サンザシが、俺の服の裾を小さくつまむ。

夢でよかった

セイさんに見させられたの?

 嘘のつけないサンザシは、大きな目でこちらを見上げる。

崇様もご覧になったのですか?

いや、映像は見させられたけど、悪夢ではないよ。

サンザシは別に、なにかいやがらせでもうけてたの? 大丈夫?

ええ、落ち着いてまいりました……しかし、映像を、ですか

 サンザシが目を伏せる。

崇様、ご覚悟を、というお話をしたのを覚えていらっしゃいますか

うん、記憶が戻ったときの覚悟をしておけってやつでしょ。覚えてるよ

今一度、お願い致します。おそらく、もう少しです

 もう少し。俺は、じっとこちらを見つめてくるサンザシに、ひとつ、頷く。

セイさんは、ロックをはずそうとか言ってた。覚悟しとくよ。でもさ、サンザシ

……なんでしょう?

ひとつ心配なことがある。俺のロックがはずれることで、君は幸せになるの?

 赤い目が、一瞬で潤む。

……どういうことでしょう

そういうことだよ、そのまま。

サンザシ、俺の記憶の話になるといつもシリアスになるし。

もし戻らない方がいいなら

 戻らない方がいいなら。


 自分で言って、驚く。


 俺は何を言おうとした? 戻らないなら、このまま……ずっと一緒に?

……それは、サンザシが困るか

崇様? 何が、困るのですか?

 潤んだ目が、必死に訴えてくる。何が、困るの。


 不意に、抱き締めそうになる。先ほど、彼女にされたように。

……俺が思っていた以上に、この旅は楽しいんだなって

ですから……ずっと、続けたいと?

わあ! びしょ濡れ!

 すっとんきょうな声に、俺の心臓は跳ねる。

 声の主は、小さな男の子だった。

お兄ちゃん、大丈夫?

 小さな男の子は、とことことこちらに走ってくる。小さな傘が、不安定に前後に揺れる。

どうしたの?

 黒目がちの瞳が、俺をとらえる。

あ、えっと

崇様、ゲームスタートです

 サンザシが微笑む。

いけませんよ、このゲームは、ずっと続くゲームではありません

 それは、優しい拒絶のようでもあった。

終わらせなければ、いけませんよ

……ごめん

 思わず、返事をしてしまう。男の子が、何が? と首をかしげる。

5 駄菓子屋の未来 記憶の原点(2)

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