望月 希

早く……離れないと……。

 焦る内心とは裏腹に、鉛のような体は言うことをきかない。

 次第に視界がぼやけ始める。

望月 希

嘘……、私、ここで死ぬの……?

望月!

 誰かが呼ぶ声が聞こえる……。

 誰……?

おい! 望月!
目を開けろ!

 望月は、やっとのことで目を開けた。

笠原 裕樹

望月!
良かった。無事か?

 望月が目を開けると、目の前に、心配そうに覗きこむ笠原が居た。今は、安堵の表情に変わっている。

 何故、ここに……?
 いや、それよりも……。

望月 希

……花…………へ……。

笠原 裕樹

どうした?
花がどうかしたのか?

 笠原は、望月に耳を寄せて聞き返した。

望月 希

あの花から遠くへ……。

笠原 裕樹


花から、離れればいいのか?

 状況が飲み込めない笠原だったが、望月の言うことに従うことにした。
 望月を抱え上げ、その場から離れる。

 もう、音楽は聞こえない。

笠原 裕樹

これくらいでいいか?

望月 希

うん。
もう大丈夫、ありがとう。

 音楽が聞こえなくなったためか、体調が回復してきているようだった。

 なんとか体を動かすくらいはできる。

望月 希

裕樹……、どうやってここへ?

笠原 裕樹

わからん。

俺が覚えているのは、お前の様子を見に、家を尋ねたところまでだな。

お前の部屋で突然睡魔に襲われたと思ったら、気づけばこんな状況だ。

望月 希

様子を見に?
どうして?

笠原 裕樹

どうしてってお前、
もう2日は眠り続けてるんだぞ。

望月 希

そ、そんなに?

笠原 裕樹

自覚が無かったのか?
夢の中だし、仕方ないといえば仕方ないか。

というか、ここが例の夢の中ってことでいいのか?

望月 希

うん。
そうだよ。

笠原 裕樹

そうか。
冗談みたいな話だが、すでに異常な事態の中には居たわけだし、今更驚くことでもないか。

笠原 裕樹

それに、この状況は俺にとって願ったり叶ったりだ。
いっそお前の夢の中に入れればいいのに、そう思ってたのが効いたのかもな。

望月 希

私の夢に? どうして?

笠原 裕樹

あれから、日高と中学校に行ったんだがな、何もわからなかったよ。

正直言って、
外からじゃ手の打ちようがない。

じゃあ、中からなら? そう考えたんだよ。

どうだ? この夢の原因みたいなのは見つかってないか?

望月 希

それなんだけど……。

 望月は、夢の中で起きた出来事を、笠原に伝えた。

 校庭で出会った少女のこと、幾度も命を狙われていること、そして、この夢から抜け出す方法のこと。

笠原 裕樹

なるほど、その少女がお前をこの夢に閉じ込めたと。
俺を夢の中に引きずり込んだのも、その少女の仕業なんだろうな。

これで原因はハッキリしたが、目的がわからない、と。
聞いた限りじゃ、お前を殺すことが目的みたいだが、それだとこのタイミングで俺を夢の中に引きずり込んだ理由がわからん。

望月 希

そもそも、ただ殺したいだけなら、こんな回りくどい方法をとる必要もないしね。

それに、命を狙われてはいるけど、どれも本気には見えないというか。

さっきの花にしても、音が小さすぎて、通り過ぎるところだったしね

笠原 裕樹

こればっかりは、考えてもわかりそうにないな。本人に直接聞くのが一番早そうだ。

笠原 裕樹

少なくとも、原因と解決方法は既にわかっているわけだ。

望月 希

うん……。

 望月の手には包丁が握られている。
 少女を殺せば、この夢から出られるというが……。

笠原 裕樹

殺せ……って言われてもな……。
お前、自分に出来ると思うか?

望月 希

無理だと思う。
だから、できるだけ話し合いで解決できればいいんだけど……。

笠原 裕樹

だろうな。

笠原 裕樹

ただ、その毛玉ってやつも怪しいんだよな。
なんで原因がその少女で、殺せば出られるって知ってるんだ?

望月 希

……そういえば、なんでだろ?

笠原 裕樹

はぁ。
謎を解決するたびに、
謎が増えていく感じだな。

望月 希

思ったんだけど、この夢のベースは、確かに私の記憶。

でも、斧を持った女の子は私の記憶に無いし、現実の花は当然音なんて出ない。

つまり、これらはあの子が創りだしたってことだよね?

笠原 裕樹

……そういうことになるな。

望月 希

それって、毛玉もあの子が用意したってことなの?

笠原 裕樹

ますますわからんな。
それじゃまるで、

笠原 裕樹

少女はお前を殺そうとしてるんじゃなく、むしろ殺されようとしているようじゃないか?

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