ザザッ……ザ……ザ……。
泥沼の底に沈んでいた私の意識は、耳障りなノイズで引っ張り出される。
うつ伏せに寝ている自分の状態を確認する。ノイズは左耳から聞こえ、激しい雨の音のようにも聞こえた。
確か……自分の部屋のベッドで寝たから、左側に窓があるはずだ。

雨……か……

 私の腫れた瞼は重く、身体だけでも起こそうとすれば、全身が痛みで引き攣り、悲鳴を上げる。

いっ……た……

 乾いた唇から洩れた私の声はひび割れ、自分の声だと思えない、思いたくない。
 でも……行かないと。あの子の所へ。
 

よしっ……起きろ、ミズ。仕事だ。起きろ起きろ、目を開けろ!

 自分で自分を叱咤して、何とか起き上がる。油断をすると、すぐにベッドに引き寄せられる身体を無理やり立たせ、窓を見る。
 ……雨など降って無かった。雲一つない快晴。絵に描いたような気持ちのいい朝。そうだった。異変が起きてからは、ずっと快晴だったんだ。どうやら、脳の方もガタがき始めたらしい。

さあ、迎えに行きましょうか……私のお姫様


 家を出ると、雀の声、車の走る音が聞こえ、どこかの家から朝食を作る音、テレビの音も聞こえる。平凡な朝の生活音。
 でもね、音だけなんだよね。電線を見上げても雀の姿は無く、道を走る車の姿も無い。窓が開けっ放しの家の傍を通る。朝食を作る何かを焼く音が聞こえるけど、匂いはない。テレビは黒い画面のまま、若い女の子たちの笑い声がする。
 
 ……ああ、急がないと。あの子の所へ。
 あの子がいる場所はわかってる。学校の屋上。
 
 学校に響く生徒たちのざわめき、朝の授業開始を知らせるチャイムの音。
 音だけの無人の学校は、怖さよりも寂しさが際立つ。それはきっと……私の気持ちのせいだと思う。

 屋上への扉には、鍵が掛って無かった。扉自体は錆びていて、開けるとギィーという耳障りな音を立てる。しかし、思ったよりも扉は軽い。

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