夏は次第に暑さ厳しいものになっていく。日中の火照った身体を冷やすのは、宵の涼風だ。
儀式を終え、新たな宮へ移った冴弓は、その場所に不慣れゆえの居心地の悪さを感じつつも、胸のうちは凪いだように静かだった。
冴弓は、人払いをした自室でしばらく考えごとをして過ごし、夜も深まる頃になってから、東宮へと使者を遣った。それから女官を呼んで簡単に身支度を手伝わせると、一人、目的の場所へ向かって廊下を渡った。
冴弓が歩いて辿り着いた先は、正殿の南に広がる玉砂利の庭。特別な儀礼の場である正殿は、大内の中でももっとも大きな御殿で、その庭にあたるこの場所もまた広大だ。
庭の、正殿にほど近い場所には、桜の木と橘の木が一本ずつ、従順に控えている。その桜の木の枝の下に、冴弓は留まった。瑞々しい色をした葉桜の向こうに、煌々と照る月が見える。
夜風に揺れる枝葉の音を聴きながら目を閉じていると、ほどなく玉砂利を踏む人の足音が聞こえた。
冴弓は目を開き、畏まってその人物を迎える。