望月は1度だけ振り返ると、そのまま教室を出た。
……覚悟はできたかな?
できるわけないでしょ……。
いくら夢の中だからって、殺人なんて。
他に方法はないの?
残念だけど、他に方法はないよ。
話し合いも無駄だと思う。
取り合ってはくれない。
はぁ。
それでも一応、話し合ってみるわ。
なんとかなるかもしれないしね。
……君は、命を狙われているのに随分と冷静なんだね。
実感が湧かないというか。
襲ってきたのも可愛い女の子だったし、
何より夢の中だしね。
それはそうかもしれない。
でも、これは本当の事だよ。
あの子を殺せないなら、死ぬのは君になる。
……。
君はさっき、ここを夢の中と言ったね。
その通りだよ。
あの子は、夢の中の存在にすぎない。
僕だってそうだ。
躊躇う必要なんて無いんだよ。
何よ、それ。
私が殺すためにあの子を作ったって事?
そうじゃないよ。
でも、今はそうなっちゃった。
仕方ないんだ。
全然わからないわ。
あなたは何を知っているの?
知っていることをちゃんと、全部話してよ。
僕が話せることは多くない。
あの子が君を殺そうとしていること。
助かるには、あの子を殺すしか無いこと。
君を助けるために、僕が居ること。
それぐらいさ。
あの子が私を殺す理由は?
どうして殺せば私が助かるの?
それは、言えない。
そう。
知らないんじゃなくて、言えないのね。
勝手だとは思うけど、わかってほしい。
言っても仕方のないことだから。
あの子も同じようなことを言っていたわ。
言っても仕方ないってね。
あなた達、
大事なところは誤魔化してばかり。
私、もう行くわ。
……うん。
ごめんね。
どうか死なないで……。
……。
望月は1度だけ振り返ると、そのまま教室を出た。
ちょっと言い過ぎたかな。
教室を出るときに見えた、毛玉の表情を思い出す。
無表情のままだったが、少し、悲しそうに見えた。
あっ、これ、持って来ちゃった……。
望月の手の中には、先程毛玉に渡された包丁がある。
調理室から持ってきたのかしら。
これであの子を殺せって……。
仮にそれしか方法がないとしても、
最後の手段にしたいわ。
話し合いは無理だって言われたけど、
とりあえず最初は説得してみなきゃ。
何にせよ、あの子を見つけるのが先ね。
……あ。
遠くに、女の子の姿が見えた。
誰かを探すように、辺りをキョロキョロしている。
望月は慌てて柱に身を隠し、顔を少しだけ出した。
位置的には望月側が影になっている。
見つかることはないだろう。
私を探しているのね……。
あの子はどうして私を狙うのかしら。
望月は女の子が自分を狙う理由について考えてみたが、相変わらず見当もつかない。
なんとなく覚えはある。
しかし、それだけで名前も出てこないのでは、命を狙われる理由など思い当たるはずもなかった。
ダメね。全然思い当たる節がないわ。
そもそも、
暗くて誰なのかよく見えないし……。
誰であるにせよ、
そんなに恨まれる覚えなんてないけど。
女の子が歩き出した。
望月の方へ向かってくる。
おっと。
離れなきゃ……。
その場を離れようと動いた望月だったが、
慌てていたせいか、柱に足をぶつけてしまった。
小さい音だったが、女の子には聞こえたらしい。
黙って望月の方を見つめている。
やば……。
女の子が駈け出したのを見て、望月も駆け出す。
今度は女の子もしつこい。
相変わらず足は遅いが、執拗に食らいついてきた。
望月も負けじと、必死で駆けて行く……。
とりあえずここに隠れよう……。
咄嗟に飛び込んだパソコン室。
暫く息を潜めていると、パソコン室の前を誰かが駆けて行くのがわかった。
やり過ごせたらしい。
望月は溜息をついた。
少し息を整えてから、扉に手を掛ける。
そろそろ大丈夫かしら。
あれ?
扉が開かない。
鍵は掛かっていないのに、いくら力を込めても微動だにしない。
両手で持って、思い切り力を込めた。その時……。
!?
部屋中のパソコンが、独りでに起動する。
勿論、望月は何も触っていない。
画面に文字が表示されている。
"ようこそ、お客さん"
だ、誰?
そこに居るの?
"僕は、このパソコン部の部長"
"よろしくね"
"僕は目の前に居るよ"
"マシンの中だけどね"
この中に……?
"うん。色々あってね"
"ここは結構快適なんだけど"
"やっぱり1人だと退屈なんだ"
"君、僕とゲームで勝負しないか?"
"僕に勝てたら、ここから出してあげる"
何よ急に。
私、今人を探して……。
パソコン室。ゲーム。
望月の頭の中で、何かが引っかかった。
これらに関係する話を、中学の頃に聞いた気がする。
ふと、目の前のパソコン以外にも、
文字が表示されていることに気がついた。
"助けて"
"ここから出して"
"寂しい"
そんな言葉たちが、画面を埋め尽くしている。
これ、もしかして……。
"やらないの?"
中学校の頃に聞いた、学校の七不思議。
夜のパソコン室には幽霊が居て、遊んでくれる相手を探している。
幽霊に捕まった人は、幽霊と勝負をしなければならない。
勝てば、開放される。
負けるか、勝負から逃げようとすれば、
一生パソコン室に閉じ込められる……。
七不思議らしく色々なパターンがあったものの、概ねこんな話だ。
待って。
やるわ。そのゲーム。
"そうこなくちゃね"
ここは夢の中だから、相手は本物の幽霊じゃない。
とはいえ、彼が七不思議をベースに作られたのは間違いないだろう。
勝負を放棄すれば、本当にパソコンの中へ閉じ込められる可能性は高い。
これも、あの子の言う危険の1つかしら。
私の夢の中だから、私の知らないゲームは出てこないでしょうし、そこは安心ね。
"それじゃあ、早速始めよう