しばらくして、大森が幾つかの絵を抱えて戻ってきた。

大森 慎吾

お待たせしました。

日高 さゆり

結構あるねー。

笠原 裕樹

あ、俺達の絵もあるな。

松原 丈史

そっくりに描けてんなぁ。

大森 慎吾

人物画もですが、
望月さんは風景画が特に素晴らしいですね。

日高 さゆり

確かに、
希は景色を描くのが好きだったよね。

笠原 裕樹

学校の絵は……、あんまりないな。
もしかしたら絵の中に何か、
と思ったんだが。

笠原 裕樹

ん、なんだこの絵?

 笠原の目に止まったのは、真っ白な円に顔が描いてある、奇妙な絵だった。

日高 さゆり

なんだろこれ。
何かのキャラクターかな?

笠原 裕樹

饅頭みたいだな。

日高 さゆり

饅頭に見えなくもないけどね。

大森 慎吾

ああ、その絵、
他の絵と比べるとちょっと浮いてますよね。

以前、望月さんが訪ねて来られた時に、
その絵について聞いてみたんです。
そのキャラクターは、
望月さんもよく知らないそうですね。

日高 さゆり

え、こわい。
無意識に描いてるってこと?

大森 慎吾

そういうことではないと思いますが……。

笠原 裕樹

覚えのないキャラクターの絵か……。
怪しくはあるが、
今回の件には関係無さそうだな。
まぁ、一応覚えておくか。

日高 さゆり

んー。
他の絵は特別怪しいところはないね。

笠原 裕樹

そうだな。
絵については、ここまでにしておくか。

笠原 裕樹

ありがとう。助かったよ。

大森 慎吾

いえいえ。
それじゃあ、戻しておきますね。

日高 さゆり

ごめんねー。ありがとう。

笠原 裕樹

それじゃあ、俺達は行くよ。
……すまんな、突然来て、
作業の邪魔しちゃって。

大森 慎吾

気にしないでください。
休憩しようと思っていたところですから。

日高 さゆり

ほんといい子だねー。

大森 慎吾

あ、1つお願いしてもいいですか?

また望月さんに絵を見てもらいたいので、
お暇な時にでも顔を出して欲しいんです。

望月さんに伝えていただけませんか?

笠原 裕樹

ああ、わかった。
伝えておくよ。

日高 さゆり

そういえば、3人で来ようって約束したばかりだったんだよね……。

笠原 裕樹

そうだったな……。

笠原 裕樹

また来よう。
今度は望月を連れて、3人でな。

日高 さゆり

わー、懐かしいね。
やっぱりこっちの図書館の方が落ち着くよ。

笠原 裕樹

なんで、図書館に来たんだよ。
ここに手掛かりは絶対に無いぞ。

日高 さゆり

……確かに。
希、全然本読まなかったもんね。

日高 さゆり

私が図書館行こうよーって誘っても、
頑としてノッてくれなかったし。

松原 丈史

望月は国語の成績があまり良くなかったな。
まぁ、出来ないことには徹底的に目を瞑るのも1つの選択だ。

日高 さゆり

それにしたって、
一度くらい来てくれても良かったのに。

もしかしたら、図書館の場所すら知らずじまいだったんじゃない?

松原 丈史

ハハ、有り得るな。

笠原 裕樹

まぁ、ここには何も無さそうですし、次行きましょうか。

笠原 裕樹

そういえば、屋上はまだ閉鎖されたままなんですか?

松原 丈史

いや、もう開放されている。

……そうか。
そういやお前らは、
一度も屋上を見てないんだったな。

日高 さゆり

そうだねー。
私たちが入学した頃には、
もう閉鎖された後だったしね。

松原 丈史

屋上の柵も随分ボロくなってたからな。

校舎の改装ついでに直すことにしたものの、屋上を閉鎖してるのをいいことに後回しに次ぐ後回し。

結局屋上が開放されたのは、お前らが卒業した1年後ぐらいだったよ。

日高 さゆり

皆、あの手この手で入ろうとしてたよねー。
こっそり鍵を盗もうとか、校舎の壁を登ろうとか。

ある種の伝説みたいになっちゃって、挙句の果ては屋上への隠し階段の噂が流行ったりね。

松原 丈史

あったなぁ、そんな話も。
お前も何度か忍び込もうとしてたよな。

そうだ、折角だし記念に見ていくか?

笠原 裕樹

いや、今日はやめておきましょう。
俺達は一度も屋上を見ていませんから、
恐らく望月の夢にも関係ないでしょうし。

日高 さゆり

そうだねぇ、
また3人で来た時に見せてもらおっか。

松原 丈史

そうか。
それじゃ、屋上は次回のお楽しみだな。

笠原 裕樹

ええ。そうしましょう。

日高 さゆり

懐かしいね。
希と一緒に手入れしたっけ。
なっだったかな。
いきもの当番みたいなの。

松原 丈史

環境委員会のことか?

笠原 裕樹

全然違うじゃねーか。

日高 さゆり

細かいことはいいの。

希とよくここで歌ったり、
絵を描いてもらったりしたなぁ。
ここも、希にとって印象深いところだと思うよ。

松原 丈史

なんでまた、ここで歌なんだ?

日高 さゆり

花に歌を聴かせると、綺麗に育つんだよ。

松原 丈史

へぇ。
それは知らなかったな。
まぁ、ここは民家に近いから、迷惑にならない程度にな。つっても遅いか。

笠原 裕樹

それはいいとして。
ここにも手掛かりは無いようだな……。

日高 さゆり

今のところ収穫0じゃない?
大丈夫かなぁ……。

 その後も進展が見えないまま時間だけが過ぎ、あっという間に日が沈み始めた。

笠原 裕樹

……もう、こんな時間か。
今日はここまでにしよう。
すみません、先生。
長々と付きあわせてしまって。

松原 丈史

俺のことはいいんだよ。
お前らこそ大丈夫か?
何もわからなかったんだろ。

日高 さゆり

結局見つからなかったね。手掛かり。

笠原 裕樹

それについては仕方がない。
元々アテのない話だったんだ。
……また、次の方法を探すさ。

松原 丈史

まぁ、しばらくは望月と一緒に居てやったらどうだ。
別に病気ってわけじゃないんだろ?
ずっと声をかけてやれば、そのうち起きるかもしれん。
もしかしたら、もう起きてるかもしれないしな。

笠原 裕樹

そうですね。
ありがとうございます。

日高 さゆり

あ、先生。
お昼に教室で言ってた方法、
試してみていい?

松原 丈史

おいおい。
本当に寝るつもりか?

……まぁいい。気の済むまで試せ。
それじゃ、
待ってる間に答案の採点でもすっかな。

日高 さゆり

そういうわけで、私はもうちょっと残るね。
笠原は希の側に行ってあげて。

笠原 裕樹

ああ、悪いな。

日高 さゆり

帰る頃には夜中だろうし、
私は明日また希の家に行くね。

松原 丈史

夜中ってお前、何時間寝るつもりだ?
流石に、そんな時間一人歩きさせるわけにはいかねーよ。
1時間ぐらいしたら起こすぞ。

日高 さゆり

いいじゃん。
帰りは先生が送ってくれるんでしょ?

松原 丈史

お前は少し、遠慮ってもんをだな……。

松原 丈史

まぁ、いい。
友達のために色々行動するのはいいことだ。
今日のところは大目に見てやるよ。

笠原 裕樹

俺も、明日も望月の家に行くよ。

また明日な、日高。
先生、日高をお願いします。

松原 丈史

おう。任せとけ。
次顔見せるときは、望月と一緒にな。

日高 さゆり

それじゃ、また明日ね。

あら、いらっしゃい……。

 笠原は望月家にやってきた。
 望月の母が応対してくれたが、その顔色を見るに、まだ望月は眠ったままのようだ。

笠原 裕樹

……その様子だと、
まだ眠ったままのようですね。

笠原 裕樹

望月の側に居てやりたいんですが、
上がらせてもらっていいですか?

……ええ、そうね。
お願いするわ。

 昨日と変わらない部屋で、望月が眠り続けていた。
 笠原は、ベッドの横に座り込んだ。

笠原 裕樹

望月……。
なんとかしてやるからな……。

pagetop