【第十四話 】
『船橋』


左右田は焦っていた。
持ち前の運動神経と、『体育会系だから丈夫』と自負するだけあり、大したダメージを受けずにトレーラーの中まで来ていたのだ。
だが、この焦りは抑えきれない。思うようにUC-SFのスーツ『A-シリーズ』が着れない。そもそもこのスーツは一人で装着する様に作られてはいなかった。

誰かの手を借りて装着させてもらう。

だが『やってやれない事はない』と、左右田は頭の中で何度も言葉を反復させ、『シャツの腕のボタンだって一人で止めれる様になるじゃないか』と、独自の理論を成立させるべく、壁や机にスーツを擦り付けながら、なんとか装着していた。

後は当部を守るヘルメットだけという所で、トレーラーの扉がゆっくりと開いた。

うう、うぅぅぅ・・・



うめき声と同時に入って来たのは船橋だった。彼の腹部からは夥しいほどの出血が見て取れた。

船橋さん!



船橋は直ぐに地面へ倒れ込み、身体を仰向けにするのがやっとの状態だった。装着するヘルメットを投げ捨てて、左右田は船橋の元へと駆け寄る。

左右田・・・き、聞け。大宮社長だ。アイツが・・・ホシだ

大宮!?わかりました!だから、もう喋らないでくだ―――



左右田は船橋が銃を握っている事にその時、気が付いた。
この腹部の傷は交戦して受けた傷なのか?いや、違う―――これじゃまるで―――。


考えがまとまる前に、左右田は船橋に激しく押された。

ちょっ!いきなり何を―――してるんですかっ



左右田は直ぐに船橋に飛び付いた。
明らかな重症の船橋には酷な事なのかもしれないが、その船橋の動作は見過ごす訳にはいかなかった。

そう、それは自分のこめかみに銃を突き立てるその仕草。

どけ・・・左右田

イヤです。その銃を離してください

どくんだ・・・じゃないと、奴が―――来る



船橋の目が大きく開いたその時だった。船橋の腹部が大きく脈打つ。

左右田ぁぁぁ!離れろぉぉぉ!!


直ぐに判断した。
『離れろ』、つまり『オレから離れろ』

左右田が離れたと同時に、船橋の腹部から2本の赤い触手が飛び出し、触手は躊躇する事無く真っ直ぐに左右田に襲いかかって来た。

一本を半身で避け二本目が左腕に巻き付く、しかしそれは左右田の計算通り。
右手には既に銃が握られていて、巻き付いた触手を撃抜く。

これは―――オメガ!?



銃声がまた鳴る。
船橋だった。自分の腹部を撃つ事で触手を切断した。

その行動を見た時、左右田の脳内で全てが繋がった。あの腹部の傷は何度も自分で撃抜いたからできたのだと。船橋は犯人を伝える為に自分の命を犠牲にして、ここまで来た。つまり―――各地で現れるようになったオメガは人為的なものだと言っている。

考えを巡らせていると船橋は再び自分のこめかみに銃をあてる。

さっきは理由が見えず、飛び付いて止めたが今の左右田に止める事はできなかった。

そんな左右田の姿を見て船橋は笑う。

お前に・・・殺させるわけには



少ない言葉だったが左右田にはしっかりと意味は取れた。仲間殺しという罪の重圧を背負わせるわけにはいかないという船橋の優しさ。

ふ、船橋さん!俺の見立てだと、その傷は今直ぐ病院に行けば100%で問題ないと



明らかに上ずった声でその場にそぐわない言葉は滑稽だったが、それが今できる最大の事だった。

俺は・・・お前みたいに、、、丈夫じゃない

コレは丈夫だからとかじゃないんです。そんな傷は普通に大丈夫っす!

一緒・・・に、働けて、、、よかった

俺もです!―――いや、これからかも一緒ですって、船橋さんいなくなったら俺、クビになっちゃいますって。ほら・・・暴言とかで―――だから、だから

左右田、、、うしろ



それは条件反射に近い動作だった。言葉を聞いて身体を左側の比較的広い空間へ回転させ、船橋の言う後方へ銃を構える―――が、何も無かった。物も人も敵も。視界に入るのは変わりないいつもの景色。


銃声がトレーラーの中に響いた。

船橋は自らの頭部を撃抜き自害した。

だから、だから、……しっかり、しっかりしますから



左右田は船橋の方を見ようとはしなかった。見ずに小さな声で何度も何度も呟いた。

俺。しっかりしますから。しっかりしますから。しっかりしますから

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