白狐の嫁入り

 あの不思議な女性が私の所に来てから、数日後。
 私は町長から夕食の席に招かれ、町長の家に居た。

はっはっは!

もう、お父様ったら~!
お酒の飲みすぎですよぉ

千恵、仕方あるまい!
美琴君が夕飯の席に来てくれて、
私は嬉しいのだよ!!

さあさあ!
今宵は飲みましょう、
ほれほれ、美琴君っ

はい、どうも……

 私が持っていた盃に、町長はとっくりを持って酒を注いだ。並々と酒が注がれた盃には、小さな金粉が浮かんでいる。

 私の普段の食事は、漬物と玄米、焼き魚で済ませているのだが……それにしても豪勢な食事だ。白く立った米、魚の煮つけに野菜の漬物、豆料理と吸い物まである。さすが商人でもあり、町長と言えよう。

それにしても、美琴君

なんでしょう?

娘との縁談のことだが、
君の返事をそろそろ聞きたいのぅ~

お父様~!!

………

私、は……

 私は言葉を濁し、ぐいっと酒を飲む。

めっそうもございません、
お嬢様はとてもステキな女性です

私のような町医者と結婚など、
もったいないほどでございます

そうか?そんなことはないぞ、
娘は美琴君のことを大層、気に入っておる

娘が病に伏せ、
親身になって君は看病してくれた

美琴君だからこそ、
私は君に娘と結婚してほしいんだよ。
なあ、千恵?

わ、私は……
美琴様が私でよろしければ、
夫婦になりとうございまする

 そう身体をもじもじさせ、千恵さんは私に思いを伝えてくれた。だけど、私は……

 数日前に尋ねて来たあの女性が、どうしても頭から離れられずにいる。そんな気持ちのまま、千恵さんと結婚するわけには……

………

 コトリ、と手に持っていた盃を私は膳の上に置いて、町長と千恵さんの顔を見て、

すいません、
どうやら酔ってしまったようです。
少しの間、外の夜風に当たってきます

 と言って、私は静かに席を外し、部屋から出て行った。

あら、どうしたのかしら?美琴様

うむ……何か思うところがあるのだろう、
今はそっとしておいてやろうじゃないか

 二人は私の後ろ背を見送った後、そんな会話が聞こえた。



 町長の家を出た私は一人、夜風に当たっていた。

……ふぅ

 自然とため息をついてしまう。

 空を仰ぐと、頭上には丸くて大きな月が照らしていた。静かに照らす満月、辺りは静寂が包み、虫の声が聞こえる。

何をやっているんだ、私は……

 私にとっても良い縁談でもある。それなのに、どうしてこんなにも、私は複雑な気持ちを抱いているのだろうか。そんな時だった。

~♪

!!

 月明りに照らされたキツネが、町長家の近くを通りすぎるのを見かけた。月明りにぼんやりと、キツネの毛は白銀色に輝いている。

 見間違えるはずがない、あのキツネは私が子供の頃に出会ったあのキツネではないか!

 私町長の敷地を出て、そっとキツネの後を追いかけた。



~♪

 キツネは楽しそうに尻尾を振り、あの神社の方へ向かっていた。

 唐突にキツネは歩きながらくるりっと飛び跳ね回ると、女性の姿に変わった。

~♪

 女性は鼻歌を歌い、足を弾ませながら神社の方へ歩いている。私はその女性を見て、驚きの声を上げそうになった。

ああ、
なんということだろうか!

あの女性は、
私が探し求めていたキツネだったのか!

 喜びで胸がいっぱいになる。女性が神社の鳥居の方を通り過ぎる前に、私は女性を引き留めようと声をかけることにした。

あ、あの!

!?

 唐突に声をかけられた女性は、私の方を振り向いた。

あ、なたは……町医者の?

ええ、そうです。
キツネの姿をみかけたので、
追いかけていたのですが……

まさかあなたは、
キツネだったのですね

っ!

 正体をばらされたのか、女性は私に後ろ背を見せると境内へかけて走っていった。

ま、待って!

待ってください、
話を聞きたいだけなんです!

 私は女性を追いかける。

 神社境内、建物付近で唐突に女性は立ち止まった。私も彼女の傍に立ち止まる。女性はくるりと私の方へ向き直り、地面の方へうつむいた。

 やがてゆっくりと顔をあげると、私に頷いて、

……そうです。
私が、あなたが探していたキツネです

 女性はそっと懐から布きれを取り出すと、その布きれを私に渡した。

 私は布きれを女性から受け取ると、布きれを見る。
 ところどころに赤黒い血が付着している。あの時は分からなかったが、数年前、私が怪我を負ったキツネに薬を塗り、巻いた布だと分かった。

 女性は悲しそうな顔で、私にこう尋ねた。

どうして……
あなたは、私を探していたのですか?

それは……

あなたは私に囚われずに、このまま……
人間の世界で生きて欲しかった。
それなのにっ……

ならば、どうして私の前に、
あなたは現れたのですか!!

それ、は……

 私の言葉に、女性は悲しそうに顔をゆがませ、目に涙を溜めた。その瞬間――境内に咲く桜の木々が、ふわりと風に舞った。

大人へと成長したあなたは、
覚えていないかもしれません……

私のことを、楽しかった二人だけの記憶を、
輝かしい「思い出」を胸にしまい込んで

あなたの姿をそっと遠くから見守るだけで、
私は幸せでした……

それなのに……
私は求めずにはいられなかったのです

あたたに再び出会い、
「傍に居たい」というこの気持ちを、
抑えることができなかったのです

っ!

 そう話し、笑顔を見せた彼女に、私は不覚にも魅入ってしまった。その瞬間、あの時抱いた私の複雑な気持ちは……「恋」なのだと気づいてしまった。

 そうか……
 家に尋ねてきた彼女を見た瞬間から、
 既に私は、彼女に恋をしていたのだ。

 彼女の正体は、私が幼い頃に出会ったキツネだったけど。もしかしたらあの頃から、私達は出会うべくして出会った運命だったのだろうか?その答えは、私には分からないが……

だから、あなたは私の前に……

 私は一歩、また一歩と、女性の傍へ歩み寄った。
 静かに私の目をとらえる彼女の瞳は、月明りに揺れて綺麗だ。

  私はそっと女性の手を取り、まっすぐにこう言った。

私は、あなたを探していた。
この歳になってふと、幼い頃に出会ったあのキツネに、再び出会いたいと……

どうして今頃になって「会いたい」と思ってしまったのか。今は少しだけ、自分の気持ちを知ることが出来た気がする……

お願いだ、逃げないで聞いてほしい。
あなたが言った、私と「傍に居たい」というその気持ちを、同じように私も抱いている

……っ

あなたの正体がキツネだとしても

私には関係ないことだ。
むしろ、嬉しいと思っているよ

再び、あの頃に出会ったキツネに出会うことが出来たのだから……

これからはずっと、
私の傍に、居てくれないか?

そんな……
私の返事は一つです

もちろん、私も……。
あなたの傍に居させてください

 そう彼女の答えを聞いて、私は抱き寄せた。

 月明りの下、神社の境内で私達は二人の時間をかみしめる。彼女はあたたくて、陽だまりのような匂いがした。

 町長に持ちかけられた縁談は、後で丁寧に断っておこう。私にはもう、彼女が傍に居るのだから……



 あれから一年後、私達は神社の境内に居た。

 気になると思うが、彼女と交わしてから、私は再び町長の家に帰り、縁談を丁寧に断った。

 その後、彼女は私と一緒の家で住み始めた。それ以来、彼女は私の医者という仕事を助けてくれている。一緒に畑仕事をして、町の人々を診て回り、私を支えてくれている。

 そして今、私達が初めて出会ったあの神社で、二人だけの結婚式をあげていた。

………

すまない、鈴華。
このような結婚式になってしまって

 鈴華とは、彼女の名前だ。
 私達が一緒に暮らし始めてから、一緒に考えた彼女の名前だ。鈴華は首を横に振ると私に微笑んで、

いいえ、私にはこれで十分です

私はあなたに出会えて、
すごく幸せだと、感じているのですから……

あなたが傍に居てくれるだけで、
一緒に居られるだけで、
こんなにも幸せなことはありません

まてまて、
今も十分幸せなのは分かるが、
これから先も私達は夫婦なんだぞ

今よりももっと、
幸せにするから……

覚悟していてくれ

……っ!

はいっ!

  その返事を聞いた後、私達はそっと口づけを交わした。ささやかな二人だけの結婚式だ。

 これから先も、私達は互いを支えあい、何気ない日々を過ごしていく――そんな未来はそう遠くない。




 私達はそっと互いの手をつなぎ、空を見上げる。

 狐の嫁入りだから、なのだろうか。
 恵みの雨が降り注ぎ、地面を湿らせた――

 空から降り注ぐ雨は、まるで嬉し涙のように。
 私達を祝福してくれた。


【白狐の嫁入りEnd】

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