【第十二話 】
『刑事の勘』

船橋は一人の男の後を追っていた。
身長は165センチ程度で年齢は50代前後。どこにでもいる男であったが船橋はその男を鋭い目付きで追っていた。
走るまではいかないが、歩くにしては速い。追って来ている船橋の存在に気付いているのが分かる。しかし男は顔を見られたくないのか一度も振り返らない。ただ人混みをかき分け進む。
だが男の逃げ方は下手だった。何度も人にぶつかり進み、船橋との距離は必然的に縮む。

しかし、船橋は男を人混みの中で捕まえようとはしなかった。
長年の刑事の勘が『敢えて追い詰めた方が話が聞き易い』と、判断していた。その考えで一気に距離を詰めるのではなく、徐々に追い詰める。

男が路地へと入った。
船橋は確保する時が来たと悟った。
3度の路地を曲がった時だった。体力が底を尽きたのだろう男は地べたにへたり込んでいた。
船橋も多少の息切れはあるが、一緒にへたり込む訳にもいかず、男の肩に手を置き言った。

ずいぶん焦って逃げてたな

ひっ



予想外の脅え方だった。

お前は、UC-SFのトレーラーを見ていた。そしてトレーラーの扉が突然開いて俺達が飛び出した時、他の人と違いお前だけが異常に驚いていた―――何かを知ってるな?

そ、そそそんな・・・わ、わ私は突然だったから、ただ―――



男が言葉を続けている時に船橋は気付いた。

お前。何で財布を手に持ってる?

は、は、はい?



船橋の行動は素早かった。直ぐに男から財布を取り上げると、そのまま男のボディチェックを始め―――他に5個の財布がポケットから出て来た。

お前・・・スリか!

へ、へい



思わず船橋は尻餅を付いて天を仰いだ。

俺の刑事の勘も錆び付いたもんだな

桜木町駅前では、左右田とトキオ、そして鳴海が話していた。

ここが遺跡ぃぃ!?

もの凄いリアクション・・・ってか、正しく言うとココの下。みなとみらい地区って大規模な埋立地。つまり人造地区。それでその時に遺跡が発見されたんだよね

しかし、それなら直ぐに―――



トキオは人差し指だけを左右に振って言う。

言わなかったんだよ。当時から多額の出資をしている、ある企業が隠したんだ

ある企業?開発に関わった企業は全部名前が出てるはずだぞ

大宮コンツェルン

何だそれ?聞いた事ないぞ

俺も良く知らね。ただ親父が言ってた。裏で悪い事してるってね

おいおい


 船橋は、いい加減空を見飽きたのか立ち上がり、地面にへたり込むスリの男を強引に立ち上がらせた。

こんな事してる場合じゃないが・・・見過ごせないんだ。近くの交番まで来てもらうからな

へ、へい。すみません


船橋この時に気付いた。


この男の息が乱れていない事に・・・。



そして着ているスーツや身に付けている時計や指輪も、強く自己主張はしていないが安物ではない輝きがあった事。


何より、この男の顔に見覚えが―――

―――大宮社長?大宮コンツェルンの大宮社長だろ



船橋の問いに男は答えた。

そうだよ



今までの脅えた表情と言葉とは真逆位置にある、凛々しくも冷徹な笑みと簡潔な言葉。







気付いた時には、船橋の腹部が熱くなっていた。





腹部に突き立てられているのは一本のナイフ。



膝から崩れる船橋。

うぐぐ・・・



頭に浮かぶ言葉は一つだけだった。













―――ほらみろ。錆び付いてないじゃないか―――

直ぐ楽になりますよ。貴方は誰よりも先に方舟に乗せて上げましょう



その腹部に突き立てられたナイフを押し込む様に蹴りを入れる大宮。

あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ


 鳴海が突然トキオの袖を引っ張った。

どうした?

何か聞こえた

そうですね。人の声ですかね?



目の前にいる左右田の後ろから、シルクハットを被ったまるで英国紳士の様な男が現れた。

さっ坂本さん!!



左右田は後ろに坂本がいた事にまったく気付かなく余程驚いたのだろう、鼻の穴を大きく広げて息遣いが少し荒くなっていた。
また鳴海がトキオの袖を引っ張り言う。

変なのが二人になった

あ?そうだな妙に暑っ苦しいスーツと時代錯誤のシルクハットってな

違う。赤いマフラーとシルクハット

俺かよっ!



坂本は鳴海とトキオのやり取りを見てクスリと笑い言う。

坂本と名乗らせて頂いてます。トキオ君

俺はマジシャンの知り合いなんかいないぜ



トキオの返答に

わっ

と小さく左右田が声を上げた。それは今まで言いたくてもさすがに言えないと思っていたからだった。しかし坂本は言われ慣れているのか以外なほどのノーリアクション。

私もトキオ君に会うのも話すのも初めてですが、七星さんから話は聞いていました。それより『ノアの方舟』の場所に心当たりはありますか?

ここの遺跡にあるって事しか・・・

ランドマークタワーの地下には奇妙な空洞箇所がある事が分かりました。私はそこが疑わしいと踏んでいるのですが―――



坂本の言葉を遮る様に人の叫び声が聞こえた。一人や二人の叫び声ではない大勢の声。一方からではなく東西南北全ての方向から聞こえる。

コンバイド!



トキオ達は同時に悟った。自分達は既に監視されていて包囲されていた事を―――だがトキオの右腕を坂本が押さえ言った。

ここは私に任せてください

【第十二話 】 『刑事の勘』

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