望月 希

今の……は……?

笠原 裕樹

おい! 大丈夫か!?

 望月は頭に手を当てた。
 涙が溢れてくる。
 目の前の少女は今まで、こんな思いで居たのか。

……全部、伝わっちゃったんだね。
あなたを憎んだこと、あなたには、知られたくなかったのに……。

望月 希

あなたが、あの毛玉?
あの毛玉……私、見覚えがある……。
遠い、昔……。

え?

望月 希

そうだ……、包丁を渡されたとき、変に懐かしかったのはそういうことだったのね。

覚え……てるの?

望月 希

……ごめんなさい。
ほとんど忘れちゃってる。
けど、時々、あの毛玉を思い出すことがあったの。

笠原 裕樹

……もしかしてその毛玉って、白いか?

望月 希

そうだけど、なんで知ってるの?

笠原 裕樹

今日、中学校でお前の絵を見せてもらったとき、1枚、それらしい絵を見たよ。

そう……なんだ。
覚えてて……くれたんだね。

 少女の記憶を見た影響か、望月の記憶が蘇る。
 どれも、大切な記憶だ。

望月 希

どうして……今まで忘れてたんだろう。

ここは、夢みたいなものだから。
夢のことなんて、起きたら忘れちゃう。
それと同じ。

でも、最後に思い出してくれて良かった。

望月 希

え?

私のことがあなたの心に残っているのなら。
私には意味があったんだってあなたが覚えててくれるなら……。
私はそれでいいの。

外に帰ったらまた忘れちゃうかもしれないけど、時々でもいいから思い出してくれたら……嬉しいな。

 望月と笠原の体が、うっすらと消えていく。

笠原 裕樹

おい、これ……。
夢から覚めるのか?

望月 希

ちょ、ちょっと待ってよ!
あなたはこれからどうするの?
また1人で生きていくつもり?
まさか、死ぬ気じゃないでしょうね!?

 少女はその質問に答えず、ただ微笑んだ。

今更こんな事言うのもあれだけど……。
元気でね。

望月 希

待ちなさい!
話はまだ……

終わって……

 2人の体は、完全に見えなくなった。

 支えを失った女の子が、下に落ちる。

さようなら。
私の、友達……。

 少女は自分の胸にナイフを当てた。

さようなら。
私たちのセカイ。
あの子と、のんちゃんと引き合わせてくれて……ありがとう。

 少女はナイフを持つ手に、力を込めた。

……?

あ、あれ?

 ナイフを、体に刺すことが出来ない。
 心情的な理由だろうか? それもあるかもしれない。しかし、そうではない。
 いくら少女が力を込めてもナイフが、いや、ナイフを持つ手が微動だにしなかった。

なんで?

話は……まだ……。

!?

望月 希

話はまだ、終わってないわよ!

 消えたはずの望月が、色を取り戻していく。
 その両手は、少女の腕をがっしりと掴んでいた。

笠原 裕樹

……お前が戻したのか?
お前、出たいのか出たくないのかどっちなんだよ。

望月 希

ごめんね裕樹。
もうちょっとだけ付き合ってね。

笠原 裕樹

まぁ、ここまで来れば、そりゃ最後まで付き合うけどな。

……その子も置いていけないしな。

 笠原は、地面に居た女の子を抱え直した。

……。

笠原 裕樹

あと少しだけ、おとなしくしててくれよ。

ど、どうやって戻ってきたの?

望月 希

このセカイの記憶が戻ったのよ?
私だって、このセカイの使い方を少しは知ってるわ。
そもそも、私の夢だしね。

望月 希

……あなた、1人だけ残ってどうするの?
死ぬつもりだったんでしょ?

……。

望月 希

あなたの言う通り、私はもうこのセカイ無しでも生きていける。
だから、このセカイはここで終わりにしましょう。

 望月がそう言った途端、空が切り裂かれ、辺りの景色が一変した。
 校舎が崩れ、消滅していく。

望月 希

でも、あなたはここに置いて行かない。
あなたも連れて行くわ。

え? でも……。
私は夢の中だけの存在だから……。

望月 希

別に、実体が無いなら無いで、他にやりようがあるんじゃない?

私の心の中とかどう?
結構住みやすいわよ。

笠原 裕樹

自分で言うな。

望月 希

まぁまぁ。

でも、私はあなたを殺そうと……。

望月 希

でもでも言わない!
私だって同じくらいひどいことしたんだから、お互い様でしょ。

望月 希

このセカイは私のためのセカイなんでしょ?

だったら最後に、わがまま聞いてもらおうじゃない。

望月 希

私と一緒に来て。

もう、あなたを1人にはしないから。

あなたのことを思い出した以上、私のセカイにはあなたが居てくれないと困るわ。

ちゃんと思い出させた責任取ってよね。

……うん……。

終わりが、来る。

遠くであなたが悲しんでいるんじゃない。

隣であなたが笑っていること。

それが、私が望むセカイ。

行きましょう。一緒に……。

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