で、今日は何があったんだ? わざわざ俺を呼んだんだ、何か話したいことでもあるんだろう?
あ、ああ、そうだったな……実は
今日も、『奴ら』にやられた、と
何故先に言う!
だってお前の言うことなんて決まってんだろ!
奴は、話を聞く限りではどうも『悪の秘密結社』の戦闘員らしい。
と言っても最底辺というわけではなく、下っ端を率いて『正義の味方』を倒しに行く……言うなれば、戦隊ものの一話に一体出てくるその日のボス、のような立場だという。
この解説は俺が奴の話を聞いているうちに考え出したものだが、おそらく当たらずとも遠からず、と言ったところだろう。
そして、毎度その『正義の味方』にやられて帰ってきては俺が迷惑する。
何て悪循環。
ああそうだよ、負けてきたさ! それどころか俺が出て行った瞬間に、『なーんだ、お前か』って言われて安心されたさ! もちろんその直後にぼこぼこにされたさ! 最近少しは容赦しろよとか思わないでもない!
いい加減バカにされすぎだろお前。しかもそろそろ弱気だな
何度も何度も同じ失態を繰り返せば、そりゃあ敵からもバカにされるとは思うが。
奴はかなり強いはずの酒を一気に呷り、
もう一杯くれ!
……と叫ぶ。
奴が酔っ払ってよくわからない話をしていることにはもう慣れてしまったらしい、馴染みのマスターは普段と変わらぬ笑顔で奴に新たなグラスを出してやった。俺は苦笑を浮かべてマスターに会釈した。
本当、ごめんなさい、こいつが変な奴で。
そういう切なる思いを視線に込めながら。
俺、よく考えてみるとお前が『勝った』って話は一度も聞いたこと無い気がするんだが
というか、奴が勝ってしまったらそれはそれで問題だ。奴自身についてはともかくとしても、俺のような普通の人間には理解の出来ない思想を持つ『悪の秘密結社』が一歩支配を広めてしまうのだから。
俺はどちらかというと『正義の味方』の言う現状維持の方が嬉しいは嬉しい。
が、それにしても、こいつは本当に『悪の秘密結社』の役に立っているのだろうか?
他人事ながら、どうにも気になってしまう今日この頃。奴もおそらく俺の思いを察したのだろう、ほとんど泣きそうになりながら叫んだ。
うるさい! 毎回対策は立てている! 今度こそ勝てるよう、前回戦った時の情報を総合し、準備をして挑むのだ! だがそれ以上に奴らは力をつけているのだ!
もう少し先を読め、頼むから
俺はがくりと肩を落とすしかなかった。そりゃあ向こうだって対策立ててくるに決まっているだろうが。そのくらい普通に考えつくだろう。
もしかすると、奴の上司も奴と同じくらいにバカなのかもしれない。そうじゃなければこんなバカを使い続けている意味がわからない。
いや、それとも俺のような愚民の考えが及ばないくらいの天才なのかもしれない。
……そうだったらいいなあ。
なんて現実逃避をしているうちにも、奴の話は続く。
これでもう十七戦十七敗だ! 危うくこの前本部から島根支部に異動になるところだった!
……異動しとけよ、素直に
異動してくれれば俺もいちいちこうやって愚痴を聞かずに済むし。
というか島根にまで『悪の秘密結社』支部があるのか。
ついでに一応こいつは結社の本部に所属しているのか。初耳だ。他の面子がどんな奴なのか知りたいような知りたくないような。
バカを言うな! 俺のエリートコースをこんなところでダメにすることはできん!
……十七敗した地点で出世は諦めるべきなんじゃないか
諦めたらそこでゲームセットだ
意味がわからん
もう最悪だとぶつぶつ言いながら出された焼き鳥にかぶりつく奴。
俺もやっと自分の前に置かれたグラスを手に取り、酒の味を確かめることが出来た。いつも俺が利用している店とあって、味には保証がある。
しかし、本当に難儀な奴だ。
今までの会話からもわかるとおり、確かにバカだが嫌な奴じゃない。
単に『悪の秘密結社の一員』で、俺とは生きている世界それ自体が違うだけ。
話を聞いている限りでは随分血生臭いこともやってきているようだが、それは俺に影響しない限りでは何も言わないことにしている。現代社会を本気で憎む奴に現代社会の倫理などを説いても無駄だからだ。
それに。
……なあ
焼き鳥の串を置いて、奴がぽつりと呟いた。
俺、どうしたら勝てるかなあ
バカだが、くそ真面目なこいつを見ていると、どうにも笑っているだけではいけないような気分になる。そうでなけりゃいちいちこんな辛気臭い上に恥ずかしい飲みには付き合わない。
そう、何だかんだで俺は、こいつが嫌いじゃないのだ。