幕間《まくあい》

























俺、葛巻 裕太、21歳。

立体大学経済学部の3年生だ。






大学では演劇部サークルに入っている。





もともと演劇に興味はあったけど、


やろうとまでは思ったことがなかった。






じゃあ、なんで演劇部に入ってるのかって?






それは、大学の入学式の時。





僕ら2人が校門をくぐると、




うわー、すごい人だかり…



それは新入生を勧誘しようとする


色々なサークルの人々だった。


そこの君、ボディビルをやろう!
そっちの君はぜひマネージャーに!

化学部で僕と一緒に
エリクサーを作ってみようよ!

文芸部に入りませんか?
一緒にストリエに投稿しましょう!

君は野球をすべきだ!
隣の君はマネージャーだ!
一緒に野球の星になろう!

バンドやろうぜ!軽音部ヨロシク!



おびただしい量の勧誘ラッシュ。


もみくちゃにされて、逃げ出したい気分だ!


とりあえず、どこかに決めないと…



君は、演劇に興味はないかな?

あ…演劇かぁ…



どうせなら多少でも興味がある物を


と思ってこの女の人に


付いて行ったんだ。





多少奇妙な出で立ちでも…ね。










* * *




時は流れて半年。


僕はすっかり演劇部に馴染んで


演劇そのものにものめり込んでいた。
















入りまーす。

あ、センパイ!
こんにちは!

あれ?裕太くん、授業は?

えーっと…次の公演の
役がまだ出来上がってなくて…。
自主休講って事で…。

単位が足りなくなっても
知らないぞー



今では授業そっちのけで


部室に入り浸っている。



ちなみに、この人が俺を勧誘してくれた

センパイで、吉田 美也センパイ。

三学年上だ。




新歓時のなんとかキュアみたいな

派手な格好とは打って変わって

いつもは地味な感じ。


なーんか、言ったー?

いえ、なんにも…。
いつも本当に有難うございます!



どうも、人の心が少し読めるらしい。


入りまーす。

紗季ちゃん、いらっしゃーい。







* * *







早いもので、俺ももう三年生。


単位も何とかぎりぎり取れた。


そして、演劇部の部長を任されることになった。




そんな中、今年の秋の演目は


ロミオとジュリエット演じることに。



公演日程は3日間、9月のシルバーウィークに


行うわけだが、今年は特に異例だ。






なんと、その舞台が帝都新国際芸術劇場。




今年出来たばかりの大劇場だ。


普通なら俺達学生サークルで借りようものなら


それだけで4〜5年分の部費が吹っ飛ぶ大赤字だ。




だけど、卒業した美也先輩が


新国際芸術劇場のPR担当を


任される事になって、


劇場のPRの一環として


一部の団体に格安の割引で貸し出す案を


上司に提案したんだって。


この劇場の真価は使うことで
更に高まります。

まずはこの劇場の素晴らしさを
採算度外視で味わって貰うべきです。



美也先輩、カッコイイぜ…。


* * *




さて、今日は公演三日目で千秋楽だ。


少し疲れが出てきたが、まだまだ余裕だ。







第一幕の幕が開ける…










スポットライトを浴びながら


観衆の視線を一手に集めるこの快感。


まるで麻薬のようだ。



いや、もちろん麻薬なんてやったことはない。



だが、この快感は


他の言葉では言い表せない。






* * *



帝都新国際芸術劇場の舞台装置には


いろいろな最新設備を擁しており、


その分、奈落も通常の舞台より深くなっている。





舞台設営中に奈落から


セリで登場してみたが、


これは興奮する。


セリすげぇ!



セリが下がった状態も


舞台上から見せてもらったけど


ここからだけは落ちたくないな、と心底思った。




もちろん、今回は学生の中規模サークルの公演なので


セリを使うような舞台ではない。



でも、いつかはセリで登場できるような


舞台もやってみたいな…。



* * *

ああ、あの夢を思い出すとなんだか
胸が苦しくなる!



もう間もなく第一幕が終わる。


とにかく僕も舞踏会で踊ればいいんだろ?



セリフを言いながら舞踏の振りをする。




突然、後ずさりする俺の足の裏に


感覚がなくなった。



!?



目の端に飛び込んだ光景。


それは後ろに下げた足下に


ポッカリと口を開けた大きな穴。


…なんで…セリが下がってるんだ…?




背中が氷付き頭が旧回転する。



片足を舞台上に残しながら


ゆっくりと後方へと傾く体。


…まずい…
…まずいまずいまずい…



思考だけが高速に展開する


周りの風景がスローモーションに前方へと回転する。




視線を横にやると、


舞台袖には凍りついた表情の


団員や劇場スタッフ達。





次第に体が重力に負け始める。










そして、落下が始まった。














 う 
わ 
 ぁ 
ぁ 
 ぁ 
  ぁ   
  ぁ     

……

……

……

……

これが走馬灯って奴か…

……

……

懐かしいな…。みんな元気かな…。



紗季もいるや。


……

……

…死んじゃダメ!!









あれ、この娘、誰だっけ…?














































全身に激しい衝撃と痛み。





指先すら動かせない。





次第に意識が遠のく…。





















あぁ…俺…死ぬのかな…。

























気がついたら、俺は舞台袖にいた。


大丈夫?
蹲《うずくま》ったままだったから
心配したのよ?

…あれ…?

ちょうど暗転のタイミングだったから、なんとか舞台袖まで連れてこれたけど…

…渚…?

どうしたの?急に。

…あぁ、ごめん。
今は幕間か…?

そうよ…。

…大丈夫?
…続けられるの?

ああ、大丈夫だ、渚。
ちょっと悪い夢を見てただけだ。

…わかったわ。
でもムリしないでね。
代役も立ててあるから…。

さぁ、見せ場の第二幕だ。
行こう、渚。

ええ。


* * *

おぉ…ロミオ…

どうしてあなたはロミオなの?



渚が演じるジュリエット。


いつ見ても美しい。


気を抜くと自分の演技中でも


引きこまれてしまう。


ロミオ、その名前を捨てて、
私を選んで…!



窓際のセットのバルコニー下から


俺が渚の前に姿を現す。



恋人と呼んでください。
それが僕の新たな名前だ。

僕はもうロミオじゃない!

















* * *








舞台は大歓声のもと、千秋楽の幕を下ろした。







花道の後、俺と渚は片付けなら話をする。


来年はもう四年生…卒業だな。

そうね…。

渚はもう進路は決まっているんだろ?

…うん。
劇団にスカウトされてるから
そこでお芝居を続けるよ。

スカウトか…。
さっきも花道に来てたもんな。

渚はすげーな。

ゆーたは卒業したらどうするの?

俺かぁ…。
俺も舞台続けたいけどなぁ…。

一緒の劇団に行こうよ!

行きたいけど…俺には無理だよ…。

そんな事ないよ!
スカウトの人だって、
ロミオ役もいい演技してたって
言ってたよ!

え…ホント?

何より、ゆーたの演技は私が保証する!

…渚にそう言われちゃうと照れるな…。

だから、お願い!

…え…。

ゆーた、ずっと一緒にいて!

渚は俺に抱きつきながらそう言った。






この展開は想像していなかった。


どぎまぎする俺。

ゆーた…


目をとろんとさせながら


顔を近づける渚。


…なぎ…さ…



俺も目を閉じつつ、顔を寄せる。


幸い周りには誰も居ない。






ついに俺は憧れの渚と…











ゆーた!

お、紗季












憧れ…?





そうだっけ…?














うわー、すごい人だかり…

これが、大学の新歓ってものなのね。

そこの君、ボディビルをやろう!
そっちの君はぜひマネージャーに!

















おかしい…。何かが…。














今日の公演、頑張ってね!

いつも小道具や大道具の準備ありがとな。
紗季が居てくれるから助かってるよ。
















記憶の断片が、繋がりだす。









紗…季…

…!


渚の顔がさっと、青ざめた。

…ここは…
…俺の世界じゃない…

…違う…!
ここはあなたの世界だよ…。
…ゆーたと私の世界だよ!


渚が必死に否定する。


でも、俺は思い出したんだ。




俺の彼女は紗季。


いつも舞台袖で俺を支えてくれていた


紗季。



…戻らなきゃ…
紗季のいる世界に。

行かないで、ゆーた!
ここならずっと
大好きな舞台が出来るんだよ?

でもここは本当の世界じゃない…。

本当の世界だよ!
お願いだから、
ずっと一緒のステージに立って!

渚…。
…ゴメンな。

……ゆー……た……。


変わらない俺の返事に


渚は何かを諦めたようだ。


ずっと伝えたかった気持ち、
ゆーたに伝えられたのに…ね…。

また、勝てなかった…。



俺は、この世界での意識を失い始めた。


次第に、朦朧とする意識。


もう、この世界にいれる時間は


ほとんど無いのだろう。





渚は強く俺の手を握り口を開いた。

もし…





遠ざかる意識の中、渚が言った




言葉はこうだった。





もし…気が向いたら
こっちへ来てね…。

私、待ってるから…。


頭の中で何度も木霊する。

私、待ってるから…。

待ってるから…。




















…こ…ここは…?

ゆーた!!

目を覚ましたか!!



目を開けると、そこは病室のベッドの上だった。




俺の顔を覗きこむように


紗季と美也センパイがいた。



三日間、ずっと
意識不明だったのよ?

済まなかった…。
私が余計なことをしたばっかりに…。



二人とも、目にいっぱいの涙をためている。



体を起こそうと少し動かすと


全身に痛みが走り


身動き一つできない。




仕方ないのでそのままの姿勢で


俺は言った。


心配かけてゴメンな、紗季。

…ゆーた…。

センパイは何も悪く無いです。
帝都新国際芸術劇場、サイコーでした。

また、あの舞台に立ちたいです。

そう言ってもらえると…救われるよ…。



病室には2人の泣き声が木霊した。










* * *








…あれから3年。


今でもリハビリを続けている。


日常生活には差し障りの無いぐらい迄は回復した。









…だが、現実は残酷だった。







センパイは事故の責任を取り


帝都新国際芸術劇場のスタッフを辞めていた。






…俺はというと、


一つの姿勢を続けることができなくなった。


声の通りも悪くなった。






再びステージに立つのは絶望的。











つまり







俺の演者人生は







幕引きなのだ。



















……


日常生活で得られる刺激は


たかが知れていて…


俺は舞台を顧みては


呆けることが多くなっていた。


頑張ろうね、ゆーた。



リハビリをする俺の手を


握る紗季。


暖かくてとても安らぐ。





紗希はこんな俺に


献身的に付き添ってくれる。







……ありがとな、紗季…。















だが俺は、紗季の手を握りながら時折思う。




























『向こうの世界なら、まだ幕間だ…。』




























* * *


















《終》







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