第10話

その男の妄言に耳を貸してはいけません

貴様……!


 ふたつのベッドを隔ててふたりの来訪者が睨み合った。

私はプロトコル3472

第3ブレンディング、第4ジェネリックの、
第72エレメントです

確かに彼らはレジスタンスを自称してはいます

ですが実際にはテロリストに過ぎません

恐怖、暴力、殺戮、その全てを以て無辜の民を苛んでいるのです

帝国の圧政こそが民衆を虐げているではないか!

いいか、この女は帝国の手先だ!

彼女の言葉こそ帝国の専制政治を正当化する戯れ言でしかない!

彼が何をどう話したかについては大方予測がつきます

彼らのやり方はマニュアルに従ったものでしかありませんから

あなたがたに説明してさしあげましょう

彼らが如何にして事実を歪曲しているのかを

真実をねじ曲げているのは帝国の側だ! 我々ではない!

私たちは帝国などという名ではありません。
『ブレンディング』です

名前に意味など!

そうですね。
あなたがたテロリストが、
レジスタンスの旗印を掲げているように

よろしいですか。植民地支配など事実無根です

いや従属を強いている!

従属ではなく協調です

私たちは平和と秩序、調和と互恵を維持しているのです

よくもぬけぬけとそんなことを!

今までいくつのセカイを消滅させてきた!

それはあなたがたにも言えることでしょう!

双方の勢力差を鑑みれば、
あなた方の破壊活動の方が、被害者の比率は我々のそれを大きく上回っています

破壊活動ではない! あれは創造的闘争だ!

いいですか、おふたりとも。
彼らの活動こそ血を流し屍を重ねるものにほかなりません

帝国こそそうだ!
死者には鞭打ち、生者は飼い慣らす!

聴いてください。あなたがたの脳の集積回路

それはセカイの再分裂、再結成を導きはしません

要するに元のセカイに戻しはしないのです

その集積回路こそ、
双方のセカイを対消滅させるものなのです

……!

違う! 両セカイは今その過程にあるのだ!

そうではありません。
両セカイの衝突はまだ起こっていないのです

あなたがたが真逆の極になる。それは事実です

しかしそれは、いえ、それこそが

両セカイを衝突させる契機となるのです

いわばあなたがたがS極とN極となる

それで両セカイ間に引力が働き、より接近、ついには衝突することになる

あなたがたの集積回路は、
いわば自爆装置にほかなりません

黙れ!

衝突はもうとっくに起きている!

衝突したのではなく、
最接近している段階です!

今あなたがたがいるこのセカイは、
両セカイの相互作用の結果できた、
幻像に過ぎないのです

いや違う! 実在している! 
感じるだろう! においやぬくもりを!

そうした感覚は、
脳が錯覚しているだけのことです

夢で感覚を得ることと同じ

なら頬をつねってみたらどうだ!

これは現実だ! 紛れもない現実だ!

よろしいですか。あなたがたは、
恋愛感情を抱くべきでも、
性的接触に及ぶでもありません

集積回路が機能すれば、
あなたたがたの全ては終わります

あなたがたは、
互いに惹かれ合っているのかもしれません

ですがそれさえも幻想に過ぎないのです

人工的な現象とも言えます

集積回路に設定された、脳内ホルモンの調整。
その生理的反応でしかないのです

そんなことができるものか!

今あなたがたのバソプレシン値は大幅に上昇しています

いわば、時限爆弾の針が予定の時刻に迫っていくように、です

遠隔操作ができるのなら俺が姿を見せるまでもない!

彼らが抱いているのは自然な感情だ!
彼らは互いを知り、愛を予感している!

彼が姿を現した理由

それはバソプレシン値を閾値に達することが不可能だったからです

まさか!
彼のセカイを救うためにだ!
貴様らの策略からな!

繰り返しますが、あなたがたが一線を越えても両セカイは元どおりにはなりません。
それどころか……

接触しなければ対消滅する!

そうではなく、接触することによって、
対消滅してしまうのです!

そして、
近隣のセカイをも巻き込んで崩壊させる。
それこそが彼らテロスリトの目的です

そのセカイは我がブレンディングの一大後背地ですから

あなたがたのセカイを、
彼らは戦略攻撃の犠牲に選んだのです

違う。帝国の統治アルゴリズムの指令だ!
これは帝国の工作だ! 信じてはいけない!

あなたがたは……
どちらかが死ぬしかないのです

………!

可南太

………!

そうでなければこの現象は止められません

つまり元いたセカイには戻れないのです

そして複数のセカイが崩壊する

たしかに、
あなたがた一人ひとりの生命は重く、尊い

ですが、
その命でいくつのセカイが救えますか。
何人の人間が助けられますか

あなたがたどちらかの犠牲が必要なのです

ひとついいか

彼のうちひとりを殺せば済むのだろう?

だったら何故このセカイのエージェントを寄越さない?

そいつに殺させれば済む話じゃないか……

第一にその方法は倫理に反しています

第二に彼らの意志を尊重すべきです

倫理? 尊重?
そんな美辞麗句を、
貴様らの口から聞けるとはな!

私たちは自然権を保障します

テロリスト以外の人間に限りますが

はっ

まあ、時間がなかったんだろう。
このセカイのエージェントを動かすだけのな

とはいえ……

帝国はこうも卑劣だったか……!

あなたがたには及びませんが


 帝国のプロトコル3472が響に向き直った。

…………

……プロトコル17108

……!

響、惑わされるな!

響。あなたは本来、
私たちブレンディングのエレメントなのです

…………

可南太

どういうことだ?

彼女はいわば私たちのはらかた

17年前……

彼女の母親の胎内に転移させたのです。
ブレンディングの種族の子種を……

可南太

……!

聞いただろう! 今が帝国のやり方だ!

響。あなたには謝らなければなりません。
しかし必要な措置だったのです……

彼らテロリストの跋扈を塞ぐために!

プロトコル17108。
あなたは従来の役割を果たすべきです

…………

ですが強制はしません

あなたのことはあなた自身で決めなさい

…………


 ふたりのホログラムにノイズが走った。

干渉波だ

ブレンディング側とテロリスト側で
混信してるようね

通信がもたない


 ふたりの声と姿が波立つ。

いいか、お前たち

いいですね、あなたがた

愛するんだ

眠りなさい

でなければ眠らせなさい


 ふたりは消えた。

 暗く、静まった部屋に可南太と響は取り残された。

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