不思議な女性
不思議な女性
幼い頃の記憶を思い出し、しみじみとした気分で私は神社から家に帰っていた。
ふぅ
結局、境内を探してもあの白いキツネの姿を見かけることができなかった。
明日も仕事の合間に探しに行ってみようか?
そう悩みながら、私は家で薬草を調合していた。
十五に両親が病で死に、私は母親の後を継いで、町一番の医者であり薬剤師として、人々を病から救う仕事をしている。それはとても誇りに思う反面、人の死を幾度となく間近で見てきた。
私の心は「死」を乗り越えられるほど強くはない。
この町に住むすべての町人は、よく知る人たちばかりだ、町人の誰かが目の前で、自身の力及ばずに死んでいく姿を幾度となく体験すれば、誰でも気がめいってしまう。
そんなことを昨夜、町長に話したせいか……縁談を持ちかけられた。
もう私の歳は今年で十八、早く身を固めなければいけない年頃でもある。
身を固め、私の弱き心を支えてくれる妻が居れば、少しは気を強く持てるぞ、と町長に勧められたのだ。
町長の娘は十六になる、私とも面識もある。とても育ちが良いステキな女性で、少し前から私に気があることは薄々気づいていた。
結婚をするかどうかは分からないが、私はその縁談を受けるかどうか迷っている。
頭の中で自身の悩みと格闘しながら、薬を調合していた時、一人の女性が私の所へ尋ねに来た。
ごめんくださいまし
ああ、はい。
いらっしゃいませ
ここには医者が居るとお聞きしたのですが。こちらであっていますでしょうか?
ええ、そうですよ
私がその医者です、
どうかなされましたか?
はい、傷を負ってしまいまして。
……診ていただけませんか?
そう彼女は言うと、すっと着物を捲し上げ、左足を見せた。
……見る限り深い傷ではないようだが、皮膚が少しむけて血が出ているではないか。
……幸い、深い傷ではないようです。
お上がりくださいな、治療しておきましょう
……ありがとうございます
そう彼女は私にお礼を言うと、家に上がった。
痛めケガをした足をかばいながら、彼女は歩いた。
私は囲炉裏の方へ案内すると、彼女を座らせ着物をたくしあげ露になった左足を診察した。
さしずめ、道中木枝に当たり、転んだ拍子に足をすりむき、捻挫したところだろう。
私は壁脇に置かれた収納箱から白い包帯と塗り薬を取り出すと、彼女の左足の傷を消毒し、薬を塗った。
………
?
私の顔に何か……?
包帯を巻いていると、女性が私に視線を送っていることに気づいた。
彼女は私の顔を見るなり、身体を小刻みに震わせ、目に涙を溜めて、
いえ、何でも……ないんです
少しだけ、そう少しだけ、
傷が薬で染みただけですので……
そう言って、女性はそっと着物の裾で涙を拭いた。
……そうですか
私は彼女が涙を溜めている理由を気になりはしたが、詮索はしなかった。
傷に薬を塗り包帯を巻いた後、彼女は私にお礼を言った。
ありがとうございます
いえ、お構いなく
……おや?
彼女の袖から、血で汚れた白い布きれが落ちていることに気づいた。
この布きれ、
どこか見覚えがあるような……
!!
彼女は私の視線で、白い布きれが落ちていることに気づくと、さっと懐に収めた。
お見苦しいものを、見せてしましました。
これは道中、応急で手当てをした時に使った布でございます
……そうですか
あの布きれは見たところ、彼女が言うように道中、応急で手当てで使ったものではないようだった。
あの布きれに付着した血は、時間が経ち黒く汚れていたのだ。もし道中に使っているのなら、真新しい赤い血のはずなのだから。
何とも不思議な女性だ。
あの涙といい、あの布きれといい……
私にはどうにも、何かが引っかって仕方がない。
彼女は私に治療費を払った後、おもむろに立ち上がり、玄関先まで歩いた。
扉の前で私に深くお辞儀をして、
本当にありがとうございました
どういたしまして、
お大事になさってください
あの、失礼ですが……
はい、何でしょう?
もしかして前に、私達はどこかで会ったことがありましたか?
………
いいえ、私は今日、
初めてあなたに会いました
それでは失礼します、
おじゃましました
彼女はそう言うと、ここから去って行った。
「初めて会った」と答えた彼女の瞳は、大きく揺れてひどく悲しそうだった。
彼女が去った後、そんな彼女の様子を何度も思い出しながら、なぜだか私の胸はしめつけられそうになる。
ああ、何だろう。
この気持ちは一体……?
私にはこの胸にしめつけられた感覚を、うまく言い表すことができなかった。
【不思議な女性End】