第2話
第2話
…………
響は本を閉じ、溜め息を吐いた。
この本もどうやら役立ちそうにない。
この1週間、響は特異な本を読みあさった。
脳科学からオカルトに至るまで、だ。
本来、超常現象とは無縁だった。
変化の契機は幽霊との遭遇だった。
響は毎日視る。
学校の中なら場所を問わなかった。
引き金は音だ。
例えば寺の鐘、戦闘機の音、選挙カーの声――。
が、原因は突き止められていない。
内的なもの、つまり自分自身の病気か。
外的なもの、つまり幽霊は実在しているのか。
その問いは、
突き詰めたところで答えに達せそうにはない。
響の今の関心は、
幽霊とのコミュニケーション法だった。
わけがわからないなら、
とりあえずわからないままで、いよう。
そしてひとまずコンタクトしてみよう、
そう考えたのだ。
読書か?
同じクラスの大知だった。
響は図書室に誰もいないのを確かめ、口を開いた。
それ以外の用途がありますか、図書室に
仮眠室ではありませんよ?
ここでしか落ち着いて眠れないんだ
では家に帰ったらどうです?
家は家で落ち着かない
そういえば、もう体調はいいのか?
ここ1週間、様子がおかしかったな
別におかしくありませんよ。
あなたの17年の人生に比べれば
返す言葉が見つからねえ……
で、何について調べてたんだ?
コミュニケーション、です
そんなもの。友達ならこの私がいる
でも、大知さんは生きています。
私が必要としているのは、死者と語る術です
そんなものを身につけてどうする。
友達は生きていてこそだ。
死んでる奴と仲良くなりたいのか?
それも悪くありませんね。
特にあなたと接してるとそう思えてきます
響
私だって傷つくんだぞ……
響は手を挙げ、また考えにふけった。
学校で遭遇する幽霊。
彼の眼は明らかに響を認識していなかった。
いつだったか響は自らの眼で彼の眼を探った。
そこに自分の姿は映らなかった。
それに、彼も反応していなかった。
あの幽霊は話さない。
だとすると、
口語を介さないコミュニケーションが要る。
あの幽霊は動かない。
だとすると、
運動を介さないコミュニケーションが要る。
そんなものは可能なのか――。
大知があくびをした。
死んでいる人とのやりとりか……
私としては、お墓とか、お線香とか、お供えのイメージだな
お墓……
響は墓石を思い浮かべた。
石には字が彫り込まれている。
話し言葉は無理でも、書き言葉は通じるかもしれない。
何かしらの記号でも、いい。
大知さん
あなたにお願いがあります
本気か?
大知がサインペンに目を落とす。
これ油性だぞ?
だからこそです
やれやれ
お前の考えることは理解不能だ
形を間違えないでください
と響はルーズリーフを突きつけた。
大知は首を縦に振ったが、
見るからにまだためらっていた。
いいのか?
どうぞ
いくぞ……
サインペンの穂先が頬を7カ所つついた。
響は手鏡のなかの顔をながめた。
頬に7つのほくろができた。
以前幽霊を観察したとき発見した。
彼の頬にはほくろがあった。
北斗七星を想起させる布置だった。
今、その星座が響の頬にも描かれている。
響はピンで髪を留め、その頬をさらした。
帰りにラーメン屋でもよらないか?
あのお店ですか?
食べ過ぎて背中が痛くなります
じゃあ他のところでもいいよ。ケーキ屋とかどうだ?
甘い物は思考を鈍らせます
ならお前の好きなところでいいよ、もう
踊り場で響は立ち止まった。
戦闘機の音が迫ってくる。
学校は田園を隔てて基地と接していた。
戦闘機が真上の空を切り裂く。
その叫びが響の耳を引っ掻いた。
そして彼が――幽霊があらわれた。
…………
彼はこの頬のメッセージを汲んでくれるだろうか。
そう考えながら響は彼とすれ違った。
ふたりは下足場まで下りた。
あ
響、隠れてろ
奴がいる
大知の忠告を響は無視した。
あ、こら……
私は逃げません
逃げるのは
主義に反しますので
相手はすぐ響に気づいた。
よう
桜田だった。
桜田は部活の戻りらしくサッカーのユニフォームだった。
元気?
響は会釈した。
待てよ
桜田が近寄ってきた。
体から土と汗がにおった。
響は下足箱に向き直った。
大知とは話して俺とは話さねえのか
…………
もう暗い。
送ってってやろうか
響はローファーに手を伸ばしながら、
後ろにいる桜田に振り向いた。
結構です。
甘やかされると癖になりますから
俺は一向に構わねえよ。
いつだって一緒に帰ってやるけどな
響はそっぽを向いた。
桜田が鼻で笑った。
俺がそんなに嫌いかよ
何送ってもろくに返事もくれやしねえ
いちいち返していたらキリがありませんので
それだけ好きなんだよ俺は、お前が
私は好きではありません
双方の合意に達していません。
ですので交際は不可能かと
桜田
いい加減にしなよ
大知が手の骨を鳴らした。
桜田は舌を打ち、身を翻した。
足早に階段を駆け上がっていく。
あ、そういや
桜田は足を止め、手すりから身を乗り出していた。
どうしたんだ、その顔
響は手で頬を隠した。
裏の寺で鐘が衝かれた。