っ!?
ようやくシャインが僕の突進に気付いた。
動揺の色を見せているのがハッキリと分かる。
――でももう遅いっ!
眼前にシャインの姿が迫り、
僕は剣を前に突き出した。
はぁあああああっ!
ぐぁあああああぁっ!
僕の一撃はシャインの腕や胸の辺りに
横一文字の大きな傷を作った。
そのまま止まりきれずに
僕は通り過ぎてしまう。
そして体が止まった直後に振り向いてみると、
デリンの剣がシャインの胸の中心を
貫通していた。
あの状態ではおそらく
シャインは助からない……。
僕はデリンのところへ駆けて戻った。
ほぼ同じタイミングで、
エレノアさんも降りてくる。
ま……さか……
こんな……ことが……。
はぁっ……はぁっ……。
はははははっ!
俺たちを侮っているからだ。
デリン!
おぉ、勇者か。よくやった。
この通り、シャインは倒したぞ。
まさかお前があんな奇策に出るとは
思ってもいなかったがな。
だからこそ通用したんだよ、
きっと。
ふふふ、そうかもな。
ゆ……う……しゃ……
アハ……ハ……
きさま……は……
これ……から……。
シャインは不気味な笑みを浮かべながら
絶命した。
体は黒い霧となって崩壊し、
着ていた服などがその場に落ちる。
可哀想に……。
こんな形でしか
決着がつけられないなんて悔しい。
今度生まれ変わったら、
その時は友達になろう。
僕は両膝をつき、
シャインのために祈りを捧げた。
この魔族、
死ぬ間際に何か
言いたげだったような……。
ふんっ、どうせ戯れ言だろう。
魔族なら呪いの1つでもかければ
いいものを。
おっと、
あの傷ではその力もなかったか。
はっはっは。
あんたも最低ね。
ククク、それは魔族の俺にとっては
褒め言葉だ。
罵られて嬉しいなんて
趣味が悪いのね。
どうとでも言え。
アレス様っ!
血相を変えて、
シーラが僕たちのところへ駆け寄ってきた。
それを僕は笑顔で迎える。
ご無事ですかっ?
シーラ、僕なら大丈夫だよ。
良かった……。
勇者よ、
喜んでいる場合ではないぞ。
今度はあっちの女の
加勢をしてやらねばならん。
デリン、手伝ってくれるの?
もはや俺は魔族の裏切り者。
お前らと一緒にいるのが
最も安全だ。
だから協力してやる。
ただし、
いずれ必ず
決着はつけさせてもらう。
そのことを忘れるな。
……どうしても
戦わないとダメなの?
…………。
……さっさと加勢に行くぞ。
デリンは質問に答えないまま僕に背を向け、
ミューリエとクロイスが戦い続ける方へ
歩いて行った。
仕方なく僕たちもその後ろに続く。
ミューリエ!
アレ……スか……。
ミューリエの体には無数の傷がついていた。
服には切り裂かれた筋がたくさんあり、
その下から血が滲んでいる。
表情はかなり辛そうだ。
ミューリエ、
シャインは倒したよっ!
今から助太刀するからっ!
おぉっ! やったか!
なんですって?
……確かにあの子の姿も
気配もない。
クロイス、もう諦めろ。
これで形勢は逆転した。
デリン!
貴様、裏切ったのねっ!
ふんっ、よく言う。
俺を捨て駒にするつもり
だったくせに。
チッ……。
クロイスは苦虫をかみつぶしたような顔を
しながら舌打ちした。
でもその直後、
なぜか微笑みながら持っていた双剣を収める。
どうしたというんだろう?
確かにこのまま戦うのは
分が悪いですね。
降参します。
煮るなり焼くなり好きにしなさい。
仲間になれというなら、
そうします。
クロイスは双剣を僕らの方へ投げ捨てた。
さらに両手を挙げ、その場に棒立ちしている。
――良かった、これで戦わなくて済む。
ありがとう、クロイス!
僕は握手をしようと
クロイスに歩み寄っていった。
危ないっ! アレスっ!
えっ?
僕はミューリエに突き飛ばされていた。
倒れ込みながら揺れる視界に入ってきたのは、
クロイスがミューリエに飛びかかる姿。
そのまま体を羽交い締めにされてしまう。
クロイスの顔には邪悪な笑みが浮かんでいた。
はははははっ!
くっ! 身動きが取れん!
あとちょっとで
勇者を道連れにできましたのに!
でもこの際、
ミューリエでも構いません。
一緒に地獄の旅へ参りましょう。
みんな、離れろっ!
コイツは自爆するつもりだっ!
えっ?
シーラよ、アレスのことを頼む!
ミューリエ様っ!
はぁああああぁっ!
ミューリエは僕たちの方を睨みながら
大きく叫んだ。
すると見えない力が体にぶつかってきて、
僕やシーラ、エレノアさん、
デリンが一気に吹き飛ばされてしまう。
これは僕がミューリエと出会った時、
ごろつきを吹き飛ばした技――
あれをもっと強大にしたような感じだ。
ミューリエェエエェーッ!!!!!
…………。
最期の瞬間、
ミューリエが穏やかに微笑んだのが
ハッキリ見えた。
空中を飛ばされながら遠ざかる途中で、
ミューリエのいた付近は大爆発を起こした。
熱と音、そして振動が
爆風によって伝わってくる。
それによって僕たちはさらに加速して、
かなり遠くまで飛ばされたのだった。
――その後、
僕たちは爆発の起きた場所へ戻ってみた。
爆心は地面が大きくえぐられ、
周囲は荒れ地へと変わっている。
そこにあったのは土と石だけ。
生物の痕跡は何もない。
つまりミューリエは……もう……。
ミュー……リエ……。
くそっ!
くそぉおおおおぉっ!
僕は地面に崩れ落ち、
地面をひたすら拳で叩いた。
何もできなかった自分の無力さ、悔しさ……。
僕がふがいないばっかりに、
レインさんに続いてミューリエまでもが
犠牲になってしまった。
もう戦いは嫌だっ!
嫌だよぉっ!
もう旅なんかやめたいっ!
地面には零れた涙が染みこみ、
土の色が変わっている。
アレス様っ!
――バチーン!
えっ?
僕はシーラに平手打ちを喰らっていた。
耳が痺れてジンジンと痛む。
彼女へ視線を向けると、
眉をつり上げ激高していた。
直視しているのが怖いくらい。
こんなに怒っている姿、
初めて見るかもしれない。
……なんで?
こういう時は
優しく慰めてくれるものなんじゃないの?
アレス様は
世界を平和にするんじゃ
ないんですか?
あの言葉は嘘だったんですかっ?
え……。
戦い続ければ犠牲だって出ます。
ここで立ち止まったら、
レイン様やミューリエ様、
世界で犠牲になった
たくさんの人の死が
無駄になってしまうんですよっ?
あ……あぅ……。
アレス様には失望しました!
私、1人でも魔族と戦い続けます!
シーラは僕に背を向け、歩いていこうとする。
彼女はきっと本気だ。
――嫌だ、
このままシーラまで失ってしまうなんて!
待ってよ、シーラ!
…………。
シーラは何も答えず、歩みも止めない。
――そうだ、僕は何をしていたんだ。
悲しんでいる場合なんかじゃなかったのに。
こういうことだって起こりえる覚悟を、
僕はしていたんじゃなかったのか?
やっぱり僕はダメな勇者だ……。
……僕が間違っていたっ!
ゴメン、シーラ!
…………。
ミューリエがいなくなって、
シーラも悲しくないはずがない。
それなのに僕が泣いちゃって……。
むしろ泣きたいのは
シーラであって、
僕がそれを支えてあげなきゃ
いけなかったんだ。
僕はもう泣かない。
もしまだ僕に愛想が
尽きていないなら、
これからも一緒に
戦ってくれないか?
…………。
シーラは足を止めた。
そして振り向いた時、
シーラの顔は涙でぐちゃぐちゃになっていた。
間髪を入れず、僕に抱きついてくる。
アレス様っ! アレスさまぁっ!!
シーラは僕の胸の中で
ひたすら泣きじゃくっていた。
僕はそんな彼女の頭を優しく撫で、
軽く抱きしめ返したのだった。
――その後、
僕たちはルナトピアの街へ戻って
タックやビセットさんの姿を探した。
どうやら襲撃は収まっていたようだったけど、
街はどこも破壊され、
あちこちに遺体が転がっている。
その中には幼い子も混じっていて、
再び胸が痛くなった。
そして結局、
2人の姿を見つけることができないまま、
日が暮れてしまったのだった。
漆黒の闇が世界を包み込んでいる。
勇者と巫女の娘、
気が済んだのならさっさと行くぞ。
次の目的地へ案内しろ。
デリン……。
これだけ探して見つからないのだ。
諦めろ。
アレス様、
きっとタック様とビセット様は
どこかで生きていらっしゃいます。
ルナトピアを脱出なさったに
違いありません。
今は進みましょう!
そっか、タックなら試練の洞窟の位置が
分かっているんだ。
それにビセットさんもきっと一緒にいるはず。
だからこの先、どこかで会えるに違いない。
ご先祖様が導いてくれるだろうし。
そうだよね、
2人が簡単にやられるはずが
ないもんね。
うん、次の試練の洞窟へ旅立とう。
それならもし2人を見かけたら、
アレス様は旅立ったと
伝えておくわ。
エレノアさんは
一緒に来てくれないの?
ごめんなさい。
今はルナトピアの復興に
協力したいの。
でもメドがついたら、
必ず駆けつけるから!
行き先は最後の試練の洞窟。
そして魔族たちの
本拠地――でしょ?
っ!
分かりました!
では僕たちは先に行っています!
グラドニア公国の近くへ通じる
ゲートに案内するわ。
こうして僕たちはルナトピアを
旅立つことにした。
まずはエレノアさんに案内された
ゲートを通り、
再び地上へと戻る。
あとは陸路で
グラドニア公国を目指すだけ――。
ルナトピアではタック、ミューリエ、
ビセットさんの3人が
一度にいなくなってしまった。
戦力的にも精神的にも大きなダメージだ。
だけど僕はそれでも進まなければならない。
もう立ち止まってなんかいられないから。
――残るは第5の試練の洞窟!
それさえ乗り越えられれば、
魔族たちの本拠地へ足を踏み入れられる。
そして僕は魔王を……。
次回へ続く!
シーラうぜぇ