第3話
第3話
戦闘機の音が可南太の耳を襲った。
…………!
…………
まばたきしたら幽霊1号がいた。
朝っぱらから目撃したのはこれが最初かもしれない。
1号は下足場に立っていた。
躬をよじり、後ろを睨みつけていた。
ローファーの縁に指を引っかけている。
履きかえるつもりだったのか、
片足のかかとがうわばきから浮いている。
可南太はいくつかの異変に気づいた。
ひとつめは顔だ。
頬にほくろがある。
前は気づかなかった。
が、奇妙だ。
7つのほくろが可南太と同じ位置にある。
北斗七星の形だ。
ふたつめは髪だ。
ヘアピンで留めている。
ヘアピンなど今までつけていたことはなかった。
ほくろのある頬を見せつけているかのようだった。
みっつめはそのほくろだ。
点は黒く、滲んでいる。
インクで打たれたものらしかった。
可南太と同じ位置にほくろを描き、
わざわざ髪をピンで留めている。
そこにメッセージが秘められていそうだ。
第一に、相手は生身で変化できるということ――。
第二に、
相手も可南太の存在を認知しているということ――。
最後に気づいたことがある。
彼女は前よりも透きとおっていない。
その姿は色濃く、現実味を予感させた。
彼女からのメッセージだと可南太は思った。
だとしたら返信が要る。
教室で可南太はあの幽霊の顔を思い浮かべた。
彼女の特徴といえば青い髪だ。
可南太は前髪を摘まんで見つめた。
可南太は美容室にいた。
どちらの色になさいます?
と美容師は色見本を可南太に見せた。
ある色を可南太は指さした。
この色を……この辺にちょっとだけ入れるんですね?
美容師の確認に可南太は頷き返した。
シャンプー台に連れて行かれ、顔に布が掛けられた。
………
……こちらでよろしいですか?
可南太は鏡に向かって首を傾げた。
髪型はほとんど変わっていない。
ただ耳の上、髪ひと束が青く染まっている。
あの少女と同じ髪の色だ――。
これが彼女宛ての手紙だ。
可南太は帰路についた。
……あ
途中、桜田たちに出くわした。
やあ、可南太
彼が付き合っている大知も一緒だった。
こんにちは
これから美術館に行くのさ
へえ
可南太は桜田に顔を振り向けた。
でも絵なんて嫌いだろ、お前
これから好きになるよ。努力するつもりさ
そうか
絵本作家の展覧会をしているんです。
ご一緒にいかがですか?
桜田も首を振った。
第三者も平然と誘ってしまう。
いかにもプラトニックな付き合いをしていそうだった。
可南太は申し出を断った。
悪いけど、用事があるから……
桜田たちは残念そうに顔を見合わせた。
じゃあまた今度ね
可南太さんにもぜひ読んでいただきたい本があるんです
ああ、そのうちね……
またね
ああ
それぞれ逆方向に歩きはじめた。
確かに桜田は変わった。
彼とは小学校からの仲だ。
昔の彼は内気だった。
彼のことばは『ひずんでいた』。
彼の口はイ段が言えない。
50音のうち8音が単なる吐息に聞こえる。
彼はその欠落を恥じていた。
事実小学校ではからかわれていた。
彼はそのため長く沈黙していた。
口を開かせたのは可南太だった。
彼にこうアドバイスしたのだ。
自分を“宇宙人”だと思えばいい――。
だから地球の“ことば”なんて、
下等な言語はうまくしゃべらないのだ、と――。
その可南太の戯れ言に桜田は励まされたらしい。
以来彼は口を噤むのをやめた。
彼はむしろ可南太よりも外向きになった。
それでも彼は内気さを秘めてはいた。
高校からそのきらいは再び強まってきた。
学校が地元から離れているせいもあるだろう。
1年生の頃は可南太ともクラスが別だった。
桜田は1年間、押し黙った。
そのクラスで一緒だったのが今の彼女の大知だ。
大知が桜田を好きになった理由は何か。
無口なところがクールでかっこよかったから――。
皮肉だ。
そうして今や、
桜田は可南太よりも大知にも影響されている。
可南太は枯れ葉を踏んで家に帰った。
可南太
怒気を含んだ声だった。
何これ
母親が手にしていたのは可南太の薬袋だった。
全然飲んでないじゃない
可南太は頬を掻いた。
飲むと頭が働かなくなる
処方は絶対厳守よ
最近何か変わったことは?
ないよ
ほんとに?
ないってば
なら、いいけど
あったらすぐ知らせるのよ
わかってるよ
ご飯食べたら今日から飲むのよ
はいはい
可南太は跳ね起きた。
…………
また幽霊2号がいた。
今晩に必死そうに語りかけてきている。
…………
…………
その仕種が可南太を苛立たせた。
聞こえねえよ
と可南太は彼めがけてペットボトルを投げつけた。
ボトルは壁にぶつかり落ちた。
会話が無理なら工夫しろよな
あの子みたいによ……
可南太は布団を被った。
…………
思い立ち、起き上がった。
幽霊2号の許へと歩み寄る。
ボトルを拾い、ベッドに掛け、喉を潤した。
そして寝た。
ごめんよ
桜田が可南太に詫びた。
今日は……
あいつが弁当、つくってきてくれてるんだ。
だから学食は……
……そうか
また誘ってよ
…………
……大知の弁当がまずかったから、来い
俺はいつもの席にいる
『○○○○! ○○○○です! ※※党後任候補!』
選挙カーの声が鳴り響いている。
『○○! ○○○○をよろしくお願いいたします!』
その声が最も近く、大きく響いた。
瞬間的に空気が変わる。
可南太はあたりを見まわした。
……
あの少女だ。
少女に接近し、可南太は驚愕した。
少女の髪に薄茶の色が差してある。
彼女から可南太への返信だった。