ!



それは危険をいち早く感じ取った鳴海の声だった。自分へと獣の注意を引き付ける事で、左右田や坂本に攻撃のチャンスを与える―――しかし鳴海の声と同時に獣は構える姿勢もなく鳴海の腹部へ、その大きな拳を突き立てて力任せに壁に突き飛ばした。更に追い打ちをかける様に壁にめり込んだ鳴海へ身体ごと突撃。
背中の壁があっけなく崩壊し鳴海は遠くへと弾き出された。

その場所は狭い通路とは違い圧倒的に広く、剥き出しの鉄骨が多く見受けられる建設途中の場所だった。だが、それ以上に注視する事がある。それは既にこの場所に先客がいた事。



大量数のコンバイド。
地面を覆う数は10や20ではない。
その場所を除き見た左右田が、思わず口にした。

―――大学受験の結果を見に行った時の事を思い出した

不謹慎な事を言ってる場合かよ。鳴海があん中にいるんだ!俺は行く!



トキオが身構えると、既に変身していた坂本が制止する。

しかし感情的になって克服できる状況ではないですよ

だからって、鳴海がっ



怒声を放つトキオに坂本はゆっくりと首を振り一言だけ伝える。

―――チャンスは直ぐに訪れます



一方この状況下の中、大宮は密かに笑みをこぼしていた。

わ、わ、私にはまだツキがあるんだ。自ら死地に飛び込むといい

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