僕の指先が、地球人とは異なるものであるから不安はあるが、形としてはこれでいいはずだった。
 確かこれで、不快ではない、という意思表示になるかと想ったのだが。

[※、※※※※……※※※※※※※※※※※※※、※※※※※※※※※※※※※※※※※※※!?]

 ちょっと警戒された。
 なぜだろう……もしかすると、相手を侮辱する意味も含んでいるのだろうか。
 やはり、異文化との交渉は難しい。
 少女は警戒しながら、光の方へとまた瞳を向けていた。

 なにかがあると光を見る彼女は、本当に、光を見るのが好きらしい。
 ただ不思議なことに、彼女は手元の光へ二度三度うなずくと、今度は表情を一変させた。
 その顔には満面の笑みが浮かび、僕にまた視線を向けてきたのだ。

[※※※※※※、※※※※※※※※※※※※※※※※※! ※※、※※※※※※※※!]

 彼女の声も先ほどより明るくなり、こちらの気分も安心する。
 どうして僕の仕草を理解してくれたのか、不思議ではあるのだが。

わかってくれたようで、なによりです

[※※※※※※。※※※、※※※※※※※※※※~]

 彼女は明るい声を上げると、指先を差し出して丸を造る。
 僕と同じ仕草、それをこちらへも向けてきてくれた。
 楽しげな彼女の様子に、僕もつられて笑いを漏らす。

 僕の甲高い笑い声でも、少女はやはり逃げることはなかった。

……さて

 ただ、癒されてばかりもいられなかった。
 自分の現状に対して、ようやく知的領域が動き出し、受け入れ始めている感覚があった。
 そう、ようやくだ。
 いつもは過剰ともいえるほどに、僕の記憶領域や知的領域へ情報を流し込む補助装置があるというのに、それがなくなったからだろう。
 今、僕の知的領域は、僕自身だけのものだった。

(今は、なにもない)

 生まれたままの――『ロストチャイルド』として、生まれた時のままの姿だ。

 僕の身体を、地球の外気から守るスーツも、潜入用の偽装器具も、常に周囲の情報を判断するコンピュータも……何一つ、僕の周りには存在しなかった。
 いつも腰掛けているイスも、休息用のカプセルも、居住用の宇宙船すらも――ない。
 僕を地球から守ってくれていた、あらゆるメカニズムの類が、今は一切が失われているのだ。

(であれば、僕の身体は適応できないはずなんだけれど……)

 眼の前の少女が地球人に近しいと仮定し、あの光がこの闇を払っているだけだとすれば、この空間は地球に近しいのだろうと推測できる。
 少しばかり、地球の環境は、僕には苦しい。
 死ぬわけではないが、地球人に捕獲された仲間が過去にいたこともあるくらいには、活動力は落ちる。
 なのに今の僕は、苦痛や苦しさを感じていない。
 まるで、宇宙船の中か、もしくは故郷にいるような、安心感を感じている。

ここは、いったいどこなんだ?

 周囲に眼を向けて、呟く。
 あるのは、一面の――黒色だけ。
 眼に映る黒色、しかし、それはただの色ではないのがわかる。
 色彩感覚に関しては、なんの奇跡か比較的地球人と似ていたようだから、この黒色は彼女にとっても同じなのだろうと推測できる。地球人であれば、だけれど。

 その色は、空の色でもなければ、着色された部屋の色でもない。
 黒、いやむしろ、闇か。この闇は、まるで生きているかのように――この世界を、覆いつくしてしまっているようだった。

(データが探せないのが、もどかしいな)

 僕の見知らぬナニカが、この世界を覆っている。
 だが、そのナニカに、僕は想い至ることができない。
 地球人が、こんなものを、こんな状況になるよう、開発できるのだろうか?
 だが、なにより、こんなふうに自分の星を黒く包んでしまうことに、なんの意味があるのだろうか?

(まぁ……滅びの種を、自分達で蒔(ま)きはしているけれどね)

 だが、こんな奇妙な現象を引き起こすほどの科学力は、保持していなかったと想う。
 もしや――他の星からの、侵略だろうか。
 だが、この黒い闇の生み出した世界には、ここにあるわずかな光以外、なにもないように見える。
 ならば、こうしてしまった世界に益(えき)などないはずだし、地球である必要もない。
 であれば、他の惑星の侵略説も、現実味は薄い。
 なら、この現象はいったい――。

[※※、※※※※※※※※※?]

……

 眼の前を見れば、少女が両手の指先を伸ばして、頭の上でくるくるとふっていた。

えーと……

 思考がストップする。
 その動きの意味をいろいろと考えるが、あまり良い意味にとれない程度の知識しか引き出されてこない。
 少なくとも、微笑を浮かべる少女からは、小馬鹿にした感じが見えないのは救いだろうか。
 ただずっと、くるくる、くるくる、頭へ向かって回転している指先を見ていると……知的領域を回されるような、妙な心持ちを感じもする。

  ……?

あ、そういうことか。ということは……

 少女の指先が指しているのは、彼女の頭部であり、思考をつかさどる部分だったと想う。
 ただ、その仕草は僕に向けられているものだと、少女の視線から感じることができた。
 なら、少女が表したいのは、僕の知的領域に該当することなのだろう。
 少女の指先は、くるくると回り続けている。
 まるで、知的領域がぐるぐると回っていることを示すかのように。
 ……なるほど。
 考えすぎる行為は、それとなく少女にも伝わっていたようだ。

そうそう、考えすぎていたね。失礼したよ

 声を上げて、通じないだろうけれどそう言ってうなずく。
 一緒に、指先で丸を造るのも忘れない。

[※※、※※※※※※※※※※※※※! ※※※※※※!]

 伝わったようで安心する。
 ただ少女は嬉しさのためか、指先の回転がちょっと勢いをつけていた。
 逆に早すぎると、なんともいえない気持ちにもなる。ギアが外れそうな気がしてくるな。

[※、※※※、※※※※※※※!]

 ひとしきり振って満足したのか、少女もこちらに併せて、指先で丸を造って反応してくれた。
 その律儀さというか、真剣さは、ちょっとくすぐったくもある。

……

[……]

 ただ、その動きを最後に、お互いにまた沈黙してしまった。
 身体によるコミュニケーションと言っても、やはり、共通するわけではないから難しい。ちょっとした仕草でも、読みとるのが大変だ。
 とはいえ、この世界のことを聞こうとしても、言葉が通じる手段がない。
 翻訳機器がないことがこうも不便だとは、想いもしなかった。
 まぁ、普通の地球人に見つかったら、まず間違いなく僕は捕獲されて研究材料だろうけれど。
 沈黙する僕たちは、特になにをするでもない。
 ただ、少女は微笑むのを、やめなかった。
 なにが嬉しいのか、僕を見つめるその表情は崩れることもなく、ずっと楽しそうだった。
 そこには、なんの裏もない、喜びみたいなものが感じられた。

 ――その笑顔に、僕は、なぜだろう……はじめて、母親と名乗る人を見た時の気持ちを、想い出していた。

(まったく、似ていないのにね)

 少女を見ていると、ふいに故郷のことを想い出す。
 目覚めてから、ちょっと、僕もおかしいようだ。
 ――地球人、およびその地に生存する者達の観察。
 その仕事に忙殺されている内は、まったく想い出すことのなかった故郷。
 今、この闇にいる僕の胸の内に、わき上がった光。まるで、この闇の中の、少女の光のように。
 一瞬のような、しかし膨大な闇の時間の中で――残してきた者達の記憶が、僕の胸にわき出していた。

……そうだ

 ふっと、僕は懐かしい記憶から、あることを想い出した。
 だから僕は、思いつきにすぎなかったけれど、それをやってみることにしたのだ。

[※※※?]

わかってくれる、とは想わないけれどね

 ぎこちなく、硬くなった身体をゆっくりと動かす。
 両手の指先を上向きにして頭の横まで持ち上げ、ゆっくりとすぼめる。
 そうしてから、手首をじっくりと半回転。
 指先が下になるまで回転して、次いで、すぼめた指先をつまむようにスライドさせる。
 片手は下げ、片手は上げる。
 すでに、高度に情報化された僕たちの星では、廃れてしまった身体表現。
 それは、『幸福をあなたに』、という意味を表している。
 ――本当に幼い頃、ナンバーを持たない頃に、その仕草を見たような気がしている。
 見よう見まねというか、おぼろげな記憶を引っ張り出してやっているから、合っている自信はなかった。
 もちろん、彼女に通用するとは想っていない。
 身体つきも、仕草のリズムも、地球の者とはまるで異なっている僕らだ。
 想いついた時は、地球式の挨拶や動きを真似ればいいのだろうとも考えた。
 ただ、彼女には、もしかしたら通じるのではないかと、ふと想ったのだ。
 無邪気にこの闇を照らす、僕の眼の前にいる、地球人に似た少女には。

[……※※※、※※※※※♪]

 少女は、一瞬ためらったような顔をした後、すぐに満面の笑みを浮かべた。
 そして、続いて両手を差し出して、指先をすぼめながら、頭の上あたりに片手を上げる。

おや……

 これは予想外。
 少女は、次いですぼめた指先をくるりと回し、少しだけスライドしてこちらへ向けた。
 その姿は、とある地球の国の置物の姿を想い出させた。
 幸運を招く、動物を模した縁起物、だっただろうか。
 ――ふと、星をまたいでも、考えるのは変わらないのかもなどと、ロマンティックな考えがよぎったけれど。

招いてくれるのは、こちらも、幸運だったかな

 少しだけ、笑い声を上げてしまった。
 確かに、こんなふうに気分を和らげてくれるのなら、少女にはその才能があるのかもしれない。
 その僕の様子をよく見ているのか、少女もまた満面の笑みを浮かべる。

[※※※※、※※※※※※※※※※※※※!]

 嬉しそうに手を何回もスライドさせる彼女の様子は、ちょっと幸福を招きすぎているような気がして、愉快ではあるけれど不安にもなる。

君は、もっと落ち着いた方がいいかもね

[※※※※※※? ※※※※※※~!]

 止めようと言った言葉に、彼女は逆に、もっと張り切りだした。

う、う~ん……

 困ったものだと、うなってしまう。
 やっぱり、言葉が通じないのは不便である。

[※、※※※? ※※※※※※※※※※※※※※※※※!?]

 僕の様子に気づいたのか、今度は一転、また慌てるように僕の様子をうかがってくる。
 忙しない子だなぁ、と想いつつも。

……いやいや。君という子が、わかってきたからさ

 一つ一つの仕草がオーバーリアクションで、飽きはこない。

[※※?]

 それに、少なくとも、僕のことをよく見てくれる子だというのはわかった。

 ――まるで、故郷に残してきてしまった、家族や友人のように。

[……※※? ※※※※、※※※※※※※※?]

 脈絡がなくて驚くが、少女の視線はまたも手元の光に移っていた。

 その仕草に、僕も次第に影響されてきたのかもしれない。
 ――まるで、本当に少女が手元の光と話しているように、見えてくるから困る。

[※※※※……※※※※※※、※※※※! ※※※※※※※]

 少女はまた頷いてから、僕の方へと明るい笑顔を持って、振り向いてくる。
 その大仰な仕草があればこそ、僕は彼女の感情をある程度推測することができるから、ありがたい。

ふむ。またなにか、やってくれるのかな?

[※※……※※※※※※、※※※※※※※※※※※※※※]

 僕の呟きに、少女が返答を返す。
 その意味はわからないけれど、少女がこちらを気にしているのが、もう充分すぎるほどわかった。
 ――もしかすると、少女は僕と、言葉によるコミュニケーションをとりたいのかもしれない。そんなことを、ふっと想う。
 でも、それはできない。お互いに、言葉がわからないのはもう知っている。
 ならば、と少女が考えたのが、身体を使ってなにかを伝えようとすることなのだろう。
 それに、先ほど僕が反応を返したことで、手応えを感じているのかもしれない。
 僕にとっても、その考えは共感できるものだった。

[※※、※※※※※※※※※※※]

 続けて、少女は僕の方へ話しかけた後、手元の光に眼を向ける。
 光へ向けて何度かうなずいた後、少女はその身体をゆっくりと屈めた。
 そして、手元で光を灯している物体を、ゆっくりと地面に突き刺すのが見えた。

[※※※※※※※※※※※、※※※※※……※※※※、※※※※※]

 少しだけ複雑な笑みを浮かべながら、少女は僕へと向き直る。
 両腕が自由になった少女は、それぞれの腕をゆっくりと広げながら、思案するような表情で、手元の指先をなんらかの姿に形作ろうとする。
 途中途中、地面で淡く光るマッチの方へ、眼を配りながら。
 さらにその合間に、その指先の仕草への反応を期待するように、僕の方へも視線を向けてきてくれる。
 それは、僕に向かって何かを伝えようとする、仕草なのだろうとは想う。
 だが、もちろんその仕草の意味は、僕の知的領域にも記憶領域にもないものだから、反応にとまどう。
 しかし、少女のためにも無反応にしないため、思考する。

(――もしかすると、これは、手話なのだろうか)

 地球にくる前の睡眠教育や、耳の不便な地球人などが使用しているのを、見たことがあった気がする。
 が、本格的に学んだことはない。
 翻訳機の性能は万能だったので、言語以外のそうしたコミュニケーションも、ある程度は勝手に翻訳してくれていた。
 それに、地球人との直接接触には危険の伴う僕らにとって、手話は知識であって実用ではない。逆に言語に関しては、非常時に備えて推奨されていた面もあるのだが。
 だから、少女の仕草が手話を意味していたとしても、理解することはできないということだ。

(……でも、やっている方も、なにをやっているのかわかっていないような?)

 理解できていないのは、眼の前の少女も同様な気がする。
 少女のぎこちない動きを、僕がそう断定していいのかはわからないが、そんな気がした。
 腕を交互に組んだり、上に向けたり、指先を折り重ねたり、平行にしたり、手組みをしたり、身体を動かしたりする、少女の動き。
 少女がしているそれらの不揃いな仕草は、まるで、下手な操り人形の動きのようにしか見えなかったから。

[※※※……? ※※※※、※※※※※、※※※※※※ー!?]

 光の方に視線を向けながら、やや甲高い声で少女は言う。
 少女が光に問いかけているのは、言葉のわからない僕にも、もうわかるようになっていた。

ごめん。少なくとも、僕にはわからない

 僕は手を立てて、左右に振った。これで、否定の仕草になったはずだ。
 少女は、僕の手の動きを見て、肩を落として息を吐いた。

[※※※、※※※※※※※~]

 ぺこぺこと音がしそうなくらいの勢いで、少女は僕に対して頭を下げる。

いや、難しいところだけど……

 正しいのか正しくないのか、それすらもわからないのだから、反応が難しい。
 けれど、謝られるというのは、逆に違和感があった。

……嫌では、ないよ

 できるだけ優しく、トーンを抑えめにして、僕は言った。
 その声は、しかし少女には届かなかったようで。

[※※※、※※※※※※※※※※※※※……?]

 さらに表情が険しくなって、落ち込んだような雰囲気になっている。
 さっきまでの明るさが、薄くなってしまった少女。
 彼女らしい雰囲気が弱まってしまったことに、僕もなにかをしたくなった。
 ――地球人の顔なんて、データの記録という以外、今まで気にしたこともなかったというのに。

……そうだ

 少しばかり考え、僕は地球を観察するなかでふと見かけた、ある一場面を想い出した。
 地球人に似た少女と、宇宙人である僕。
 ならば、とある映画の一場面としてのそれを、再現できないだろうか。
 彼女が、その映画を知っているかは、わからなかったけれど。

手と手が触れ合うことは――友好の証、かな?

 その映画のその一場面は、そう感じられるものだったのは確かだから。
 すっと、僕は自分の指先を彼女へ差し出した。
 僕のその動きに、少女は頭を上げて考えこむ。

[※※※※※※※※※、※※※※? ……※※※※?]

 拾い上げた手元の光に視線を向けながら、少女が話しかける光景に、もう驚きはしない。
 ただし、気になることはあった。
 もし、あの光が、彼女の問いかけに答えているというならば――あの光は、いったいなんなのだろうか、と。

[※※※※……※※※※※※※※※※※※※※※※……]

 彼女の声に、今は、その疑問を考えすぎないようにする。
 少女が、僕の指先に、どんな反応を返してくれるのか……それが、今は一番気になることだからだ。

無謀、だったかな?

 僕が指先を引っ込めようか、考え始めた時。
 少女も、同じようなポーズをとって、僕に向かって微笑んでくれた。

では、こちらから

 僕は指先を伸ばして、彼女の指先へと、その細い先端をつき合わせる。

[※※※、※※※※……! ※※※※※、※※※※※※※※※※、※※※※※※]

 少女が安心したような吐息と声を出したので、僕の方も安心した。

理解してくれて、嬉しいよ

 二度ほど、頭を上下に振ってみる。
 肯定という意味のコミュニケーションにもなったはずだ。

[※※※※※※※※※※……!]

 僕の頷きに、少女はまた最初に出会ったときのような微笑みを浮かべてくれた。
 ころころと変わる表情に、疲れていないだろうかとこちらが心配するくらい、少女の変化は大きい。
 ただ、一喜一憂するその表情に、僕は嫌な気はしなかった。
 むしろ、想わず甲高い声を少し出して、僕は笑ってしまう。

 その音は、地球人にはコウモリや獣のような奇妙な声にしか聞こえないはずなのだけれど。

[※※※※※、※※※※※※※※※?]

 彼女は僕の意が読めたのか、合わせるようにして、また微笑みを深くしてくれる。

 ――地球人なんて、僕にとっては、ただの観察対象に過ぎないものだったのに。
 ほんのわずかな間で、僕は、少女に心を許している自分に気づいていた。
 実のところ、地球人の観察という仕事の折りに彼女に出会っていたら、僕はこんなふうに接してはいないだろう。
 真っ先に行うのは、記憶消去か、催眠調教だろうか。こちらに害がない方法で、しかも利便性が増す――そんな方法を、行っていたかもしれない。キャトルなんとかと彼らが呼ぶ方法は、余程の事態がなければやりはしないが、地球人でない相手には検討しただろう。
 言えることは、こんなふうに彼女とのやりとりを楽しむ余裕なんか、当時の僕にはなかったに違いない。
 ――もしかすると、その点だけは、この闇の世界に感謝しなければいけないのかもしれない。

(……なかったんじゃ、なかったのか)

 この暗い世界は、異邦の地に住む僕にとって、なんの手がかりもない。
 帰る手段も、助けてくれる仲間もなければ、哀れむべき場所と嘆いてくれる相手もいない。

(……忘れようと、していただけなのか)

 この闇は、まるで、故郷に全てをおいてきた僕の心を代弁しているのではないかと、錯覚してしまう。

 ――僕は地球に、自分から逃げ込んできたのだ。この闇のような違和感が、僕の心の中から、離れることがなかったから。

 そんな僕に対して、少女は――意図はどうあれ――全力で関わろうとしてくれたのだ。
 僕の中にあった、黒い違和感。
 その、受け入れなかったナニカの正体を、想い出させてくれたのだから。
 ……そういえば、彼女は僕を見ても、ずっと微笑んでいる。
 やっぱり、ちょっとおかしいのだ。

君を見ていると、想い出すよ

 僕の呟きに、少女は嫌な顔をしない。
 過去に、地球人と遭遇したことのある同胞達の記録には、友好的だったものはない。
 悲鳴を上げながら逃げられる、好奇の眼を向けながらいつまでも追ってくる、ささやかな優しさの末に裏切られる。
 友好的な記録は、造り物の中だけ――そう、記録されていたはずなのに。

僕の故郷。こことは違う、色鮮やかで匂いもキツい、生まれた場所をね

[※※※※※※※※※※、※※※※※※※※※※※※※※※]

 僕の言葉に、彼女は何とも言えない顔で返答をする。
 知識で判別するには、やや難しい表情は、でもなぜか見覚えがあった。
 そんな少女の表情が、僕の古い記憶――故郷にいた頃の、生活を想い出させる。

 ――僕が逃げてきた、過去の景色を、想い出させる。

ある宇宙人とのノンバーバルコミュニケーション・中編

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