目の前に、泣いている女の子がいる。

"どうしたの?"

 女の子は一瞬驚いたようだったが、ぽつりぽつりと理由を話してくれた。

あのね。
友だちとさよならしなきゃならないの。
お父さんたちが、遠くに行くからって……。

"そう、それは残念だね……"

いつもそう。
友だちができても、すぐにさよなら。
さみしいよ……。

 女の子は、また泣き出してしまった。

"……ねぇ、それなら僕と友だちになってよ"

あなたと?

"僕は、いつでもここにいる"
"さよならすることはないよ"
"いつでも、会いに来ていいからね"

ほんと?
いいの?

"うん"
"僕は、そのために居るんだからね"

……ようこそ、君と僕のセカイへ。

 いつからか。
 僕はここにいた。

 自分が何者かもわからない。

 わかっているのは、このセカイも、僕も、あの子のために存在しているということだけ。

 いつも友達と別れて悲しんでいるあの子のための、別れることのない友達。

 それだけわかれば十分だった。

今日は新しいお友だちを紹介します!

 そう宣言するやいなや、あの子は僕に触れた。

 お人形さんのイメージが、僕の中に流れ込んでくる。

この子は?

めがちゃん!
お母さんが買ってくれたんだ。
この服もお母さんが作ってくれたの。

へぇー。
すごいね!

でしょ?
あーあ。
めがちゃんも連れてこられたらなあ。

ちょっと待っててね。

 僕はすぐに、あの子のイメージからそのお人形さんを作り上げた。

……。

わっ、めがちゃん!
動いてる!
すごい!

お話はできないけどね。

めがちゃん、これからよろしくね!

……。

 沢山お話した。

 沢山遊んだ。

 楽しかった。

 あの子が笑ってくれるだけでセカイは明るくなった。

 あの子が笑ってくれるだけで僕も嬉しかった。

中学校、どう?

うん、すごく楽しいよ。
今日は、中を探検してきちゃった。
ほら、こんな感じ。

 そう言って、中学校のイメージを見せてくれる。

でも、屋上には入れないみたい。
それでもなんとかして入ろうと、
皆頑張ってるんだよ。
入れたら、また教えてあげるね。

うん。
楽しみにしてるね。

あ、そうだ。
今日お母さんが言ってたんだけど、
もう引っ越しすることなくなるんだって。

本当に?
じゃあ、
もう友達とお別れしなくてもいいんだね。

うん。本当に嬉しい!
今まで出来なかったから、
委員会とかやってみたいの。
それから……。

 僕も嬉しかった。

 もう、あの子はつらい思いをしなくて済むんだ。

 でもその反面、不安もあった。

 あの子がもう、お友達と別れることがないのなら。

 僕の存在意味は、どうなるんだろう。

そろそろテストだよ。
今日もさゆりちゃんに勉強見てもらったの。
よく教えてもらうんだけど、すごく分かりやすいんだ。

すごいんだね。さゆりちゃん。
負けないよう、頑張ろうね。

うん。
ほら、こういうのも教えてくれるの。

見せてくれても、僕にはわからないよー。

じゃあ私が教えてあげる!

あはは、お願いするね。

 あの子がこのセカイに来る頻度も、随分と下がった。

 お話の内容も、中学校や友達のことが中心。

 それは、良いことのはずだった。

……。

 今日も、あの子は来ない。

 もう、このセカイや僕のことなど、覚えてもいないだろう。

 きっと、もうこのセカイが無くても、平気なんだ。

 それはとてもいい事。


 でも、何故だろう。



 とても、苦しいんだ……。

 どうすれば、またここに来てくれるだろう。

……。

 姿を似せてみた。

 これで私も、外の友達と同じ。

 セカイを似せてみた。

 あの子の話を元に作り上げた、偽物のセカイ……。

 これでここも、外のセカイと同じ。


 ……。


 こんな事をして、何になるんだろう。

 あの子は元のセカイに帰った。

 これで良かった。

 わかってる……。

 随分と、時間が経った。

 やっぱり、あの子は来ない。

 でもそれは、良いことなんだ。

 何度も繰り返した言葉を、また繰り返す。

 それは良いこと。これで良かった。わかってる。

 でも……。

寂しいよ

 あなたが居なければ、私はこのセカイで1人。
 お人形さんは、話し相手にはなってくれない。

悲しいよ

 あなたが居なければ、このセカイに意味は無い。
 このセカイも、私も、あなたのために在った。
 今は無価値。

悔しいよ

 私は、あなたに捨てられた。
 私はあなたを助けた、あなたは助けてくれないの?

 あの子は悪くない。

 わかってる。

 外に出れば、このセカイのことは忘れてしまう。

 わかってる。

 覚えていられても、外からじゃ何も出来ない。

 わかってるのに……。

ダメ……。

憎い

 私を閉じ込める、このセカイが憎い。
 意味の無くなったセカイ。
 もう壊れてしまえばいいのに。

憎い

 こんな事を考えてしまう私が憎い。
 どうして、こんな気持ちになるの?
 壊れてしまえば、楽になるのに。

憎い

 私を置いて行った、あなたが憎い。
 あなたのせいでこんな気持ちになるのなら。
 もういっそ、壊してしまおう。

……ごめんね。
あなたにこんな事をさせて。

……。

 女の子は、校舎の中に消えていった。

 あの子がしてくれた話を元に、罠も仕掛けた。

……どうしてこんな、
回りくどい事をするんだろう。

 わかってる。

 本当は、殺す気なんてない。

 でも、あの子が居る限り、このセカイも在り続ける。

 セカイが在り続ける限り、私もまた……。

……。

……。

これを。

 "私"を分けて、包丁を持たせる。

 私にはもう、耐えられない。

 でも、あの子を殺すことはできない。

 だからせめて、あの子の手で、終わらせて欲しい。

このセカイを。この、私を……。

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