お兄さん、おうち、帰りたくないの?

……道に迷っちゃって

じゃあ、うちにおいでよ。

マサヨシお兄ちゃんは、この町に詳しいから、すぐにわかるはずだよ

 男の子が、そうってぴょんぴょんとはねる。

 手を目一杯伸ばしていることから、どうやら傘にいれてくれようとしているらしいことに気がつく。

いいよ、もう濡れちゃってるから

じゃあ、早くいこう! すぐそこだから

 男の子が走り出す。その背中に、声をかける。

名前は!

ヨシキ! お兄ちゃんは?

 ああ、久々の感覚。サンザシ、俺の名前は? と静かに横目で見ると、サンザシはひとつ、頷くだけだ。

 なぜだか、俺にはその意味がすぐにわかった。

……タカシ

タカシお兄ちゃん!

 ヨシキが駆けていく。俺の心臓が高鳴る。


 ロックをはずそうか。そういうセイさんの言葉を思い出す。







おいおい、びしょぬれじゃねえかよ

 空き地の横に、ヨシキの家はあった。小さな駄菓子屋だった。

 駄菓子屋の奥から出てきたのは、ヨシキにマサヨシお兄ちゃんと呼ばれている人物だ。

 ずいぶん若いが、しかしその家にはヨシキとマサヨシしかいないようだった。

 背が高いマサヨシは、長い手で俺を招く。

あがってけよ、風呂、入ってけ

あ、すみません

いいよいいよ。

ヨシキ、偉いぞお前、ほっとかなかったんだな

うん! えらいだろお!

 ヨシキは腰に手を当てて、胸をそらした。

このお兄さん、一人で突っ立ってたのか、雨のなか!

そうだぞお! ヨシキ、びっくりした!

 ますます胸をそらすその姿に、思わず笑顔をこぼすと、おいおいとマサヨシが俺の肩を叩く。

風邪引くぞ、急げ。ヨシキ、店番頼んだぞ!

 言って、早足で店の奥へと進んでいく。妙に焦っているなあと思いながら、俺もあとをついていく。


 古い木造建築の家は、なぜだかほっと落ち着いた。階段をのぼるときに、ぎしぎしと歩く音がして、心地よい。


 二階に上がって、タオルを受け取り、風呂場の説明を受ける。

 そして、最後に。

お嬢さんはまさか一緒にはいんねえだろ? この家のあきべや、使っていいぜ

 マサヨシは驚きの言葉を投げ掛けてきた。

 俺も、サンザシも、目を丸くする。

……見えていらっしゃるのですか

 おう、とマサヨシは飄々と返事をする。

セイとか言う人に、お前らがいつかくるからって聞いてたんだよ。

ヨシキには見えてないみたいだし

あ、さっきの会話……

 一人で突っ立ってたのか、とマサヨシは聞いた。

 そういうことだったのか。

とりあえず風呂!

 びしりと指を指され、俺は慌てて風呂場にはいる。

 はは、とマサヨシの笑う声が聞こえた。

5 駄菓子屋の未来 記憶の原点(3)

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