今の僕が持っている、世界を変えられる力。
うん、アレしか思いつかない!

あとはそれを示す方法だけど……。
 
 

アレス

エレノアさん、
力を示すには
どうすればいいんですか?

エレノア

剣技ならその剣を使って
技を出せばいいし、
魔法ならそれをぶつければいい。
形がないものなら
剣を持って念じればいいわ。

アレス

分かりました。



僕は剣に歩み寄り、眼下にそれを捉えた。
近くで見ると埃を被っていて、
表面の金属はくすんでいるのが分かる。

ただ、そんな古ぼけた中に未だ強い力が
眠っているような気配も感じられる。
 
 

アレス

すーはー。すーはー。

 
失敗すれば僕の体は塩になって崩れ去る。
でもきっと世界を変えられる力、
示せるはずだ。
だから大丈夫!

僕は意を決して剣に触れた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

アレス

…………。

 
剣に触れるだけで、特に何もしない。
魔法力や剣技、
意思疎通の力を使うこともない。

――ただ、目を瞑って剣に触れているだけ。


そのままの状態で僕は心を落ち着けていく。
 
 
 
 
 
 

勇者よ、力を我に示せ……。

アレス

っ!?

 
突然、頭の中に声が響いてきた。
 
それは男性の低い声で、
この場にいる誰も該当しない。
 
 

アレス

あれっ?

 
周りを見回そうとしたけど、
体は金縛りに遭っていて動かなかった。
指1本動かすことはもちろん、
声すら発せられない。

手は剣にくっついてしまったような
感覚すらある。
 
 

勇者よ、力を我に示せ……。

アレス

あなたは誰ですか?

我は勇者の剣に残る
思念のような存在。
早く我に力を示せ……。

 
返事があったということは、
念じれば意思を伝えることは
できるんだな……。

よし、それなら僕の想いをぶつけるだけだ。
 
 

アレス

勇者の剣よ、
僕はすでに力を示しています。

なんだと?
何の力も感じぬが?

アレス

世界を変えられる力、
それは僕自身。
僕の全てです。

お前自身だと?

アレス

僕は剣も魔法も大して使えません。
その代わり、
色々な生物と
意思疎通をする力はあります。

ならばそれを示せば
よいではないか?

アレス

いいえ、ダメです。
それだけで世界を変えられるとは
思えませんから。

ほぅ?

アレス

僕だけの力でどうにかできるほど
世界は小さなものじゃない。
単純でもない。

アレス

だけど旅する中で
『僕の世界』は
大きく変わりました。
ヘタレで何の力もない僕が、
故郷の村を出て旅をして、
たくさんの困難を乗り越えて
ここにいるんですから。

アレス

それは仲間たちの力、僕自身の力、
運命の力、そのほか様々な力が
1つに集まったからこそ。

アレス

だけど僕も出会った人や物に
少なからず影響を与えました。
その人や物の世界も
変わったんです。

アレス

それがどんどん伝播して増幅して
今も積み重なり続けています。
最終的には世界全体だって変わる。

アレス

だから僕がここにいるという
事実こそ、
僕があなたに示す
『世界を変えられる力』なのです。

 
その場に沈黙が流れた。

長いような短いような、
なんともいえない間――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

……ふ……ふふふ……
はははははっ!
なるほど、面白いっ!

己の小ささを認識している一方、
そこに秘められた無限の可能性を
我に示したか。

アレス

はい。

――うむ、合格だ!
我の力、お前に託そう!!

アレス

わっ!

 
 
 

 

突然、勇者の剣が光り輝いた。
すると僕の体の中に
大きな力が流れ込んできて、
胸の奥が燃えるように熱くなる。

なんだろう、
力が漲って止め処なく溢れてくる。
魔法力も大きくなったみたいだ。
体にも自由が戻っている。
 
 

勇者よ、我を使って進め。
お前の目指す世界のために……。




 

――それっきり剣から声は聞こえなくなった。

同時に剣を包んでいた光は収まっていき、
鞘に収まった状態へ変化する。

僕はその勇者の剣を腰に差し、
みんなの方へ向き直る。
 
 

アレス

どうやら試練を
乗り越えたみたい!

ミューリエ

やったな、アレス!

シーラ

おめでとうございます、
アレス様っ!

エレノア

お見事ね、アレス様。
その勇者の剣こそ
私の授ける勇者の証。

エレノア

剣があなたを勇者と認めたようね。
もはや私から
口を挟む余地はないわ。

シーラ

アレス様、
これで試練の洞窟は
残り1つですねっ!

アレス

うん!
魔王と対決する時も近いねっ!

ミューリエ

…………。

エレノア

最後の試練の洞窟は
ソレイユ大陸最北の地、
グラドニア公国にあるわ。
確か国王は魔術師ルーンの末裔で、
審判者もしているとか。

シーラ

魔術師ルーン様の末裔……。

アレス

そっか……
レインさんの
本家がある場所だね……。

 
レインさんの顔を思い出して、
胸が苦しくなった。
彼女のこと、
故郷の人たちには
話さなきゃいけないだろうなぁ。


――でもそれを伝えるのも、
彼女の最期を見届けた僕の役目だ!
 
 

アレス

ああいう悲しいことが
起きないように、
世界を平和にするんだ、絶対。

シーラ

及ばずながら、
私も協力させていただきますっ!

ミューリエ

……アレスよ。

アレス

どうしたの、ミューリエ?

ミューリエ

1つ訊ねたい。
――お前の考える平和とはなんだ?

アレス

どうしたの、突然?

ミューリエ

いいから答えろ。

アレス

うーん、
争いのない世界にするって
ことかな?

ミューリエ

だが、世の中から
争いが絶えたことはない。
自然界にだって弱肉強食という
生存競争がある。

ミューリエ

争いのない世界など、
実現できるのか?

アレス

……無理だろうね。
生物が生きていくためには
命を奪わなければ無理だもの。

ミューリエ

なんだと?

アレス

僕だって肉や魚やパンを食べる。
つまり命を奪っているんだ。
だから食べ物になった動植物たちに
感謝しているし、
しないといけない。

アレス

でも無益な殺生には
その気持ちがない。
だからそういう争いはなくしたい。

ミューリエ

ふむ……。

アレス

もちろん、無益な殺生の
全てを防ぐことも無理だと思う。
僕だけじゃ、
世界の隅々まで
目が行き届かないし。
だけどそういう方向へ動く
きっかけにはなれると思うんだ。

 
僕は勇者の剣に示した
『世界を変えられる力』について
みんなに話した。


世界を変えられる力の原点にさえなれれば、
いつかきっと想いは実現する。
僕の考える世界にだってできるはずなんだ。

なかなか結果は出ないかもしれないけど、
少しずつでも確実に広げていってみせるさ!
 
 

シーラ

さすが、アレス様です。
素晴らしいと思います。

エレノア

アレス様って
頼りない感じがしたけど、
やっぱりきちんと勇者なのね。
見直したわ。

ミューリエ

……アレス、
お前の言葉を聞いて
私は決心がついた。

 
ミューリエは真剣な眼差しで僕を見つめた。
瞳には意志の光が点っているようにも
感じられる。

でもなんだろう、この不安な気持ちは?
 
 

ミューリエ

私はアレスのために、
自らの意思で
この命を捧げる決心がついた。

アレス

えっ? どういうこと?

ミューリエ

――真実を話そう。
私がお前と旅をしようと思ったのは
お前の持つ不思議な力に
興味を持ったからだ。

アレス

うん、その話なら
旅の最初に聞いたけど。

ミューリエ

だがな、
それ以外にも理由があったのだ。
ある人物から
お前の力になってやってくれと
頼まれていてな。

ミューリエ

まぁ、
アレスを指定したわけではなく、
たまたまアレスだったという方が
正確なのだが。

アレス

どういうこと?

ミューリエ

私の古い友人の遺言だ。
来たるべき時、
子孫の力になってやってくれと。

ミューリエ

来たるべき時とは、
復活した魔王の力によって
世界が再び危機に陥った時。
ヤツはいつかそうなると
悟っていた。

アレス

…………。

ミューリエ

それで私はアレスの故郷である
トンモロ村を目指して
旅をしていたわけだ。
出会ったのはその手前にある
シアの城下町だったがな。

ミューリエ

まぁ、それも
縁の導きかもしれん……。

シーラ

ミューリエ様、
古い友人とは
どなたなのですか?

ミューリエ

……勇者アレク。

アレス

なっ!?

 
僕は耳を疑った。
あまりにびっくりして
呼吸がうまくできなくなる。


勇者アレクって
僕のご先祖様のことだよねっ?
世界を魔王から救ったという伝説の勇者。

――ど、どういうことなんだっ!?
 
 

 
 
 
次回へ続く!
 

第65幕 ミューリエの決意と本心

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