【第十八話 】
『試合開始だぜ』
【第十八話 】
『試合開始だぜ』
鳴海はコンバイド達が群がる中へと吹き飛ばされた。
全身への相当なダメージを改めて確認する間もなく、四方八方へ拳と蹴りを放つと、次々とコンバイド達が宙に舞う。
その中を突き破る様に獣が鳴海に襲いかかる。
大きな拳を正面で摑み、攻撃の勢いを殺しながら受け流す。獣の体勢が大きく崩れた所にがら空きになった身体から頭部へ小気味よいリズムで蹴りを入れる。直ぐに獣の強烈な拳が振り下ろされ、鳴海は腕でガードをする。
拳の重さに身体がブレる。
しかし、鳴海は引かない。
更に一歩懐へ踏み込み、ボディへ拳を当て垂直に跳躍し、獣の顔を目掛けて回し蹴りを放つ―――が、今度は獣が腕でガードする。はね返る衝撃に空中で体制を変えて鳴海は相手のガードの上から両の拳を連打した。
すると、獣の腕がみるみる変化した。拳を当てる度に腕は広く大きく硬くなり、まるで盾の様に変化していた。
その盾の様になった腕に足をかけて鳴海は改めて跳躍した。
空中で身体を何度も回転させ、まるでドリルの様な蹴りを獣の肩口に直撃させると、そのままその腕を切断する事ができた。
本人も切断までは予期していなかったのか、鳴海は着地の瞬間大きく体制を崩し方膝を付く―――が、この瞬間。強い衝撃が右側頭部に疾走し、吹き飛ぶ瞬間の中で獣から攻撃を受けた事を理解した。
剥き出しの鉄骨に身体を打ち付け改めて態勢を整えようとするが、その時には獣の拳が腹部へと突き立てられていた。
切断したはずの片方の腕は、何事もなかったかの様に生えていた。
次から次へと絶え間無い獣の重い攻撃。そこに一瞬の隙も反撃の糸口すらなかった。
唯々攻撃を受け続ける。この行為が今の自分にできるそれ以上ない最良。それ以下ならば即死。
―――の、筈だった。
攻撃が―――止んだ・・・？
鳴海が辺りを見回すと、獣は捕食していた。
無数に存在するコンバイドを節操無く貪り食う。右腕だけが剥き出しになっていたはずが、気づけば既に人の形は残っておらず、全てが剥き出しになり獣そのものとなっていた。一つ牙を向け噛み付き、引き千切れば、また次へ牙を向ける。抵抗するモノがあるならば、腕を裂き足を裂き、身体を引き裂く。
怒涛の攻撃を耐え抜いた安堵からか、それとも、捕食する獣の姿の悍ましさに恐怖したからか、鳴海はその場に膝から崩れた。
ななななな、何をしてるんだ！敵が目の前にいるんだぞ
大宮の悲痛な叫びが辺りに響いたが、主人の声が届く事はなく獣は捕食を止めない。
行儀も手癖も悪い最低な食いしん坊なんですよ―――アレはね
この！この！このこの！このこのこの！こぉぉぉのぉぉ！
坂本の言葉に大宮は取り乱し、意味不明の言葉を叫びながら何度も地面を殴り続けた。
どうやら、貴方は大量のコンバイドの存在を自分のチャンスとでも考えていたんですかね？私としては、この状況を予測できてましたから、どちらかと言えばこちらのチャンス―――と、言うよりも、チェックメイトですかね
暫くの沈黙の後、大宮は嗚咽を漏らし涙を流しながら言う。
―――人間が・・・人間が一番悪いんだ。環境を破壊し自らで地球という星を傷付け、労ろうともしない。それは人間が地球という名のピラミッドの頂点に君臨してるからなんだ。それならピラミッドの構造を変えれば―――そうだろ。そうじゃないのか？―――坂本くん。だからキミは私の前に姿を現わしたのだろう？
唐突に呼ばれた坂本は変身している為、既に身につけていないが、シルクハットの位置をを直す様な動作をしながら答える。
違います。勝手に自分の都合に合わせて解釈されては困りますよ。『私達』は滅ぶべくして滅んだ存在―――私達を偶然発見しただけで、何を勝手な事を言ってるのですか
その言葉は普段の坂本と違い、冷たくも明らかな怒りを感じさせる口調だった。それを感じてか大宮も一瞬息を飲むが、直ぐに大きく息を吸い上げ言い放つ。
これが新しい地球の未来への第一歩なん―――
違います！私達が滅んだ事実こそ、地球の正しい未来！貴方は神でもなんでもない。ただのワガママな子供だ
大宮の渾身の叫びは坂本の怒声に途中でかき消され、続けられた言葉に反論する事もできなかった。
そっか・・・坂本。アンタはオメガじゃねぇんだな
それよりも、彼女を助けるのが先じゃないですか？
坂本の言葉にトキオは静かに頷き、言う。
そんじゃ、坂本と左右田。俺がアイツを倒すから援護よろすく
はい？
今回は両手使えるし―――多分。俺、負けないから
はいぃぃ？
坂本と左右田の返答を待つ事なくトキオは食事中の獣に向けて走りだしていた。首元のマフラーに手をかけて少し緩める。視線を右腕に落とすとトキオは叫んだ。
セブン・アァァァァァム！
トキオの声に反応し右腕が光を放つと、右腕の周りには７本の腕が現れ、幾重にも重なり合う様に見えた。
目の前には身体を引き裂かれたコンバイドの死骸があったが、まだ生存しているコンバイドもあった。それらは様々で、立ち尽くす者。獣から距離を取る者。死骸を貪る者。そしてトキオを見つけて襲いかかる者がいた。
襲いかかる者は排除せんと右腕を構えると、後方から坂本の声が響いた。
足場として使ってください
その声と同時にトキオの足元に、突然一本の触手が地面から飛び出した。斜め前方に飛び出した触手―――それをたとえるならばジャンプ台。
トキオは躊躇する事なく、一歩二歩と軽快な足取りでステップを踏むと、みるみると天井が近付き、下方に獣の姿を捉えた。
さぁて！試合開始だぜ
サーカスの空中ブランコで受け止める相手も居らず、身の安全を守るネットも無い状態でダイブする。これに恐怖すら感じず、まるで体操選手の様に落下まで自分の身体を何度も回転させる。
標的は獣の脳天。
回転の中トキオは目標を見失う事なく確実に捉えていた。そして絶対的なタイミングで両足を突き出し、その踵で獣の脳天を打ち付けた。
打ち付けた反動で身体を捻り直ぐに地面へ着地すると、何ともなさそうな獣の姿が視界に飛び込む。
痛ってぇ！やっぱ蹴りじゃダメだったか。せっかくヒーローっぽくキメたかったのに・・・ってか、俺の方がダメージ受けた―――
目にも止まらぬ速さで獣の拳が飛んできた。
しかし、目で捉えるには困難な動きも、それはトキオが既に知る攻撃射程。
相手の少しの動きをタイミング判断し前転で回避する。
すると一瞬にしてトキオと獣の距離が縮まった。
この状況、先に攻撃したのはトキオだった。
身長差が倍近くある相手に対し悩む事なく左の拳で人間でいう肝臓部分を目がけて拳を突き出す―――が、当然反応はない。あるのは左の拳の痛みだけ。直ぐに獣の腕が上からトキオ目がけて振り落とされたが、それを更に前転し獣の股をくぐり回避する。
問題なく回避できたはずだったが、予想外の事態が発生する。何かが右足に絡み付き、回転の途中で身体が宙に浮く。
お前、あの時の赤い触手って尻尾だったのかよ！ズルイぞ！先に言えバカ！ってか、離せ離せ！
獣の触手の様な尻尾は二本あり、一本は足。もう一本は腕に巻き付いていた。トキオは逆さまに吊るされ、身体を右へ左へ振られる。体を振る動きは徐々にスピードを上げ今にも放り出されそうであった。
ちょいちょい、待て待って、離すな離すなぁぁ！
トキオの叫び声が虚しく部屋に響くと、答えた声があった。
無駄に大きな声を出すな。みっともない
一閃。
獣とトキオを繋ぐ尻尾に何かが通過すると、二本の尻尾は切断されトキオはそのまま地面へ落ちた。その横にはオメガ姿の鳴海がいた。
尻尾を切断された獣は一瞬驚いた表情を見せたが、直ぐに振り返りながら腕を振り回した。しかし腕はトキオの頭上を通り過ぎ、鳴海は既に跳躍し腕を回避。そのまま獣の顔面へ蹴りを入れると、獣は大きく後方へと吹き飛んだ。
