【第十一話 】
『見つからねぇよ』


横浜みなとみらい地区。
横浜都心部の再生をめざしたウォーターフロント都市再開発によって建設されている街。1965年から開発が始まり、地区の整備は予め決められていた基本方針によって計画的に行われており、21世紀に相応しい未来型都市への開発を行っている。みなとみらい地区の中核には、日本一高いビル『ランドマークタワー』があり、現在も刻々と変化を遂げている街である。

ここは桜木町駅前に停車したSAULのトレーラーの中。

最悪ですね



左右田の言葉に、その場にいた誰も答えようとはしなかった。
それもそのはず今日は開港記念日。時間は昼であったが学校が休校という場所も多く、カップルや子供連れなど人という人が溢れていた。そんな中で今、事件が起きようとしている。
更に問題として、いつ、どこで、誰が、等の情報もなく、ある情報といえば坂本と名乗るマジシャン―――いや、英国紳士風の男の言葉だけだった。
当然、確たる証拠もない情報に国家権力が力を貸す事はなく、この場にいるのは船橋の人徳で集まってくれた5人のUC-SFメンバーと、7人の警察官、そして左右田と船橋、坂本を含む15人で何かが起こったら対応しなければならない。が、坂本はまだ来ていなかった。
船橋は外の人の流れを見ながら呟いた。

坂本はいつ来るんだ?



その言葉には左右田だけが反応した。

さぁ?あの人は神出鬼没ですからね。突然あなたの後ろに!・・・みたな事になるんじゃないですか?

志村、後ろー!みたいにか?

・・・なんですそれ?

・・・



船橋は若干のジェネレーションギャップを感じて咳払いし、別の話にすり替えた。

それより左右田。どうしてオメガなんて知ってたんだ?

だから、義理の兄に聞いたんですよ

そこまでは聞いたが、お前の話にちょくちょく出てくる『義理の兄』って誰なんだ?



船橋の普段より踏み込んだツッコミに、左右田は一瞬困った表情を見せ、少し悩んだ様子であったが結局答えた。

多分、船橋さんだと面識あるかと思うんですが・・・桜庭明人です

あの『A-シリーズの英雄』桜庭明人か?

はい。酒の席で昔は『オメガ』・・・そうやって呼んでたって・・・良く聞かされて

おいおい。酒の席って、サラっと言う事なのか?それにそんな情報、少しも俺達には回って来てないんだそ

当時の主だったメンバーは、ほとんど海外にいますから・・・何等かの情報を組織事態が隠してるんでしょうね

あのなぁ。国家権力を大々的に批判して・・・不謹慎にもほどがあるぞ



だが、船橋の表情は険しくはなかった。今回の件で少なからず、船橋も何等かの不信感を抱いているからであろう。

当時のメンバーで現在でも日本にいるのは、義理の兄とUC-SF本部の室内総司令官が知ってるはずなんですけど・・・

室内…あの雇われ店長か?

あっ!それ不謹慎じゃないですか?



しかし、トレーラーの中にはUC-SFのメンバーも当然いるのだが、誰も今の船橋の暴言に食ってかかる様子はない。中には笑いを堪えている者もいた。

周知の事実ってやつだよ。左右田くん



その言葉にトレーラーの中にいる全員が声を出して笑った。

笑い声の中、船橋の携帯が鳴り、携帯に出る船橋。
左右田は話す相手がいなくなり呟いた。

坂本さん遅いなぁ

いますけど



坂本は、いつの間にか後ろに立っていた。ドアが開いた音も、足音も聞こえなかった。本当にその場にいた様でもあり、もしくは・・・地面から生えてきたか。
左右田は少し背筋がゾッとした。

申し訳ございません。大変、遅くな―――あっ、失礼



坂本が船橋の電話している姿を見て、言葉を止めた。
その姿は左右田にはまるで営業マンの様にも見えたが、シルクハットのせいで結局ペテン師にも見えた。だが、それを言うのは止めた。
坂本が黙ったお陰で、トレーラーの中は静まり返り船橋の電話の声だけが聞こえてきた。

あぁ。現場にあった腕から―――身元が分かった。七星睦生の息子の―――時生。22歳。大学院生。―――空手?ムエタイ?少林寺?カポエイラ?UFCチャンピオン?なんだそれ?経歴とかはいいから、写真とかないのか?―――あぁ頼む

何か、物凄い単語が出てきましたね・・・



左右田がぼやくと、船橋の携帯が鳴り、メールで画像が送られてきた。

コイツか・・・ずいぶん目付きの悪い男だな



船橋の言葉と同時に左右田と坂本は携帯電話を覗いた。

あっ!船橋さん。この男ですよ!最初に逃げた男

あぁ。あそこにいる人の事ですね



坂本の言葉に船橋も左右田も一瞬フリーズし、お互いの顔を合わせてから、坂本が指さす方向を見る―――そこには一組のカップルがいたが、二人の間には微妙な間隔があり、どこかギクシャクしたカップルだった。
その男の方が―――。

いた!

七星ぃ!



船橋と左右田が同時にトレーラーの中で叫ぶと、勢いよく扉を開けて外に飛び出した。
先を行く左右田に後を追う船橋であったが、左右田が振り返ると船橋は明後日の方を向いたまま立ち止まっていた。その視線の先には人だかりしかないが、船橋はじっと見つめたまま動かない。

すまない左右田。そっちは任せた



それだけ言うと、船橋は人だかりの方へと歩き、ゆっくりと吸い込まれて行った。

えっ?あっ。はい



咄嗟の出来事に、一瞬躊躇いはあったが、左右田は直ぐに走りだした。二人の間に理由はいらないのだ。それは左右田が船橋の事を信頼している所からくる理解であった。

だから、鳴海。もっとくっついて歩いてくれっつの。そもそもお前が言い出したんだぞ。こんな状況だからお互い並んで歩いてれば問題なく紛れ込めるって

だから、この位がベストな距離でしょ

いや、何て言うか・・・この微妙な空間が―――



言葉を続けながら、トキオは鳴海の肩に手をかけ抱き寄せた。
鳴海は

ひゃっ

と奇妙な声を上げると、直ぐにトキオの腕を払い怒鳴る様に言う。

気安く触らないで

えぇぇ!俺、変質者だと思われるだろうが



必死の弁明も逆効果である。ムキになってる姿が開き直っている様にしか見えない。

ちょっと、キミ―――



周りの人に声をかけられてしまった。明らかにトキオに言っているがトキオは振り返らない。

ほらぁ。怒鳴るから周りに勘違いされたじゃねぇか



小声で鳴海に言うと、鳴海はずっと首を振っていた。その行動を変に思った時だった。

七星時生くんだよね?



呼ばれてもトキオは振り向かなかった。このタイミングで話しかけて来るのは、ロクな相手ではない。振り返るよりも、優先すべきは一つ。
トキオが鳴海の手を握ると、後ろの相手は直ぐに言葉を続けた。

待ってくれ!



この言葉で声に聞き覚えがある事に気付いた。トキオは鳴海の手を放し、逃げる事を止めて振り返った。

やっぱし、アンタか・・・確か俺の事を追って来てた、あの時も言ってたよな『待て』って



左右田はトキオとの距離を縮めようとはしなかった。直ぐに捕まえることの出来ない距離を保つ事で、自分に確保する意志がない事を伝え、会話を進める。

俺は警視庁特殊事件調査班の左右田光成。今日、ココで何かが起ころうとしてる。数名のUC-SFも連れて来ている―――でも情報が少なすぎるんだ。分かっているのは、みなとみらい地区のどこかに遺跡があり、そこで何かが起こるって事だけだ。七星・・・お前は何が起こるか知ってるから来たんだろ?



トキオは一呼吸置いてから言った。

俺が、その何かをするのかもよ

・・・違う!お前は人間だ。何かを止めようとしているんだろ!だから、俺達に力を貸して欲しいんだ・・・いや。俺達も力になりたいんだよ!

お前が力に?何が出来るって―――



トキオの手を握り言葉を遮ったのは鳴海だった。

同じだよ

はぁ?

逃げずに戦うと決めた私も。真実を知ったから立ち向かうアンタも。始まりや中身は違くても、結局はこの人と同じ、誰かを救う事に繋がる。だから断る理由はないし勝手に一人で戦うとエゴを通す必要も無い

エゴって・・・あのな・・・

頼む!力にならしてくれ



左右田は頭を下げていた。スーツを着た大男がカップルに深々と頭を下げる。それは傍から見たら一体どんな光景に映るのだろうか?トキオは周りの視線に耐えられずに声を上げた。

わーった!わかりました。だから頭は上げてくれ!



トキオの言葉が耳に入ると同時に、頭が首から離れるのではないかと思う程の勢いで左右田は顔を上げた。

それじゃ―――



言葉を遮りトキオが言う。

2000年以前に発見されてたって言う巨大遺跡を探してんだよな?それなら探しても見つからねぇよ

見つからない?



トキオは自分の足元を指さし言った。

あぁ。だって、ココがその遺跡だから

【第十一話 】 『見つからねぇよ』

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